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[働きすぎ日本人]
日本人は働きすぎか? 日米独働きバチ比べ
去年は働きすぎた、今年はもっと休むぞ。そうお考えのあなた。ご存じですか。いまでは日本人より米国人の方が労働時間が長くなってしまったことを。祝日の数も長期休暇も、日本は米国以上。不況が起こした一時的な「奇蹟」でしょうか。日本人の働きすぎ伝説は終わったのでしょうか。


この人がオフィスに来るのは朝八時半ごろだが、仕事はもっと早く始めている。まだ暗い朝五時すぎに起床したあと、自宅のパソコンのスイッチを入れる。朝食までに電子メールや新製品情報に目を通すことから、彼の一日は始まる。さらに、週三回ジョギング。週に一回は、路上生活者におにぎりを配るボランティア活動を済ませてから、会社に来る。日本テキサス・インスツルメンツ社の半導体営業・マーケティング本部長、ジョン・スティックさん(五四)である。

ホワイトカラー管理職に関するかぎり、アメリカ人も働きバチぶりでは日本人と大差はない。この人を見ているとそう思えてきた。スティックさんは手帳を繰りながら多忙な日程を振り返る。

「夕食の半分は外ですねえ。週によっては毎晩。大使館、業界団体、ヒタチ。ドクター・ニシ。うーん、こりゃ誰だったかな?」

会社では、一日に百通近く押し寄せる電子メールに目を通し、返事を書きつつ、会議や来客をこなす。外でのディナーがなければ、都内の家に帰るのは夜七時半ごろ。これは日本人に比べて早い。が、家でもまだ働く。十一時に寝るまでの間に、家のパソコンで手紙を書き、ファクスを送る。電子メールの報告を読む。家で扱う文書は、一日四十本にもなる。

それって、残業手当は付くんでしょうか?
「ノー。我々は『カジュアル残業(オーバータイム)』って呼んでますよ」
有給休暇は年二十日。九五年は、ゴールデンウイークに三日。出張の帰りにベネチアに寄った。八月に一週間。ハワイで米国の家族と過ごす。が、休暇中もノート型パソコン持参。毎日電話回線につないで会社と連絡している。「二月に一週間ネパールへ行きます。今度こそパソコンはなし。行方不明にならせてもらいます」

今回、日本人は働きすぎかどうかの指標として、家族と夕食を取った回数、休日出勤の回数など「忙しさの体感指数」を、日米独のビジネスマン三人に尋ねてみた。後述するように、政府の労働時間統計は比較に適さないからだ。三人の条件はこうだ。(1)現在もっとも競争が激しいエレクトロニクス産業(2)ホワイトカラー(3)管理職。

取材に応じてくれたのが、日本テキサス・インスツルメンツ(米)、ドイツ・テレコム東京(独)、日本電気(NEC)の三社だ。

「アエラ殿 質問に対するご回答」。大部屋の机に座ったNECの埋橋英雄さん(三九)は、そんなプリントをくれた。律義な人だ。前もって渡しておいた質問への答えを全部パソコンで打っておいてくれたのだ。都内の官庁など約五十団体へのセールスを担当する課長さんである。

忙しい。「まず座れない。新聞も読めない」通勤電車で一時間。朝七時半には会社に来ている。報告を電話で受けたりリポートを読むため、この一時間だけは必ずオフィスにいるようにしているのだ。NECは九五年末に社員全員が社内ネットに接続したばかりで、電子メールの連絡はまだ一日十通前後だ。夜十時の帰宅まで、外回り、社内の仕事が半々。家族との夕食は土日も入れて月十回、休日出勤は年二十九日という。

が、休む時は仕事を持ち込まない。みっちり休む。
「家にもパソコンはありますが、仕事する気にはなれません。プライベートと仕事は切り離したい。家でやるくらいなら、休日でも会社に来る方が能率が上がる」

月二回は愛車を運転してゴルフに行く。まったくのプライベートだ。長期休暇もたっぷりある。GWは八〜十連休。六月には「あじさい休暇」が五日(以下、土日含む)。夏休みは九日。「秋休み」が四日。正月は六日、二月か三月にまた四日。休みには、妻と九歳と五歳の娘二人を連れ、長野県まで温泉やキャンプに出掛けたり。

最近、組織改革で同僚の管理職が減り、また忙しくなった。
「自分では働き過ぎだなあ、と思います。でも、一定期間集中して働いて、まとまった期間、旅行やゴルフができる今のスタイルは好きです」

ドイツ人のパウル・クーンさん(六二)の働きバチぶりも、日米の二人に負けない。ドイツのNTTにあたるドイツ・テレコム東京の社長さんである。九五年の場合、三日から二週間の欧州への出張が年八回。仕事を終え帰宅後に書類を持って帰って読んだり、週末に自宅でスピーチや社内文書を書いたりするのは、アメリカ人のスティックさんと変わらない。休日出勤も月一回はある。たまった書類を、電話にじゃまされずに片付けるためだ。

「私はもう十六年も日本にいますからね。同僚からは『畳化(タタミシェット)したね』(日本人化した、の意味)とからかわれます」

有給休暇は年二十五日と、突出して多いわけではない。が、その過ごし方はさすがである。趣味はスキーとハイキング。土日を使って新潟へ。一週間の休みを二回取り、アメリカやフランスへスキー旅行。夏にはマレーシアにも足を延ばす。

「ただし、これと一緒ですが」そう言って取り出したのは、欧州共通仕様の携帯電話。アジアの一部の国でも使える。
「九時から五時まで集中して働けば、エネルギーを使い果たしてしまう。休んで心身とも回復すれば、さらに生産的になれる。できるだけ休みを取るよう部下にも勧めています」

が、ここ二、三年ドイツ本国では労働者の働きぶりが変わった、とクーンさんは言う。かつては八時から四時までで仕事を終えるのが普通だったのに、最近は管理職は八時ごろまで残業している、というのだ。
「不況でコスト削減のため人員を削った。おかげで一人当たりの負担が増えたのです」

なお、日米独の三人に共通しているのは、昼メシ時間が極端に短いことだ。
「九階の食堂でベントーを二十分」(スティックさん)
「社員食堂で定食を十五分」(埋橋さん)
「残業したくないので、書類を読みながらスシかサンドイッチを二十分」(クーンさん)

ところで、興味深い調査がある。東京とニューヨークで働く二十歳以上のホワイトカラーそれぞれ二百人を対象にした、労働実態調査(九五年夏・ヤクルト本社実施)である。この調査は貴重だ。ニューヨークは、勤め人がアパートに住んで電車通勤をする、という東京に近い生活形態を持つ米国唯一の大都市だからだ。調査では、サラリーマンの生活には日米ほとんど差がない。

例えば通勤時間は日本=平均五十八・九分に対して、米国=五十二分。睡眠時間は日本=六時間四十八分に対して、米国=六時間五十四分だ。

それどころか、日米が逆転していて驚く回答も多々ある。例えば残業や接待などの平均回数は、何とニューヨーカーの方が多い。

●残業 アメリカ=週3.4回(日本=3回)
●上司・同僚と飲みに行くこと 週2.5回(日=1.5回)
●接待 月3.3回(日=2.5回)
●休日出勤や休日に家で仕事をすること 月2.3回(日=1.9回)
●会議・打ち合わせ 週4.3回(日=2.8回)

はっきり違うのは帰宅時間だ。日本の平均が午後八時四十八分に対して、アメリカは午後七時。米国人の方が約二時間も早い。家には早く帰って家族と夕食を取るが、その代わり家でも仕事をする。そして、寝るのも起きるのも米国の方が約一時間早い。

それでは「日本人は働き過ぎ」という説は何が根拠だったのか。それは、労働省の調査を基にした「年間総実労働時間」、つまり残業も含めて年に実際に何時間働いたか、という数字である。例えば、九一年発行の「労働時間白書」は、製造業生産労働者の年間総実労働時間についてこう記している。

「八九年において、日本が二千百五十九時間、アメリカが千九百五十七時間(中略)と、日本は欧米諸国に比べ二百〜五百時間長い」

そして、豊かでゆとりある勤労者生活のためには、労働時間を減らしていかなければならない、と謳う。「欧米なみに年間総実労働時間を短縮せよ」。このスローガンが、呪文のように日本人を「時短」に駆り立ててきたわけだ。

が、この「年間総実労働時間」の数字は、国際比較に用いるにはもともと無理がある。ホワイトカラーの労働時間の測り方が、欧米と日本ではまるで違うからだ。社会経済生産性本部の佐々木邦良生産性研究所長は、次のように説明する。

「そもそも欧米には、ホワイトカラーの労働時間を測る習慣がないのです。だから当然データもない。労働時間を国際比較する尺度は、もともと存在しないのです」

例えば、米国製造業の年間総実労働時間の統計には、非管理職ブルーカラーしか入っていない。つまりシフト制で働く工場労働者の労働時間なのだ。それに対して日本の数字は、工場労働者も、本社でデスクワークをするホワイトカラーもごちゃ混ぜだ。本来比較には向かない統計を無理やり比べていたことになる。

なぜこんな違いが出るのかというと、仕事への報酬についての考えが違うからだ。
「欧米のホワイトカラーは、この仕事をいくらでやる、という『請け負い契約』。要求される結果がはっきり示され、それさえ達成できれば働く時間は短くてもいい。だから、時間で労働を測る習慣がない」
そう言う佐々木所長は、もはや労働時間を国際比較するのはナンセンスだ、と断言する。

さらに付け加えるなら、この「年間総実労働時間」のデータですら、日本の労働時間がとうとう米国より短くなってしまったことを示している。九三年には、日本は千九百六十六時間。米国は千九百七十六時間である(平成七年版労働白書)。

今や、日本より米国人の方が長時間働いているのではないか。そう予感させるデータは他にもある。「富士通」が九四年秋に、日米英のエレクトロニクス会社十六社を対象に行った調査である。それによると、ホワイトカラー事務職の場合、米国八社の労働時間(年休を除く)は年平均千八百八十三・九時間だった。富士通は千七百七十六時間である。

「米国の景気回復の原動力であるエレクトロニクス産業の元気の源泉は、ホワイトカラー。が、その長時間労働の実態は総実労働時間の統計には入っていない。今まで、それを無視して『日本人は働き過ぎ』と言っていた」
富士通人事勤労部の岡田恭彦部長はそう話す。

日本の労働時間が短くなった大きな要因は、皮肉にも不況である。
「ポストバブルの不況が時間外労働を減らし『時短』を実現してしまった」
労務行政研究所の小出健治調査室長はそう分析する。

しかし、日本人の長時間労働が沈静化しつつあるとは言っても、欧米に比べて労働環境が優れているとはとても言えない。「日本人が生産活動以外に消耗するエネルギーは、依然大きい」(佐々木所長)からだ。

例えば都市圏の通勤地獄。先ほどのヤクルトの調査では東京とニューヨークの通勤時間は約一時間でほぼ同じ。だが、ニューヨークの通勤電車では座れないことはまずない。ゆっくり新聞を読みながら出社できる。東京では、手も動かせない高圧力すし詰め状態で一時間。この差は大きい。そして住宅事情。日本のサラリーマンが自宅に仕事を持ち帰る習慣がないのは、ひとつには集中して仕事ができる部屋が家にないから、というのが実情だろう。日本人の生活実感がいつまでも貧しい原因は、労働問題から都市問題、住宅問題に移りつつあるようだ。

(AERA 96.01.15)





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