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from New York
ベンチャーを支える守護神 投資家と起業家は二人三脚
起業家たちに出資するのがベンチャー・キャピタルだ。立場は変わってもリスクに挑戦する姿勢は似ている。若い才能を見つけ育てる専門家とはどんな人たちなのか。

 


 名刺代わりのメモには「ドクター・ミルチ」とあった。


 「メディカル・ドクター、つまり医師です。ハーバード大医学部を出たあと、三年ほど内科医をやっていました」


 豊かな顎鬚。穏やかな物腰。確かに白衣が似合いそうな気がする。が、デビッド・ミルチ(44)は医師ではない。個人営業のベンチャー投資家(キャピタリスト)(VC)である。


 ○個人的人脈でつながる

 得意分野のバイオ・医療関係だけではない。もう一つのベンチャービジネスの花・情報通信産業にも活発な投資を繰り広げている。


 「投資家と起業家の関係は結婚に似ています。良さそうな相手がいたら、まず婚約して少しお金を出す。長くつき合えそうなら結婚に踏み切る。時には離婚もある」


 投資家といっても、金を貸すだけが仕事ではない。技術上のアイデアをどう製品にするか。どんな市場を狙うか。起業家とチームになって知恵を絞る。時には会社を買収して経営チームを送り込むことさえある。


 数年前、あるデータ通信機器会社に投資した時の話だ。その会社はパソコン中心のネットワーク化に乗り遅れて業績が悪化、倒産寸前だった。が、優れた技術力に目を付けたミルチは、二百五十万ドル出して会社を買い取ると、経営チームを送り込んで経営戦略を一変させた。その結果、株価は約二ドルから十三ドルに上昇。投資は約十倍になって返ってきた。


 医師を辞め、医療・薬品技術のコンサルタントとして五年ほど働いたあと、投資家として独立。以来、ずっと個人営業VCである。


 が、最初はコネがない。手始めに投資家団体の朝食会に足を運んだ。会合のあと、誰でも一分間だけ立って全員の前でプレゼンをしていい、という時間があったからだ。そこで自分を売り込んだ。


 個人営業でも、客に困ったことは一度もない。人脈さえあれば、知らない分野でも専門家にアドバイスを求めることは簡単だ。投資家たちは、そんな個人的なネットワークでつながっている。


 医学部出身の投資家なんて特に珍しくないですよ、とミルチは笑う。経営学。心理学。法律。修士号はおろか博士号を持っている人もいる。


 「ベンチャー投資家といっても、向こう見ずのカウボーイじゃない。投資のプロフェッショナルです」


 ○成長株をいち早く発見

 アマゾンやMP3コムのようなベンチャービジネスに資金を提供する投資業のことを、ベンチャー・キャピタル(VC)という。会社を始めようという若い起業家にとって、債券・株式の公募や銀行融資で資金を集めることは難しい。カネを出す側にとってリスクが高すぎるからだ。そこで、高い収益のためには高いリスクを厭わないVCの出番になる。


 VCにもランクがある。まず、家族・知人の類。スターバックスを離れたシュルツが資金集めに奔走していたとき、十万ドルを貸したのは妻の知人の医師だった。アマゾンのベゾスも、最初は家族や友人から金を借りた。こうした人々を「守護神(エンジェル)」という。


 次にミルチのような個人営業VC。会社が成長して規模が大きくなると、企業VCの出番になる。個人営業VCの動かせる金が百万ドル単位であるのに比べ、企業VCは千万から億ドル単位と大きくなる。が、融資の決定は個人VCの方が素早い。そんな特徴がある。


 全米ベンチャー・キャピタル協会によると、企業型VCだけでもその数は約千。個人VCに至っては数え切れない。


 華々しい成果を上げた「名門VC会社」もある。サンフランシスコ郊外、シリコンバレーに本社を構える「クライナー・パーキンス・カーフィールド&バイヤーズ」もそのひとつだ。アマゾン。コンパック。サン・マイクロシステムズ。ネットスケープ。その後、情報通信産業の歴史を変えた優良ベンチャー企業ばかりである。


 こうした成長株をライバルより早く見つければ、投資額が百倍、千倍になって返ってくることも夢ではない。競争は激しい。


 ○大化けした検索サイト
 こんな逸話がある。九四年夏、やはりシリコンバレーのVC会社「IVP」に、スタンフォード大学の教授から連絡が入った。おもしろいアイデアを持っている学生が二人いるので、会ってくれないか、というのだ。


 そのアイデアとは、テキストファイルを検索するソフトウエア。企業のデータベース検索にどうかという売り込みだった。IVPはその二人の若者に最初二万ドルを与え、専門家を送り込んでマーケティングやマネジメントのプランを数カ月かけて練り上げた。


 こうして生まれたのが、インターネットのウェブ検索サイト「エキサイト」である。インターネットの成長とともに、エキサイトは月千五百八十六万人の客を集める第四位の巨大ポータル(インターネットへの入り口)に大化け。大手通信会社に買収され、七十億ドルという巨額の利益をもたらした。


 IVPによると、エキサイトに投資した計三百万ドルは数百倍になって返ってきた。


 「でも、最初は利益になるかどうかさえ分からなかったんですよ」


 IVPのトマス・ダイアル(33)は言う。


 「ただ、本能的に思いました。草創期のテレビ局のように、インターネットでもメディアへのアクセスをコントロールする勢力が大きくなるだろう、と」


 ○重要な個人主義の土壌
 年に三千社を調査し、そのうち投資に踏み切るのは二十五から三十社。エキサイトのようなビッグヒットは十のうち一つか二つ。損をする確率も同じくらい。後はまあまあのヒットだそうだ。


 IVPは投資家九人が作る会社である。大学や学術団体、年金団体から資金を募り、五十社ほどのベンチャー企業をひとつのファンドにまとめて運用する。


 場所柄、投資先の八五%がシリコンバレー、つまり情報通信関係である。が、エキサイトのように、技術として優れたアイデアでも、そのままビジネスにするには足りない場合が多い。それを「金の卵を産む鶏」に育てることも、VCの仕事だ。すでに企業に勤めている人材でも、優秀なら数カ月間資金やオフィス、スタッフを提供して独立を支援することもある。


 VCには技術と経営両面の専門知識を持っている人材が多い。例えば、ダイアルはスタンフォード大で電子工学の修士課程を修了、その後はAT&Tの研究所で四年働いたという技術畑の出身。さらにソフトウエア会社で製品管理を担当し、経営実務の経験を積んだ。


 「アイデアに投資するのだから、それが理解できないと務まらないのは当然。加えてビジネス化するにはトレンドや競争相手、人脈も理解していないといけない」


 ベンチャー投資も、ベンチャー起業と同じようにアメリカ的な個性が強い。


 例えばダイアルの家は祖父はエンジニア、父は数学者という理系家族だが、投資は代々熱心にやっていた。彼自身、初めて株や債券を買ったのは十六歳の時だった、という。米国人にとって、投資は「胡散臭い行為」ではない。


 法律も違う。税法の違いから、米国は日本より個人が財産を蓄積しやすい。投資の損失は課税対象にならない。企業の情報開示も義務づけられているから、投資家はリスクファクター(会社の弱点)をあらかじめ知ることができる。


 もうひとつ見逃せないのは個人主義の土壌である。


 「米国では、大企業の一員でなくても、才能と知識があれば信用するし、信用してもらえる。日本や欧州の話を聞くと、組織に人や金が集まりすぎなのではないか」


 冒頭のミルチは、自分の仕事を「極めてアメリカンだ」と結論づけている。(文中敬称略)

(AERA 1999年03月08日)





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