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晴れた日曜の昼下がり。紅葉した木々が美しい。裏庭のテラスで煙草をふかしながら、ボブ・ローアン(45)はご機嫌だった。
「今日、持っている株が四百ドル上がったんだ。もうすぐトラックを買い替えるかな。フフフ」
マンハッタンから北に車で三十分ほど走ったホワイト・プレーンズという人口五万人ほどの街に彼は住んでいる。中産階級が住む静かな住宅街である。
「こないだ千ドル儲けた時は、女房と娘二人を連れてフロリダのディズニーワールドへ行ったよ」
少し眠そうに顎鬚を撫でながらそう言う彼は、ニューヨーク市のバス車庫で警備員をしている。五年前、都心のアパートから引っ越してこの一戸建てを二十四万ドルで買った。広い裏庭に惚れ込んだ。子供の遊び場に絶好だったのだ。
この家が彼の財産の三割。六割が株である。銀行預金は一割に過ぎない。十年ほど前から、株を十銘柄持っている。
○老後資金も自分で用意
株を始めた理由は明快だ。「生活防衛のため」である。米国では銀行によって利息は様々。だいたい普通預金で一〜二%だ。これではインフレで目減りしてしまう。
生活は快適だけど維持するのは楽じゃないよ、とローアンは嘆く。夜十時から朝六時まで働き、五時間寝る。その後自分で始めた広告雑誌の営業に回る。投資資金を増やそうと去年から始めた仕事だ。妻のデニーズ(46)は看護婦なので、一家の収入源は三つある。
それでも税引き後の収入は年六万五千ドルだ。そこから家のローン月約千ドルを払う。十一歳と四歳の娘をカトリック系私立学校に入れたので、学費が年四千五百ドル。持ち家の不動産税も年六千ドル。けっこう苦しい。
さらに、老後の備えも必要だ。公的年金はあるが、額が少なすぎる。ローアンの勤務先も、三年前から四五七K(四〇一Kの公務員版)を導入した。確定した額の年金が期待できない以上、老後資金は自分で用意しなければならない。
「僕も昔は株なんて金持ちの投資だと思っていた。が、八〇年代の終わりから株価が上がり始めたり、四〇一Kが登場したりで興味を持ったんだ」
娘の大学の学費など、大口の金が入り用になれば、株を担保に借金するか、売って現金化すればいい、とローアンは言う。
毎日インターネットやラジオで株価のチェックは欠かさない。二〇%儲けたかと思うと一五%下がったりと、浮き沈みはある。が、十〜二十年の長期投資のつもりなので、また上がるだろうと構えている。夏に株価が暴落したときも、株は売らなかった。
「パニックには陥らなかったな。景気自体は悪くないしね。それに、この先市場がどうなるかなんて、誰にも分からないだろ?」
今回取材した四家庭のどれもが、財産の五割から六割を株で持っていた。米国中流家庭の平均像と言っていい。一方、日本人は個人財産の約六五%を銀行・郵便局の預貯金で持っている。有価証券+投資信託は一三%程度(日銀による)にすぎない。
「株は、インフレに対する最良の防御策です。年を取ると働いて収入を得る機会が減る。一方、医療費など出費は増える。引退後の蓄えを守るには、株が一番」
そう言うヘインズ・ファーマー(71)は、三十七年間研究者として勤めた化学会社を定年退職して六年になる。
彼は、同じような年齢の仲間と「投資クラブ」を作っている。月一回、家に集まっては株投資について勉強するのだ。「クラッカーをつまみながらの、ポーカークラブみたいな集まり」だそうだ。
○銀行預金中心から転換
彼も財産の三分の二を株で持っている。電話、石油会社など安定株を中心に、ハイテク株などハイリスク型も取り混ぜ二十五銘柄のポートフォリオを自分で考えた。投資額は五十万ドルにもなる。
配当は一〜二%程度だが、市価額が上がっているので満足だ。年金と合わせれば妻と欧州旅行に出かけるくらいの余裕はある。ここ十年は株価が上がり続けたのでとてもハッピーだ、と彼は言う。
しかし、株投資には元本も失うリスクもあるのでは? 七月には株の暴落が起きましたよね?
「もちろんリスクはあります。が、自分の財産を守るためにはリスクも受け入れなければいけません」
それに、と彼は付け加えた。
「株式相場が少しぐらい下がっても、またカムバックするだろう、と思っています。だから売り買いもあまりしませんね」
彼やローアンが株価の「右肩上がり」を信じるのには理由がある。一九八二〜三年に千ポイント(ダウ平均)を突破して以降、現在の八千七百台に至るまで、NY株式市場は上昇を続けているのだ。八七年のブラック・マンデーなど数回の暴落を経ても、長期的な上昇傾向は変わらなかった。
この株価上昇を背景に、米国人の個人金融資産は、九〇年代に入って激変した。銀行預金中心型から「直接金融資産型」(株・債券・投資信託など)への転換である。
銀行預金の比率は、八〇年代前半に二十数パーセントだったのが、今や一〇%を割る寸前。反対に直接金融資産は二〇%から五〇%に増えた。年金・保険で間接的に投資される分を含めると比率はさらに上がる。
ここに登場するような庶民を株・債券投資に導いた立役者に「ミューチュアル・ファンド」(MF)という金融商品がある。
世界の株、国債、社債。米国の州債。そんな「おかず」を組み合わせた「投資の幕の内弁当」だ。
MFはここ十年で爆発的なブームになった。九〇年には一兆ドル程度だった投資総額が九七年には四兆五千億ドル。商品の数は六千八百種類以上もある。米国の全世帯の四分の一以上がMFを持っている計算だ。
○個人消費が景気支える
新聞の経済欄は毎日三、四ページを割いてMF市況を掲載。書店に行けば『バカのためのMF講座』など入門書から専門書まで、書棚一つがMF本に占領されている。
ブームの理由はいろいろある。(1)利回りが高い。九七年のベストMFは七五%。平均でも一七・五%だった(2)千ドル単位の小口から始められる(3)投資信託会社だけでなく、銀行、証券会社、MF専門販売会社の支店など購入の窓口が無数にある。通販、インターネットでさえ買える(4)「おかず」の選定や売買は購入先の会社に「お任せ」だから、経済分析の専門知識も面倒臭い手間も要らない。
「なぜMFを投資に選んだかって? 余計なことに気を使わなくていいからですよ。ポートフォリオ・マネジャー(PM)の専門知識にカネを払っているようなものだ」
四十年勤めた保険会社を定年退職したロバート・グライリー(72)はそう話す。PMとは、MFのオカズ選定と運用の責任者のことだ。
彼は株券を見たことがない。三カ月に一度、二十ページほどの四半期報告書が郵送されてくるが、あまり詳しく読まない。日本人の銀行預金に感覚が似ている。
もちろん、MFは利回りを保証しない。元本が吹き飛ぶことさえある。客はどれくらいリスクを取る覚悟があるかで、商品を選ぶ。
グライリーは大手投資信託会社からMFを通販で買った。電話をかけると質問書が郵送されてきた。「株式相場をチェックする頻度は」「どれくらいリスクを取るか五段階で答えて」「投資の目的は老後の蓄えか、子供の学費か」等々。やがて届いた推薦商品リストの中から八種類を買った。
「株式市場に詳しくないのは日本の皆さんも私も同じでしょう。でも、ちゃんとリスクを分散する商品を買っていますから、私はあまり心配していません」
興味深いデータがある。商務省の「景気拡大への寄与度」によると、九一年から九八年の景気拡大に一番寄与したのは「個人消費」(七四%)。二位の「設備投資」(三七%)をはるかに上回る。米国の好景気を支えているのは個人消費なのだ。
○右肩上がり信仰の蔓延
例えば、弁護士のジェームズ・ミューレイ(31)は、七月にNY郊外に家を買った。寝室が三つある一戸建てだ。五十万ドルくらいが相場の家である。
ハイテク株を中心に一〇%弱の利回りで運用し、夏の株暴落直前の高値の時に売って頭金を作った。三十年ローンを払う、という。
株価が上昇→株の人気が高まる→また株価が上昇→含み益・配当が上昇→個人消費が増える。米国の好景気にはそんな構図がある。
逆に言えば、株価の「右肩上がり」が崩壊すれば、家計を直撃する。個人消費も冷え込んで一気に景気が減速するということだ。
では、今の米国の株価はバブルなのだろうか。専門家の見解は真っ二つに割れる。バブルだと断言する人もいれば、まだ一万ポイントまで上がると言う強気の米国人アナリストもいる。
最も悲観的なシナリオはこうだ。
株のリターンが、一番安定して利回りも低い三十年米国債と同じにまで悪化したと仮定する。すると、株価は六千前後(富士総合研究所の試算)。この最悪のケースでも、株価が最高値の約三分の一になってしまった日本のバブル崩壊よりは傷が軽いわけだ。
ただ一つ心配なのは「株は長期的には必ず値上がりする」という「右肩上がり信仰」が庶民に蔓延していることだ。そう、バブル崩壊前の日本人の土地・株信仰とそっくりなのだ。
「現在の米国のバブルは日本のバブルほどはひどくない。が、状況はまったくよく似ている」
コロンビア大学でも教鞭を取る個人投資家のジム・ロジャースは、九〇年夏に日本を訪れた時の記憶からそう話す。
「今の景気はバブルだ。注意した方がいい。マスコミにコメントを求められるたびにそう警告しているのに、耳を貸す人はいない」
庶民レベルでは現在の景気がバブルという認識は皆無に等しい。景気の読みもおおむね楽観的だ。最悪の事態が起きた時、一番ひどい打撃を被るのは財産を株につぎ込んだ彼らなのだが。
(AERA 1998年11月16日)
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