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[パチンコ業界]
パチンコバブル景気がはじけた!
パチンコ業界は96年後半から底なしの不況に突入した。警察庁の主導したプリペイドカード機導入。一攫千金を夢見た客は、手痛い目に遭ってパチンコ離れ。警察庁に振り回された経営者こそ気の毒だ。


三時間打ち続けても、玉は消えるばかりで一度も「当たり」が出ない。頭に血が上り、パニック状態。気が付くと、集金したカネ六万円が玉貸し機に消えていた。結局、一ヶ月で二十万円も損。仕事のカネに手を着けたため、帳簿合わせに四苦八苦する羽目に陥った。

ああ、このままじゃ身を潰しちゃう。もう、パチンコなんかやるもんか。

こうして、ガス器具の修理業を営む佐々木さん(仮名)は、最近パチンコのプリペイドカード台からすっかり足が遠のいた。高校生のころからパチンコを打ち続けて三十余年、一時は「プロになれる」とまで思ったパチンコ好きの彼が、である。

「CR(カード台)には痛い目に遭いました。お金をいくらつぎ込んでも玉が出るとは限らないんだもの。現金台なら一万円使えば最低一回は大当たりが来るのに」

登場した当初は、カード台は儲かった。三時間で十一万円儲けたこともあった。それが今年になってさっぱり出なくなった。今では、カード台は止めて現金台で打つようにしている。元手は九千円まで、一万円勝てば止める、と決めた。以前は週六日だったパチンコ店通いも、週一〜二回に減らした。

パチンコ業者の倒産が頻発している。九六年には、全国で六十五のパチンコ業者が倒産。九五年の三十一件から急激に増え、バブル景気崩壊直後の九一年以来最高になった。今年四月までで、すでに四十四業者が倒産(帝国データバンク調べ)。このまま行けば昨年の倒産件数を上回るのは確実と見られる。

いまパチンコ業界は、深刻な不況に苦しんでいるのだ。「自動車産業より大きい三十兆円産業」「バブル後も不況知らず」。つい二、三年前そうもてはやされたのが、嘘のようだ。

原因は何か。冒頭の佐々木さんのように、カード台で手痛い目に遭った客がパチンコから離れ始めたことだ。

大阪市に本社を置く「アイゼン」は、かつて「パチンコ景気」の旗手として有名だった。東京・銀座の一等地に二十億円をかけた建設した豪奢なパチンコ店「RAGA」。東京・池袋の繁華街に地上七階建てのパチンコビルを作ったことでも知られる。

が、同社は九六年九月に二百六十億円の負債を抱えて大阪地裁に和議を申請、倒産した。
「東京に新規出店した際の土地建物に投下した設備資金や宣伝費が過大で(中略)加えて同業者との競争激化から業績悪化」
帝国データバンク社調査の倒産理由には、そう記されている。

「ギャンブル性の高いカード台につられて客が一時的に極端に増えた。経営者もそれに踊らされた」
アイゼンの関係者はそう話す。
「でも、客が長続きしなかった。四万円も五万円もつぎ込んで出るかどうか分からないでは、カネが続かないんです」
同社は、営業を続けている店ではカード台を外して現金台を増やしている。

パチンコ業者の倒産は、アイゼンのような都市部だけの現象ではない。熊本県のように三社がいっぺんに倒産した例がある。この「モナコ総業」などの負債額は計二百五十九億円に上った。また北海道でも二社が計百六十億円の負債を抱えて倒産。奇しくも、すべて昨年十一月のことだ。

好景気のころ流行った異業種のパチンコ店経営への参入にも、ブレーキがかかっている。例えば「山形交通」。山形市内にある本社社屋の跡地に計画していたパチンコ店建設を中止した。やはり昨年秋のことだ。
「パチンコカードの偽造問題やパチンコ依存症が社会問題化したうえに、この不景気。パチンコ業界そのものに将来があるのか、展望がなくなった」
同社はそう説明する。

「記者さん、『コケの一眠り』って知ってますか?」
あるパチンコ店経営者にそう尋ねられたことがある。
「博打の世界では、客に負けさせても、一眠りしたら忘れる程度の額に止めるのが鉄則。カード台のように大きく負けさせると、客が逃げて結局こっちが損をする」

帝国データバンクの調べでも、昨年の倒産原因の一位は「販売不振」(四一・五%)。二位が「設備投資の失敗」(二一・五%)である。

パチンコ業界の売り上げは、どれくらい落ち込んでいるのか。複数の経営者に尋ねると、どの業者も「ウチは三〜四割ダウン」で一致している。

「お客が減っているだけじゃない。客一人が使う金額も減っている。全盛期は一人平均八千円くらい使ったのに、今は良くて五〜六千円ですね」
東京周辺で数カ所のパチンコ店を営むある業者はそう言う。収入が落ち込んで困るのは、カード台導入の時にかかった費用の返済計画が狂うことだ。この業者は、次のような数字を挙げる。

台横の玉貸機とのセットで、カード機は約四十万円する。現金台より一台十万円前後割高である。加えてカードの発券機もリースではなく買わなくてはならない。さらに、カード会社が使用点数を集計するオンラインシステムの使用料が月に四十万円。
あれやこれやで、パチンコ台が二百五十から三百の標準的なホールの場合、最低五千万円がカード台導入で必要。現金台なら三千万円で済むのに、である。
「ここまでカード台が冷え込むとは思わなかった。カード台ブームで客が伸びると思ってカネを借りたところは、どこも回収の目論見が外れている。無理して借金した業者はもたない」
この業者も、店のカード台を二割ほど現金台に戻した。経緯ばかりかかって客が寄りつかなくなったからだ、という。

ここで、パチンコカード(PC)問題についておさらいしておく。

PCの仕組みはテレホンカードと同じだ。まず、券売機でプリペイドカードを買う。パチンコ台横の玉貸し機にカードを差し込めば、玉が台の受け皿に出てくる。
もともと現金で玉を貸していたパチンコにPCを持ち込む旗を振ったのは、警察庁だった。NTTデータ通信や三菱商事、住友商事などを誘いPC会社を設立させたのは八八年から八九年にかけて。
使われたカードの点数はすべてカード会社が集計するから、脱税など売り上げ金の非合法化防止に効果あり。警察庁はそう喧伝した。
また、設立されたカード会社には同庁のキャリア官僚OBが多数幹部に天下った。それまで通産省や大蔵省のような「業界」を持たなかった同庁には、格好の天下り先を提供した(アエラ九六年六月二四日号)。
最初パチンコ経営者たちはPCに猛反対した。前述のようにカード台導入で余分なカネがかかること。経理が丸見えになってしまうこと。理由はいろいろあった。

が、カード台はあっという間に普及した。なぜか。まず、届け出・承認を利用して、末端の警察署がカード台を導入するよう経営者に「指導」したこと。もう一つは「カード台は当たれば大儲けできる」ことに客が気付いたことだ。
それまでの現金台は、一万円も使えば数千円儲けることができた。「ローリスク・ローリターン」型だ。一方、カード台は勝つと十万円以上儲かる代わりに、勝つには十万円くらいは注ぎ込まなければならない。「ハイリスク・ハイリターン」型である。「パチンコはゲームからギャンブルになった」と言われたのは、そのためだ。

パチンコ台は「過度の射幸心(ギャンブル性)を煽らないよう」に出玉などに一定の規制がある。警察庁の外郭団体「保安電子通信技術協会」が台を検査し、公安委員会が認定することになっている。
つまり、カード機普及のため、ギャンブル性の高い台を警察当局が黙認したのだ。今では、そのことを疑う業界関係者はいない。

が、苦労して導入したPCは偽造カードが横行して火だるま状態に。三菱・住友商事は計六百三十億円という莫大な損害(九六年五月)を被り、ついに三菱商事がPC事業からの撤退を表明(今年二月)。前後して、親がパチンコに夢中になっている間に子供が事故死した、などなど世間の風当たりが厳しくなった。

そんな中、パチンコ業界四団体が打ち出した奇策が「『社会的不適合機』の自主規制」だった。九六年十月から一年余りかけてパチンコ台の「社会的不適合機」約百種類を追放する、というのだ。
おかしなことに、これらの台は前述の公安委員会の承認を取って普及していた機種ばかり。それを「社会的不適合機」とは、どういう意味か。

「カード台普及のために、行き過ぎた点がなきにしもあらず、だった。行きすぎた射幸性の機械はなくそう、という趣旨です」(ある業界団体幹部)
つまり、それだけギャンブル性の高い機種を、警察が黙認していたわけだ。それを自らの指導で撤去するわけにもいかないから「自主撤去」の形になっているのは、業界では公然の秘密である。

この「自主規制」が、客離れを決定的にした。客を呼んでいた人気機種を撤去したからだ。
「これではますます客離れがひどくなり、悪循環だ。私のような中小ホール経営者には死活問題だ」
山形県米沢市でパチンコ店二店を営む奥山清一さん58はそう話す。先月、奥山さんは「自主撤去」に応じないことを理由に、経営者団体の県副理事長を解任された。 「上部組織が決めた方針を、ある日突然一方的に押しつけてきた。どこが『自主規制』なのか」

さて、パチンコ業者の倒産が増えた原因はまだある。出店競争が過熱して、パチンコ人口に比べて店が増えすぎたことだ。

例えば、埼玉県のあるJR駅前には、十四店のパチンコ店がひしめいている。昨年秋から、三店が増えて二店がつぶれた。
「まだ一、二店つぶれてもおかしくないですね」
地元の業者はそう言う。あまりの競争の激しさに、十四店が集まって「もう食い合いは止めよう」と話し合った、という。そう言うこの業者も、売り上げが三割ダウン。二十人いた正社員を五人にリストラ、後はアルバイト従業員でしのいでいる。

民間シンクタンクの矢野経済研究所は、次のように説明する。

バブル景気が崩壊したあと、銀行が融資先を「好景気」に沸いていたパチンコ業界に求めた。また、不況に陥った不動産業界も、繁華街や駅前の一等地にある物件をパチンコ業者に貸した。一件数千万円するようなテナントに入ってくれるのは、パチンコ店くらいしかなかったのだ。

こうして出店したはいいが、返済や家賃の負担が重くなった。そのため店の利益率を上げた。客に負けさせたのである。パチンコ景気最盛期は、売り上げの二〇%を店が取っていた。今は十%に抑えている。ちなみに競馬は二〇〜二五%だから、かつてパチンコは競馬なみのギャンブルだったわけだ。

が、客から搾り取りすぎて、客が逃げた。客を呼ぶには利益率を下げて客に儲けさせるしかない。が、下げすぎると経営がパンクしかねない。いま、パチンコ経営者は深刻な板挟み状態だ。

「『出店するなら融資しますよ』。五年前は銀行の方からそう言ってきた。今はダメだね。パチンコ倒産が続いて、融資が渋くなった」
ある経営者はそう話す。

「いまパチンコ業界は大変です。利益率がガタ落ちで、今返済すべき負債が五〜十年後でないと返せなくなっている。公定歩合が一%上がっただけで、あと数十社は倒産するでしょう」(同研究所)

警察庁主導のパチンコカード導入から始まったパチンコ景気は、遅れてきたバブル景気だった。が、その方針転換で好景気もあっけなく幕切れ。警察庁に振り回された経営者たちも気の毒である。

(AERA 97.06.16)





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