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不動産ブームはどこでも似たような現象を生むらしい。「地上げ」をニューヨークでまた見るとは思わなかった。
十一月十六日、サルバトーレ・バルトロメオ(51)は悲嘆に暮れていた。裁判所の執行官が店を封印し、新しい家主の代理人が油煙で煤けた「ロザリオ・ピザ」の看板を外した。シシリー島から移民して以来、三十四年間続けたピザ屋を追い出される日が来たのだ。
○ピザ店地上げに客反対
「僕はこの街の人々が大好きだ。客で来た女房と出会ったのもこの店だ。ここは僕の晴れ舞台、人生そのものなのに」
赤い野球帽に白いエプロン姿のバルトロメオは嘆く。
発端は、彼が店を借りている商用ビルが大手ピザチェーン会社に買収されたことだ。二軒隣に自社の店を開いたその会社は、賃貸契約を一方的に打ち切ってしまった。代わりに提示された代替店舗は、現在の倍以上である家賃月四千五百ドル。とても払えない。事実上の追い出しである。
昼前から朝四時すぎまで、学生、勤め人、警官、役者ら、様々な客が来た。バルトロメオは客の名前を一人ひとり覚えている。客は彼を「パパ・サル」と呼び、世間話を楽しんだ。サルの窮状を知った客は、四千人の署名を集めてチェーンピザ店のボイコット運動を展開。新聞にも報道される騒ぎになったが、功を奏さなかった。
皮肉だが、バルトロメオの悲劇はアメリカの景気拡大とともに始まった。店のあるマンハッタン南東部は、一九八〇年代までは麻薬中毒者や売人が昼からうろうろする界隈だった。それが、九三年ごろから真新しいマンションが建ち始めた。地下鉄で十分ほどのウォール街に勤める富裕なビジネスマンが流れ込み、それを狙って瀟洒なレストランやクラブが次々に開店。荒廃した街は洒落たエリアに変身、一帯の不動産価格も急上昇した。
「古いビルを改修して集客力のあるテナントを入れ、価値を上げなければならない。ただ不動産を持っているだけで自動的に値が上がるというわけにはいかないから」(地元の不動産業者)
○好況と金利安が追い風
買収したピザチェーン会社の狙いもそのへんにあるらしい。ニューヨーク全体が、いま空前の不動産ブームに踊っているからだ。
「すべての物件、すべての区域で販売は絶好調。売れ行きは増え続けており、供給が足りないほどだ」
大手住宅ブローカー、ダグラス・エリマンのアラン・ロジャース・マーケティング部長はそう話す。
同社の調べによると、マンハッタン内でのマンション価格はこの一年で平均二四%上昇。不動産市場がどん底だった九一年に比べると、約五〇%の値上がりだという。
ブームの要因はいろいろある。
第一に景気が良いこと。特にウォール街に集まる金融業界が好調なため、富裕な住民層がニューヨークに流れ込んだ。
第二に、不動産関連融資の金利が記録的に安いこと。十一月二十五日現在、三十年もの融資の市中金利は六・七三%。過去三十年間で最低の安さだ。
さらに、長らくニューヨークから人々を遠ざけていた凶悪犯罪も激減。九六年に起きた殺人事件(七百六十七件)は、ピーク時(九〇年)の三分の一である。
資金も潤沢に流れ込んだ。九三年、野村証券の米国法人が不動産を債券化して資金調達する不動産担保証券(CMBS)市場を開拓すると、金融機関が次々に参入。九七年には四百五十億ドルという巨大な不動産資金市場が出現した。金融界全体の不動産関連融資は五年間で七十二兆ドル増の四百九十三兆五千四百万ドルにも膨れ上がっている。
不動産業者にとって願ってもない好条件が揃ったわけだ。
しかし、土地ブームが「バブル」で、それが崩壊するとなれば、影響はニューヨークだけにとどまらない。危機にある世界経済は、辛うじて米国が防波堤となって支えているからだ。
○不動産王ウィトコフ
大手不動産会社スタッドレーのアイラ・シューマン上級副社長は、不動産市場がバブル状態であることを否定しない。
「日本でもそうだったように、不動産がブームになると貸手が融資にのめり込むのは万国共通の現象。八〇年代の不動産バブルを膨らませた資金源はS&L(住宅専門の貯蓄貸付組合)だった。九〇年代はウォール街が資金源だ」
この類希な好況は、数々の「不動産王」を生んだ。その栄光と翳りを一人の男で追ってみる。
「不動産ブームのあるところウィトコフあり」
ウォールストリート・ジャーナル紙にそう紹介された男がいる。
スティーブン・ウィトコフ。三年前までは一介の弁護士に過ぎなかった四十一歳のこの男は、今や資産総額二十五億ドルに相当する三十のビルを全米に所有。業界一の大立者にのし上がった。
ウォール街、三番街、四十二丁目。彼は、マンハッタン中心部の高層ビルを次々に買収してニューヨーカーをあっと驚かせた。
そのひとつ、一九三〇年代のアール・デコ装飾で映画「スーパーマン」の舞台にもなった「ニュース・ビルディング」二十六階に、彼はオフィスを構えている。
無駄が嫌いなのだろう。五十人の部下が働く本社は、不動産王の城にしては拍子抜けするほど質素だ。社員はネクタイもしていない。
謎めいた人物である。公表された写真は一枚だけ。マスコミにもめったに登場しない。ボディーガードつきのリムジンを乗り回す。でかい声でよく喋り、よく怒る、おっかない上司。週に二、三回はコースに出るゴルフ狂。ハンディはシングルの腕前。タイガー・ウッズや不動産王ドナルド・トランプとゴルフを楽しむこともある。そんな話が漏れ伝わってくる。
ニューヨーク近郊の富裕なユダヤ人家庭に生まれたウィトコフは、八〇年代に弁護士を開業すると、自分の金でアパートを買う投資を始めた。ハーレムやブロンクスといった低所得者が住む街の、一番安い物件からスタート。管理会社を雇うのがもったいないからと、自分でボイラーや下水道を修繕し、安全のため足首に拳銃を隠し持っては家賃を集めて回った。
○ロシア危機で動揺拡大
肝っ玉も座っているようだ。強盗に襲われた時には「一日百ドル出すから俺のビルの警備員をやらないか」と逆に持ちかけて窮地を逃れたという逸話が残っている。
彼の成功の秘密は二つある。一つには、業界がどん底の不景気だった九〇年代初頭に安く物件を買いまくったことだ。例えば、九七年に五千七百万ドルで売却したあるビルの買値は三千六百万ドルだったそうだ。
いま一つには、ウォール街が資金源に付いたことだ。
「不動産業界には序列がない。金さえあれば誰でもビルを買える」
ウィトコフの側近の一人はそう話す。この人物は、物件によっては買収資金の九八%が銀行からの借金だと認めている。
ウォールストリート・ジャーナル紙は、リーマン・ブラザースが七億五千万ドル、クレジット・スイス・ファーストボストン銀行が五億ドルをウィトコフに貸している、と報じている。この二つは、米国ノムラと並ぶCMBSビジネスの「御三家」である。
絶頂だったウィトコフの業績に翳りが見えたのは、今年八月のロシア金融危機が発端だ。
今年七月、彼は「ウールワース・ビルディング」の買収を進めていた。一九一三年竣工。高さ二百四十一メートルのこのビルは、観光ガイドにも必ず登場する名建築だ。
一億五千七百万ドルで商談がまとまりかけたところに、ロシアが債務不履行を宣言。ロシア国債は暴落、リスク回避に動いた金融機関が資金を引き上げたため、CMBS市場は総崩れになった。資金源がぐらついたウィトコフは一億三千七百万ドルに値下げを余儀なくされた。
ロシア危機とCMBS市場の麻痺によって肝を冷やした不動産業者や金融機関はウィトコフだけではない。あわや不動産バブル崩壊か、というところまで事態は悪化していたようだ。
○広がる「一月危機説」
救ったのは、金融当局の素早い動きだった。
「利下げがあって、みんなやれやれと一息ついた。FRB(連邦準備制度理事会)に救われたようなものだ」(全米不動産銀行協会チーフ・エコノミストのデビッド・ルレイ)
十月末、野村証券がCMBSの失敗で十億ドルの損失を出したことを公表、市場が動揺するや、十一月十七日にはFRBは〇・二五%の利下げを実施。おかげで、同月末までに株価はまた九千ポイント台の大台を回復。七週の間に三回目の利下げ、という素早い「火消し」だった。
CMBSの退場で、不動産業界が資金に窮しているかというと、そうでもない。年金団体や保険会社という新しい資金源が参入してきたからだ。
スタッドレー社のシューマン副社長は言う。
「市場はより健全になった。バブルがいきなり破裂するのではなく、空気がゆっくりと抜けてくれたからだ。現在の方がより維持できる相場に落ち着いている」
本当に不動産市場は軟着陸するのだろうか。CMBS市場で火傷を負ったはずのリーマン・ブラザースやファーストボストンは、まだ業績を公表していない。来年一月中旬には、第四四半期の決算を発表せざるをえないため、新たな大型損失が飛び出し、株も含めた市場が再び混乱する恐れがある。「一月危機説」である。
そうなれば、FRBは再度利下げに踏み切らざるをえないとみられる。「バブル崩壊」を避けられるかどうか。市場は固唾をのんで見守っている。
(文中敬称略)
(AERA 1998年12月14日)
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