repo_n1.gif (7k)



logo_s.gif (1064bytes)



i_3.gif (636bytes)
ソニーが抱える最強の才能ハンター「SD」とは?
ソニーの新人スカウト部隊「SD」は人当たり約六億円を稼ぐ。日本のレコード業界の1割弱をこのセクションが生んでいる。インターネットにせよゲームにせよ、ソニーのソフト開発の原型はすべて音楽にある。


この人の場合、クラブ・ミュージックに詳しいレコード会社員というよりは、クラブDJがレコード会社に就職している、と言う方が正確だろう。

森江統さん28。ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)の「SD」の一人である。SDとは、サウンド・ディベロプメントのこと。昔流に言えば新人のスカウトマンである。

森江さんたちの一日は、歌手志望の人々が送りつけるカセットテープの山との格闘から始まる。募集をしなくても、来るわ来るわ週五百本。同僚と分担して聞く。では、試しに僕も一本。

「尊敬する人物はマイケル・ジャクソンとエジソン」という北海道の男子高校生、十七歳。カラオケで藤井フミヤを朗々と歌い、録音。大半はこんなレベルだそうだ。が、どこに才能が眠っているか分からない。カラオケでも歌手としての個性は分かる。必ず全部聞いて返事を書く。SDのデータベースをパソコンで呼び出すと、レベル1から4プラス、すでにデビューした人の住所録が三万件出てきた。

もちろん、待っているだけではない。森江さんの本領は、夜のクラブ回りだ。SDに入る前は、昼は背広姿で翻訳の仕事をしつつ、夜ごとクラブDJとしてレコードを回していた。昼間レコーディングに立ち会ったあと、午後十一時半、新宿の「リキッド・ルーム」へ。今日のイベントは「デジタル・ロック・ナイト」である。たちまち知り合いのDJ仲間に出会い、情報交換。結局、帰宅したのは午前四時。

「この仕事、ユーザーの感覚を失うと最後。レコード会社員の視点は必ずしも必要じゃない。あまり会社に来ないようにしてます」

こうした「狩猟型発掘」に加えて重要なのはオーディションである。が、水着のお姉さんが舞台で歌って踊って最後に審査員が投票、なんて昔風は、もうはやらない。

九三年に「ちょっとそこまでオーディション」という十代女性が対象のオーディションがあった。レコード会社のオーディションのくせに、歌の応募が不要。夏休み、応募者をホテルに集めてテニス、ゴルフ、プールと、遊んでもらう。人形劇をやってもらう。それだけ。

その中に、大阪から来た十八歳のアルバイターがいた。着崩しストリートファッション。率先してグループをまとめる姉御肌。いいキャラクターだ、と別に見つけた女性とデュオを組ませた。やはりSME所属で、以前からプロデューサーをやりたがっていた奥田民生作曲の歌を二曲歌わせたら、合計三百万枚以上を売るメガ・ヒットに大化け。こうして「Puffy」は生まれた。

「自分が好きだ、と思った直感を信じたんです。ユーザーに近い視点が日常的にあるんでしょうね」
このオーディションを担当した鎌倉拓司さん29はそう話す。

SDの成績を、数字で見てみよう。SMEの邦楽レコードの売り上げ額は、約五百九十億円(九五年度三月期決算)。業界シェア一位である。うち三ー四割をSD出身アーティストが稼いでいる。多めに見積もると、SDが見つけた人材が二百三十六億円を生んだ計算になる。SD一人当たり約六億円だ。

SD出身アーティストは錚々たる顔ぶれだ。松田聖子。尾崎豊。聖飢魔。七八年以降の日本のポピュラー音楽の歴史そのものになる。

これほどの才能を発掘してくるSDとは、どんな集団なのか。

まず第一に、若い。発掘部門の最年少は二十歳。最年長でも二十九歳である。ということは、年齢的に客に近い。採用は融通無碍である。いい人材がいると「業務委託」とか「契約社員」という形ですぐ引き入れてしまう。「SDのオーディション」まである。三十九人のうち、正社員は半分以下だ。

だから、SDになる前の職業はばらばら。ライブハウスやレコード店の元店員、なんてのは普通。トラック運転手、板前、ホテル従業員だったという人もいる。

「あんまり何回も会うんで、バンドの人たちにはライブハウスの店員だと思われてるみたいです」
そう言う佐藤優里さん22は、九五年春までは、ライブハウス通いが趣味の専門学校生だった。彼女と店で頻繁に出くわしたSDが、お気入りのバンドのレポートを書いて出すよう誘った。やがて卒業、二年契約のアルバイトとしてSDに仲間入り。

ビートパンク系が好きだ。渋谷、下北沢と駆けめぐり、週に二十はバンドを見る。もちろんアマチュア。客は佐藤さんを入れて四人、というレベルである。「あのバンド、いいよ」。十六歳のころからのライブハウス通いで培った仲間の口コミが、情報源だ。 一日十二時間働き、土日返上でライブへ通っても、デビューまでいくような才能は一年に一回いるかいないかだ。それでも、楽しくて仕方がない。
「時代の空気を吸っている部分が固くなったら終わり」
そう言いつつ、今は靴やおもちゃグッズのコレクションにも夢中である。

「できるだけお客に近い人材、それも、流行の中に生きている若い感性をスタッフに入れたい。そのためには、通常の年一回の採用では対応できませんから」
SD制作部の責任者、喜久野俊和部長はそう話す。

採用が柔軟な理由は、他にもたくさんある。
@夕方からのクラブやライブハウス回りがSDの重要な仕事。正社員の労務規定遵守では使いにくい。
A日々の売り上げを作らないSDを正社員で揃えると、経営的に苦しい。
B組織に入ると、売り上げとかCMやドラマとのタイアップだとか、他セクションの心配事まで気にするようになる。

「大切なのは個人の独断です。自分がおもしろいと思うものを持ち込んでもらう。組織に対する忠誠心なんて、まったく期待していません」(喜久野部長)

ここでは「上司」より「現場」の方が強い。担当者ががんばれば、上司や先輩が反対しても通る。例えば、デーモン小暮を生んだ「聖飢魔」は、早稲田大の学祭で、あるSDが発見。上司、同僚、先輩こぞって反対したが「ゼッタイ行ける」という一念で担当者が押し通した。八四年ごろの話だ。

ただし、SDにはデビューを決める権限はない。録音作業を担当する「制作」セクションが首を縦に振ることが条件である。年間の総応募は数万組。そのうちレコードが出るのは多くて年十数組だ。発声や歌のトレーニングが必要なこともあるから、発掘からデビューまで早くても一年はかかる。

SDの新陳代謝も、また早い。一年半で中堅、二年で卒業が普通のペースである。「それくらいでないと、ユーザーより会社の発想になりますから」(鎌倉さん)

東京以外にも、札幌、仙台、広島など計七都市にSDがいる。さらに、各県に社外協力者が四十人ほど。首都圏以外の人材にも網を広げているのだ。ライバル社の「ビクター・エンタテインメント」社にはAD(アーティスト・ディベロプメント)というSDに似た部隊がいるが、人数は約十人だ。

ここまでSDに力を入れるのは、音楽業界の才能発掘戦が熾烈だからだ。特にこの二、三年はライバル社もSDに似た部隊を作ってバトルを繰り広げている。ミスチル、シャ乱Q、スピッツ、ウルフルズ。SMEによれば、彼らはSDの情報網に入っていたのに、他社にさらわれた例だそうだ。

ヒット曲が出れば儲かる、という単純な話ではない。まっさらで発見した人材は、プロダクションやマネージメント会社など「中間業者」に余計なカネを払わなくてすむ。アマチュアのうちに著作権を押さえれば、アーティストが他社に移籍しても収入は引き続き入る。だから、SMEグループは著作権管理やマネージメントの子会社を多数抱えている。早起きは三文の得、なのだ。

かつて、新人スカウトは芸能プロダクションの仕事で、レコード会社はレコード録音と販売・宣伝が仕事だった。CBSソニー(SMEの前身)がSD方式で、この業界の長年の慣行をぶち壊したのは、七九年。その第一号が松田聖子だった。今ではSD方式の方が主流になりつつある。

「若い感性も大事ですが、SDは若くないと体力が持ちません」
今は他社で働くOBはそう話す。休日はライブやイベントでつぶれるし、目をつけたアーティストが深夜放送に出れば、付き添いで徹夜。二晩完全徹夜、なんてこともよくあった。神経もすり減る。

が、さすがに業界一位のご威光か、SDを経験すると音楽業界の再就職には困らないのだそうだ。だいたいOBは業界を渡り歩く。自分が発見した人材がビッグになり、一緒に会社を興して社長に納まる人もいる。

いいソフトの開発とは、才能あるクリエイターの発掘に他ならない。正社員純血主義やトップダウン型組織では、SDのような嗅覚の鋭い人材を取り込むのは難しいだろう。

(AERA 97.03.17)





up.gif (380bytes)

home.gif (613bytes)


u_han.gif (685bytes)
Copyright(C) 1997 Hiromichi UGAYA.