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from New York
燃え尽きた優等生ヒーロー ジョーダン、NBA引退
アメリカ人が尊敬してやまないジェントルマンが引退を宣言した。膨れ上がった虚像がストレスになり、結局選手としての命を縮めた。

 


 


 マイケル・ジョーダン(35)は、最後の最後まで優等生だった。世界が注目する自分の引退会見を、盗難車を追跡中に撃たれて殉職した地元シカゴの警官へのお悔やみの言葉から始めたのだから。


 「体は絶好調。でも、もう精神的に疲れ切ってしまった」


 相変わらず低い、ぼそぼそした声。が、顔は晴れやかだった。


 「できることはすべて達成してしまった。もう、選手として前に進もうという意欲が起きない。やる気のないままプレーを続けるのは同僚にもファンにも不誠実だ」


 ○高熱をおして試合出場
 その言葉通り、ジョーダンはあらゆる点で頂点を極めている。驚異的なスピードで動く一メートル九十八センチの巨体。「空飛ぶ(エアー)ジョーダン」と異名を取った、宙に浮んでいるようなジャンプ。一九八四年のシカゴ・ブルズ入団以来、チームを六回優勝に導き、MVP表彰五回。一試合平均三一・五得点はNBAの最高記録である。


 ニューヨークに住むジョン・ワインバー(37)はシカゴ出身。熱心なブルズファンだ。


 「もちろん彼は歴史上最も偉大なバスケ選手だ。だが、それだけじゃない。高潔な人格。安定した家庭。試合にかける情熱。アメリカン・ドリームそのものだ」


 確かに、ジョーダンほど「ドリーム」という言葉と共に語られる選手はいない。いわく「子供に夢を与えるスター」「みんなの夢を実現した男」。


 美談は数多い。親の虐待の犠牲になった子供をベンチに招待する。捻挫や四〇度近い高熱をおしてでも試合に出る。ファンであれ記者であれ面倒臭がらず相手をする。「殿下(ヒズ・エアネス)」「大使」。そんな呼び名で愛された。


 「アメリカ大衆の心にこれほど深く根をおろした人物は今世紀に三人しかいない。ベーブ・ルース、エルビス・プレスリー、そしてジョーダンだ」(ジョーダンに密着取材したルポ『ハング・タイム』の著者ボブ・グリーン)


 ○ワイン1杯で噂に悩む
 この容姿端麗な優等生を広告業界は放っておかなかった。


 有名なのはナイキだ。ジョーダンを広告に起用した八四年から昨年の間に、収入が九倍の約九十二億ドルに跳ね上がった。他にも、飲料、自動車、長距離電話にハンバーガー、アパレルから香水まで「ジョーダン印」は数限りない。業界紙の調査によると、報酬は年四千二百万ドル。タイガー・ウッズ(三千万ドル)を大きく引き離して、米スポーツ界一位である。そもそも、スポーツ選手が企業広告で稼ぐというビジネスを始めたのは、ジョーダンなのだ。


 しかし、この優等生イメージが次第に彼を悩ませるようになる。


 外で食事をしてワインを一杯飲んだだけで、泥酔していたと噂になるのではないかと悩む。一度でいいから誰にも見つけられずに静かに外を散歩してみたい、とこぼす。グリーンはジョーダンのそんな姿を記している。


 マスコミもあら探しに躍起になった。九二年には麻薬ディーラー相手に賭けゴルフで五万七千ドル負けたという話がスキャンダルになった。「ジョーダンは横暴でチームメートに嫌われている」という暴露本が出たのもその前後。翌年には相談相手だった父親が強盗に射殺される悲劇が続く。しかも、この事件が賭博事件と関連付けて報じられたため、さすがのジョーダンも「人の傷口に塩を塗る行為だ」と珍しく怒りを露にした。


 このころすでに精神的に消耗していたのだろう。九三年秋、突如プロ野球に転向。が、ここでも労使紛争に嫌気がさして翌々年にはバスケに復帰。迷走が続いていた。


 「僕の次の挑戦は子育てです」


 会見で、妻ジャニタを横にしたジョーダンはそう語った。


 だが、グリーンが「NBAからは引退できても、マイケル・ジョーダンから引退することはできない」と指摘するように、この「世界一有名なスポーツ選手」が平穏な生活を取り戻すのは容易ではないだろう。(敬称略)

(AERA 1999年01月25日)





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