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サムライ、フジヤマ、ゲイシャ。そう聞いただけでもうんざりする日本人は多いのではないか。欧米人が抱く一番陳腐なステレオタイプである。そのゲイシャがいま米国で大ブームになっている。
震源は『メモワール・オブ・ゲイシャ(ある芸者の回想録)』というベストセラー小説である。日本海の寒村ヨロイドから京都の祇園に身売りされた少女サユリが先輩芸者ハツモモのいじめに耐えながら次第に頭角を現し、最後は金持ちの旦那の寵愛を得て成功する、という「おしん」に似た女の苦労物語。一九九七年十月の発売以来、百五十万部に迫る爆発的な売れ行きを見せ、現在では二十六カ国語に翻訳されている(出版元のランダムハウス社による)。
○著者は室町時代史専攻
この本、一読して、日本人には不自然な描写があちこちにある。戦前の日本海の漁村でモーツァルトの子守歌が歌われている。主人公サユリはやたらとイエス・ノーをはっきり言う。初めてのお座敷で、客から勧められた杯を「ノー、サンキュー」とためらいもせず断ってしまう。上司や先輩にも、自分の意見をはきはき言う。しかも会話がすべて訛のない標準英語なので、読んでいるうちに京都の芸者がニューヨークのキャリアウーマンのように思えてくる。
とはいえ、これは外国人が書いたフィクションの限界だろう。芸者の化粧や着物の描写、戦前・戦中の京都の生活など、細部は外国人が書いたにしては正確である。ジェームズ・クラーベルの小説『将軍』のように「攻撃的で残忍な日本人」という偏見に満ちた描写も見られない。これは著者のアーサー・ゴールデン(42)の努力に負うところが大きい。
ゴールデンはハーバード大を卒業後、コロンビア大学で室町時代史を専攻して修士課程を修了。東京で出版社勤務の経験もある。元芸者の女性へのインタビューも含め、八七年から九年間をリサーチと執筆に費やし、三回の全面改稿の末に本を完成させている。
NYでゴールデンにインタビューした。
――どうしてゲイシャについて小説を書こうと思ったのですか。
「東京で、母親が芸者だったという同僚がいたのが興味を持つきっかけでした。私は閉じた世界を開く物語に惹かれます。芸者の世界は日本文化をせんじ詰めたようなところがある。『自分の運命に従う』という運命論的な発想は、自分自身に忠実であることを重要視する西欧文化と対照的だし、序列構造(ヒエラルキー)にしてもそうだ」
○欧米で有名なゲイシャ
――ゲイシャというステレオタイプを広めてしまう危険性を認識していましたか。
「芸者はステレオタイプというより日本の文化的アイコンだと思っています。ゲイシャは売春婦だと思っている米国人も多い。本を読んで深く理解するようになった、という読者の手紙が来ています」
さて、日本人として心配なのは、『メモワール・オブ・ゲイシャ』そのものではない。歪んだゲイシャイメージがマスメディアで大量流通し始めた現象である。
例えば、大物映画監督のスティーブン・スピルバーグがこの本の映画化を表明している。配役や公開時期は未定だが、登場人物は英語を話す予定だ。大手映画会社の配給に乗って、世界中にゲイシャイメージがばら撒かれるだろう。
また、本を読んでゲイシャに入れあげているのが歌手のマドンナだ。新曲「ナッシング・リアリー・マターズ」のビデオで、赤いキモノらしき衣装にブーツを履いて踊る彼女の姿が盛んにテレビで流れている。また、ファッション誌「バザール」には「ライク・ア・ゲイシャ」と銘打って、赤や黒のキモノもどきの衣装で登場。
「私の仕事は現代のゲイシャみたいなものね。ゲイシャは囚われの身だったけど、当時の既婚女性よりはずっと自由だったのよ」
マドンナは、記事の中でそんな頓珍漢なコメントを述べている。
イタリアの歌劇「マダム・バタフライ」が一九〇四年の作品であることからも分かるように、「ゲイシャ」は古くから欧米に知られていた。ペリーの日本訪問以前から、欧米では「ゲイシャ」が認識されていた形跡がある。いま、ごく普通の英語辞書にも「Geisha」という言葉は載っている。
「まず、ゲイシャは欧米人にとってセクシュアルなイメージがある。さらにロマンチックで非西欧的(エキゾチック)で、物珍しい。カウボーイが日本人にとって珍しいのと同じです」
元UPI通信記者で、日米貿易コンサルタントのスコット・レイサムはそう指摘する。
「だが、ゲイシャのような奇妙で非日常的な側面に焦点を当てて日本文化を理解しようとしても、無理だ。ギャングを研究しても米国文化を理解できないでしょう?」
○記事が不況関連に偏り
それにしても、ホンダやソニー、アニメといった現代的な日本像が普及していると思われた九〇年代も末になって、なぜゲイシャがブームになったのだろう。
見逃せないのは、米国テレビ・新聞が報道する日本像の極端な偏りである。不況報道一色なのだ。
試しに、代表的な米国のマスメディアとして、ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙、CNN、ニューズウィーク(NW)誌のウエブサイトから「ジャパン」というキーワードで記事を検索してみた。さらに表示された順に一定数をピックアップして内容を吟味した。
一番極端に偏っていたのはNYTである。二百本中、失業、倒産、格下げ、政策など不況関連がなんと百十八本。続く政治、外交関連十六本がはるかに及ばない。NYTが米国に伝える日本は不況一色と言っていいだろう。
NW誌も百本中不況関連が十七本と最多だが、外交関連も十三本と多い。バイアグラ、TVゲーム、クローン技術など各方面にバランスが取れている。CNNはむしろ不況関連ニュースが少ない。百本中、外交関連が三十二本。政治関連が十三本。不況関連は十一本で三位に留まる。
こうした報道が米国人の日本認識にどんな影響を及ぼすか、戦慄すべきものがある。「日本についての知識・情報はどこから得るか」という問いへの米国人の答えはこうだ。一位・新聞(九八%=複数回答)、二位・雑誌や書籍(九三%)、三位・テレビ(七九%)。千五百人を対象にした九八年四月の外務省の調査である。
筆者自身、取材先で出会った米国人雑誌記者に自己紹介したら「日本の企業はみんな倒産したみたいに思っていた」と真顔で言われて面食らった経験がある。
米国に住み、こうした報道に日常的に接している日本人の間には不快感が高まっている。
昨年九月、NY在住の日本人七人が『笑われる日本人』という本を自費出版した。九五年から九八年にかけてNYT東京支局が発信した日本についての報道から「ワースト記事」十件を選んで検証・批判した本である。これまでに約六千部売れている。
レディコミのレイプ描写をネタに「日本女性が純真だと思う人は読んでみろ」と煽る記事。「電車で痴漢に遭っても、日本女性は声も立てずに我慢する」とする記事。日本の中絶事情について、おどろおどろしい水子地蔵の写真入りで報じた記事。日本人の目から見ると、極端な例を針小棒大に報じた素っ頓狂な報道である。
記事の検証や、クリストフNYT東京支局長の反論は本に丁寧に書いてあるので、ここでは詳しくは述べない。重要な事実は二つある。まず、一人あたり約五十万円の自腹を切って出版を実現させていること。それほど危機感が高まっているのだ。そして英語・日本語の両方で記されていること。つまり、この本は米国メディアの日本報道への初の「反論本」なのだ。
「どの記事も、色眼鏡を通して日本を見ていることが問題だ。全体像を見せることなく、センセーショナルな見せ物的報道をばらばらに報道されると、それが積み重なって『日本ってヘンな国だ』という認識が出来上がり、ステレオタイプを助長してしまう」
同著編集長の大竹秀子はそう話している。
○進歩ない日本イメージ
その懸念は杞憂とはいえない。ここに、ある世論調査の結果がある。九四年五月から九五年六月にかけて、ワシントンのシンクタンク「日本経済研究所」が、デトロイト、ロサンゼルス、シアトルなど全米六都市の米国人百八十人を対象に聞き取り調査した「アメリカ人の対日イメージ」というリポートである。
内容は、目を覆いたくなるような言葉のオンパレードだ。
「日本は米国との経済バトルを続けている」「ビジネスマシン」「第二次世界大戦の復讐をしようとしている」。さらに「顔がなく統制されている」「侵略者・征服者」と来て、真珠湾攻撃を引き合いに出して「卑怯」「本心を隠している」と印象が語られる。
もちろん、好意的な意見もある。が、同リポートは「努力家」というイメージは「ロボットのように盲従的」というふうにマイナスに裏返ることも指摘している。
同研究所は、九八年にも追加調査を実施したが結果はほとんど変わらなかった、と話している。要するに、八〇年代の日本の対米投資が活発だったころに米国で猖獗を極めた「日本脅威論」「ジャパンバッシング」からまったく進歩していない、ということだ。
「こうしたイメージが長く続いているのは、一本の映画や本だけではなく、巨大な情報の集積から形作られるからだ。これからも、変化のスピードは遅いだろう」
同研究所のアーサー・アレキサンダー所長はそう話している。
いま米国マスメディアが不況報道一色になっているのも、この文脈で考えると分かりやすい。
「米国メディアが取り上げる日本関連ニュースのトップは、一貫して経済・ビジネス関連です」
コミュニケーション・コンサルタントとして日本報道を二十年間調査しているマイケル・ソロモンはそう話す。
「米国人にとって、八〇年代の日本経済は『スーパーストロング』であり『脅威』だった。それが九〇年代になって不況の泥沼にはまったことで、振り子が反対の極に振れているにすぎない」
テレビ・新聞の日本報道が「不況」一色に染まる一方で、映画やテレビでゲイシャ像が大量に流れる。米国人が日本についてイメージを形作る情報環境は、ここまで歪んでいる。
(文中敬称略)
(AERA 1999年04月19日)
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