![]() 伊能静は高校時代に東京の在日華僑学校へ通っていた、という。知的なインタビューで嬉しかったそうです |
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中華スターは国境を超える 東アジアを股にかける中華スターたち。ボーダーレスな発想は日本人にはなかなか真似できない。移民の伝統がある民族は強い |
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伊能静27が何国人かを一言で言うのは難しい。彼女の中には、いくつもの「中国」がある。 まず、母の国であり、生まれ育った台湾。次に、山東省から台湾に渡ってきた「外省人」の実父がよく語って聞かせてくれた、広くて山のきれいな中国。そして小学校時代に三年間を過ごした香港。さらに、中学・高校時代を東京で暮らした「日本の中国人」としての自分がいる。 「私、すごく中国人なんです。私の運命でしょうね」 彼女は、そんな日本語で自分を表現した。母親が再婚した相手が日本人だったため、彼女は東京で思春期を送ることになった。今も名乗る「伊能」は、その義父の名字だ。今も家は台北と東京にある。 そんな出自のためだろう。日本語はもちろん、台湾語(国民党支配前の台湾の言語)、北京語(現在の台湾の標準語)、広東語(香港の標準語)、さらに英語までも達者に操る。この「芸」が今も彼女の身を助けている。 歌手・女優としての活動領域は東アジア全域に及ぶ。八七年に台湾でアイドル歌手「伊能静」としてデビュー。レコードを出すたびに、台湾・香港は言うに及ばず、シンガポール、マレーシア、北京に上海と宣伝活動に回ってきた。日本でもFM番組のDJをやったり、雑誌にコラムを連載したりと、行く手はボーダーレスである。 「東京へ行っても台北へ行っても『ウチに帰ってきたなあ』ていう感じなんです。反面、悲しいこともありますよ。私、どこの人なんだろう、って思うもの」 東アジアを股に掛ける中華ポップスターは、伊能だけではない。 王家衛監督の香港映画「恋する惑星」「天使の涙」で大スターになった俳優・金城武23は、台湾の出身だ。父が日本人で母が台湾人。生まれも育ちも台北ながら、日本人学校とアメリカンスクールに通ったおかげで、日本語・英語・北京語・広東語に通じている。最新作の日本映画「Misty」では、豊川悦司と共演している。 歌手・周華健のように、香港出身ながら先に台湾でスターになり、おかげで故郷でも人気に火が着いた、という例もある。 また、歌手の巫啓賢と巫奇の兄弟は、生まれはマレーシア華僑の家庭。シンガポールで育ち、最初に歌手として成功したのは台湾。巫啓賢は香港でも成功、九四年度の「十大金曲」(レコード大賞の香港版)を獲得している。 インドネシアやマレーシアなど東南アジアの国々へ行くと、三種類のヒットチャートがある。「海外チャート」と「国内チャート」、もう一つは「中華チャート」である。中国系住民のいるところ、世界中どこでも売れるのが、こうした中華スターの強みなのだ。 香港で会った実力派歌手のキャス・パンも、父親はマレーシア系中国人だった。マレーシアでレストランを経営していた父は、香港に移住して縫製会社を始めた。そこで生まれたのが彼女だ。 一二歳から一八歳までを過ごしたのはオーストラリア。英語の勉強のため、とういう父の方針で一人伯母の元へ送られた。その両親は、香港の中国返還を前にすでにカナダに移住してしまった。もともと国際的な家庭環境なのである。 「マレーシアですか?母の親戚がまだいるんです。仕事で行っても、家に帰ったようにくつろげます」 九五年に香港の音楽賞を総なめにする大成功を納めた彼女は、マレーシア、シンガポールに加えて台湾を次のマーケットに狙う。個人レッスンを週数回、九ヶ月間続けて北京語をマスター、台湾向け北京語のアルバムをすでに二枚出している。 「親が遠くにいて恋しいとか、自分のロマンスとか、香港では自分について歌うのが受ける。台湾では悲しいラブ・ソング。音楽の好みはまったく違いますね」 活動や発想のスケールが世界規模の中華スター。日本人には、なかなか真似できない。 (AERA97.1.20) |
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