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台湾・香港の日本流行文化ブーム 日本の音楽や漫画は東アジアで圧倒的な人気。ファッションもよく似てきて、東アジアにポップ文化を媒介にした「ポップ共栄圏」ができつつある |
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「情書」。台北でも香港でも、若い人たちと話すたびに、必ずその映画の話が出た。見てどれほど感動したか。仲間うちでどれほど話題になったか。チケットを買うのに何日も通い何時間も列に並び、どれほど苦労したか。そんな若者の熱狂ぶりがニュースになった話。 「情書」とは、ラブレターの意味。台湾・香港で一大ブームになったこの映画とは、中山美穂・豊川悦司主演、岩井俊二監督の「ラブ・レター」なのだ。 香港で、平日の昼間を狙って僕も見た。驚いたことに、若いカップルでほぼ満席。映画がつまらないとすぐ帰る、お喋りを始める。かの悪名高い香港の客が、このノスタルジックなラブストーリーに笑い、頷き、涙を拭っている。東京の客とまったく同じように。 映画館にいたカップルと話した。 「ストーリー、脚本、撮影、どれも素晴らしいの一言です!」 男性の梁〓華さん33は言う。普段は洋画か香港映画しか見ないが「ラブレター」だけはどうしても見たかったのだそうだ。 「主人公の男性が相手に寄せる想い。死んだ恋人を想い続ける女の気持ち。よく分かる。理屈なしに、自然に感情に入る映画です」 そう言う〓嘉〓さん29に尋ねた。なかなか気持ちを相手に打ち明けられない、という日本的なテーマでしたが、違和感は? 「いいえ。恋する気持ちに、国境はないですよ」 この映画を香港に配給したシュウ・ケイ氏40さえ、若い世代のこの反応には驚いている、という。 「僕はストーリーが複雑すぎるかな、と思った。ところが二十代の友人にビデオを見せたら『あんまり良いんで二日で六回見た』って言うじゃないか。それに、中山美穂。あんなに香港の若者に人気があるとは知らなかった。僕ももうトシだな」 映画監督でもある氏は、ヒットの背景を次のように分析する。 「確かに『ラブレター』はとても日本的な映画だ。が、香港の若者にとっても最高のデート映画でもある」 若者の感性は日本も香港も似てきたと思いませんか? 「全てはグローバルになり、国境は消えつつあるのだろうね」 そう、若者の感性は何と似てきたことだろう。東京、台北、香港。それをつくづく感じさせる東アジアの取材だった。 台北で、二十歳代前半の台湾人OL四人と夕食をご一緒した時の話だ。白い壁に観葉植物が並ぶイタ飯屋でパエリアを食べながら、どんな男性が好みなの、という話題になった。 「ムーチュン・トーツァイかな」 呂〓〓さんがそう言った。その名前、漢字で書いてくれますか? 「木村拓哉」 何と、キムタク!それが話に火を付けた。やれ織田裕二がいい、やれ江口洋介の方がハンサムだ。私は吉田栄作のファンだ。贔屓の日本スターをめぐり、テーブルは百家鳴争状態になった。 一体、どこでそんなに詳しくなるのか?答えは、テレビだった。それも「偶像劇」が大人気だ。つまり、日本のトレンディー・ドラマのことだ。 「織田裕二?ああ、それは『正義必勝』を見たんですね」 昨年一月に開局した台湾の日本番組専用テレビ局「緯來日本台」の張芙心さん30はそう話す。この「正義必勝」(原題『正義は勝つ』)は通常の三倍にあたる視聴率一%を稼ぐ人気ナンバーワン番組だったそうだ。 台湾には「緯來」のような日本の番組だけを二十四時間流す専門チャンネルが三局もある。台湾では、九四年に合法化されたケーブルTVが全世帯の九〇%近くに普及、各家庭で六〇チャンネル近くが使える。日本専用チャンネルもそのひとつだ。緯來だけで視聴者は千二百万人。今春もう一局増える予定だ。 日本製テレビ番組の人気は高い。この各社にスターTVのような衛星放送局(〓ページ参照)が加わり、日本の人気番組の買い付けに熾烈な競争を繰り広げる。最近ではキムタクと山口智子主演の「ロング・バケーション」を巡って激しい戦いがあったそうだ。 なぜ日本ドラマはこれほど受けるのか。原因の一つは、台湾ドラマの不人気だ。 「台湾にはホームドラマばかりで若者向けのドラマがない。日本の番組は同じ東洋人で顔は似ているし、生活習慣や価値観も似ているから違和感がない」 「緯來」で番組買い付けを担当する林育如さん25はそう話す。 が、日本のドラマのような、うじうじしたストーリーが受けるんだろうか。 「日本のドラマのように感情が曖昧な方がぐっと来ます。台湾のドラマは感情が激しすぎる」 葉書の山が机を一つ占領していた。スターの人気投票を応募したところ、一ヶ月に来た葉書が何と十万枚。ちなみに男性部門一位は織田裕二、女性は中山美穂だった。 ドラマだけではない。お笑い。アニメ。トーク番組。果てはプロ野球まで。上岡龍太郎の「上岡異言堂」と志村けんの「志村大爆笑」は超人気番組だ。台湾の人たちは日本から三ヶ月ー半年遅れで同じ番組を見ている。 「スターの名前にしても、発音は違うが漢字は同じでしょ?日本人には親近感がありますよね」 こちらは台湾の日本映画専門チャンネル「博新東映台」。葉天健・編成部次長52はそう言う。台湾でも香港でも、俳優や番組の名前は漢字をそのままにして中国語読みで使う。日本語の台詞はそのまま。画面下に字幕が出る。 九五年四月に開局した当初は、日本統治時代を知るお年寄りを想定して古い映画を中心に番組を組んでいた。が、若者に日本のアイドルやドラマの人気が想像以上に高いことを知って路線を修正。今では四百五十万人の視聴者を持つ。 「若者はファッションを追うのに熱心。そして美男美女が好き。これはどこも変わりませんな」 台北、香港の街を歩くと気付くことがある。女性の服や靴、メークが東京と非常に似ているのだ。細く整えた眉(台北では『眉定規』まで売っていた)。黒い革ジャケット。ダウン。Aライン。「光り素材」のブラウス。パンツルック。黒のロングブーツ。 これが原因か、と思ったのはファッション雑誌「nonーno」(集英社)だ。台北でも香港でも、書店はもちろんコンビニやキオスク、果ては路上の露店でまで売っている。日本での発売後、数日で台北や香港でも買える。 「台湾で戒厳令が解除された直後の十年前と比べると、今ではファッションが東京とリアルタイムで入ってくるようになりました」 台北駅前のデパート「新光三越」の天野治郎社長57は、台湾に暮らして十年になる。 「最近は、店側より消費者の方が知識がすごいんですよ」 例えば、台湾人の客が「横浜・元町のキタムラのバッグ」はあるか、と尋ねてきたことがある。店にはなく、慌てて日本に買い付けに飛んだそうだ。 日本ブランド信仰はもう終わった、と天野氏は言う。それでも、台湾の若者はトレンディードラマやファッション雑誌を見たり、日本に旅行したりしては知識を仕入れる。ごく普通のことだ。 このあたりは香港でも変わらない。経済が発展して個人所得が大きく伸びたことが背景にある。 「十五年前には女性が化粧をすることも、パンストをはくことも珍しかった。当時は日本との時差は三十年くらい、という感覚だった。今はほぼ同時」 百貨店「香港三越」の萩野純司社長は言う。今冬の女性向き売れ筋商品は「柄タイツ」だそうだ。これも東京と変わらない。 おもしろいことに、台北にも香港にも似たような「日本製おたくグッズ百貨店」がある。 香港では「信和中心」という。ブロマイド・ポスター屋。日本の雑誌専門店。日本から直輸入したアイドル写真集専門店。日本のアダルトビデオ専門店まであった。そんな店が、一階から四階までひしめき合っているのだ。平日の夕方に訪れてみると、学校帰りらしきティーンエイジャーでビル全体が満員御礼状態だった。 丘碧宝さん17は、高校三年生。劇画「東京バビロン」の七巻目を買いにきた。ボーイフレンドの周子賢さん17は「超時空要塞マクロス」のファンだ。連れだってこのビルの店を覗いて回るのがお気に入りのデートコースらしい。 台北のおたく百貨店は「萬年大楼」という。その中のアニメグッズ専門店の買い付け係・林さんは、年に四回、空のスーツケースを数個下げて横浜や吉祥寺のアニメグッズ店を回る。一回の仕入額は何と百五十万円。人気商品はアイドルやアニメのテレホンカードだ。後藤久美子のテレカが一枚五百台湾ドル(約二千円)。根強いテレカコレクターがいるのだそうだ。 台湾や香港での日本アニメや漫画の人気はもはや圧倒的といっていい。台北にある十数軒の漫画喫茶店のひとつ「漫画視際」には一万四千冊の漫画があるが、台湾の作品はほとんどない。 「現実問題として、圧倒的に日本の漫画の方が数が多いですから」 「漫画視際」の許〓松さん38はそう話す。ちなみに、この店の人気漫画ベスト3は@〓〓高手A聖堂教父B涙眼〓星。日本語でいうと、順番に『スラムダンク』『サンクチュアリ』『クライング・フリーマン』である。 「スラムダンク」の人気はすさまじい。作者の井上和彦氏が昨年秋に香港を訪れたときには、漫画の登場人物を真似て髪を赤く染めた若者がサイン会に殺到。テレビ番組に井上氏が出演したところ、ホスト役が「熱狂的ファン」を自称するアナウンサー。普段は堅物のそのアナウンサー氏、髪を赤く染め、バスケ服姿で番組に登場した、というクレイジーな逸話まで残っている。 興味深い現象は、こうした日本のポップカルチャーの影響が、素人だけでなくプロのアーティストにも浸透し始めていることだ。 例えば、香港の映画監督・厳浩氏44。「息子の告発」「レッド・ダスト」など、運命に翻弄される人間の姿を壮重な調子で描く、香港映画界の巨匠の一人だ。その彼の最新作は、吉本ばなな原作の「キッチン」だ。主役は富田靖子。広東語をしゃべる香港人女性を演じる。今年春に東京と香港で同時に公開される予定だ。 厳監督は二年前にこの作品を英語で読み、その場で映画化を決意した、という。 「老荘思想でいう『無常』を感じさせる哲学的な内容なのに、カジュアルでユーモアがある。読んだ者を癒す効果がある」 「感動的なラブストーリーであると同時に、二人の若者の大人への旅立ちの物語でもある。文化や国を超えて、普遍的に理解されるうる作品だ」 映画では、舞台を香港に移し変えた。 「何の問題もなかった。香港でも東京でもニューヨークでも起こりうる普遍性があるからだ」 日本のポップカルチャーが受け入れられるのは、マスメディアの影響ばかりではない。それだけの高いクオリティを持っているからだ。そろそろ、そんなふうに考えてもいいのかしれない。 (AERA97.1.20) |
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