|
なぜ日本人はハワイに惹かれるのでしょうか。僕はミュージシャンですから、音楽=文化という観点から考えてみます。
ハワイ音楽はいつも時代に合わせて進化しています。ジャズ、ボサノバ、レゲエ、フォーク、最近ではラップと、その時代の流行を貪欲に吸収して変化してきた。太平洋の真ん中の島国ですから、外から来た文化への受容性が高く、音楽も「ミクスチャー(混合)」になった。日本人がよく思い浮かべる「ハワイアン」は、一九三〇年代のものにすぎません。
ハワイ音楽は外国にも広がって現地で混血した。例えばインドネシアでは、民族音楽「クロンチョン」にウクレレが使われていますが、何の違和感もない。意外にグローバルなのです。
ハワイ音楽を特に好む国民として、日本、インドネシア、フィリピンが挙げられます。どこも環太平洋地域の国です。背景として、移民の交流、つまり人の往来を見過ごすわけにはいきません。
日本からハワイへの移民は明治に始まっている。そのころの移民を親とする日系二世のバッキー白片や灰田兄弟が三〇年代に来日して各地を演奏して回った。一般庶民は蓄音器など買えず、浪曲や童謡を聴くのが普通の時代。ハワイな音楽もハイソな金持ちの音楽というふうに受け取られ、演奏する側もタキシード姿でした。
ジャズのビッグバンドだと人数も多いし、楽器の調達も大変。ハワイ音楽なら五人もいればいい。演奏会場には長蛇の列ができ、ハワイ音楽を演奏する人が次々に出た。三〇年には「ハワイのわらぶき屋根」がヒットしている。これが日本での「第一次ハワイ音楽ブーム」です。
五〇年代に第二次ブームが起きます。戦争に行っていた演奏家たちが戻ってきて活動を再開したのです。進駐軍の将校クラブなどが演奏場所になりました。戦前、立教大でハワイアンを演奏していたディック・ミネが活動を再開したのも、このころです。
ちなみに、ハワイ音楽がアロハシャツを着て演奏する夏のイメージに固定されるのは高度成長期です。夏イメージが商品の宣伝に使われたためでしょう。演奏場所もプールサイドやビアホールばかりになってしまった。
ハワイ音楽が歌うのは、ごく日常的なものの美しさや素晴らしさです。この花は何てきれいなんだろう。このパイナップルはいい香りだなあ。小さなものにも美しさを見いだす「心」がある。「モノ」より「心」が先にある音楽だと言えます。
「心の音楽」と言っても、それを精神論的に難しくやっているわけじゃない。実にさらりとやってのける。肩に力がまったく入らない音楽なんです。私も、二十数年前にハワイでギターの師匠に弟子入りした時は、カッコよく弾こうと力んでいた。でも、そんな必要はちっともなかった。伝承文化なのに形式とか堅いことを言わない。むしろ初心者の方が素敵な演奏をすることもある。ハワイの心を伝承してくれたら、形は何でもいいんです。
ハワイ語には音が十音ちょっとしかありません。だから簡単な言葉にいろいろな意味を凝縮して表現する。例えば「アロハ」という言葉はもともと「愛」の意味ですが、恋人や家族だけではなく、自然、地球への愛も含まれる。
ハワイのような気持ちの良い自然に包まれて暮らしていると、人間がおおらかで優しくなる。芯の部分では優しい、という意味で日本人とハワイ人は似ています。島国で外来文化への憧れが強いという点でも似ている。ハワイ音楽は、まだ日本人がモノより心を大切にしていたころを思い出させるのかもしれません。そう、まだ自然が豊かで、隣近所で醤油を分け合っていたようなころの日本です。
七〇年代後半以降、日本経済のハワイ進出が始まります。その多くは観光産業、特にホテルやリゾートなど不動産の買収でした。米国の投資が下火になったところに日本が入ってきた格好です。
ハワイには観光産業以外にはサトウキビやパイナップル栽培ぐらいしか産業がありません。地元の人たちは観光客がカネを落としてくれるのを期待しつつ、一方では来てほしくないと思っている。観光客にはハワイ文化への敬意がないことを知っているからです。
いま第三次ハワイ音楽ブームと言われます。CDやウクレレ、ハワイアン・ジュエリーを若者が買っているのは事実です。でも、このブームにハワイ文化への敬意があるようには、どうしても思えない。例えば、ワイキキのレストランガイドはいくらでも出版されていますが、ハワイ文化についての本を探そうとすると一苦労です。これでは「ゲイシャ・フジヤマ」レベルの理解でしかない。
僕は、演奏の時にはアロハは着ません。赤いチェックシャツです。これはハワイの農民の仕事着。僕なりの敬意の表明なんです。
ハワイでブランドものの鞄を買い漁るんじゃなくて、ハワイアンバスケットやキルトといった伝統文化にも目を向けてほしい。ほんのちょっとでいいんです。ハワイの文化への敬意がほしい。それができるようになれば、日本人のハワイ熱も本物という気がします。
****************************
やまうち・ゆうき ハワイアン・ギター奏者
1948年、東京生まれ。「アラニ」(オレンジ)というハワイ名をもつ。76年、大家レイ・カーネに弟子入り。アルバムに「ウクレレ・ハワイアン・スタイル」「マイカイ・ノー・ブルース」など。ハワイ独特のスラック・キー・ギターの教則本を日本で初めて書いた。
(AERA 1999年07月26日)
|