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■Def Jam CEO リオ・コーエン「ラップはロックを超えるグローバルミュージックになった」

 


 私が主宰するデフ・ジャム・レーベルは、ラップやヒップホップ、ソウルといった黒人音楽の会社と思われがちですが、購買層の七割は白人層です。ラップが約二十年前にアメリカの都市黒人層から始まったのは事実ですが、今ではグローバルミュージックになった。もう黒人だけのものじゃない。


 世界に目を向けてみましょう。ロシアのキッズ(若者たち)はロシア語のラップをやっています。韓国では韓国語。ヒンドゥー語もあれば、ドイツ語もある。世界中の若者が自分の母国語で、自分の感じる世界をラップに乗せて世に送り出している。まるで若者の感性世界を解き放つドアが開いたみたいじゃないですか。


 ラップが英語圏であるアメリカで始まったのも事実ですが、大切なのは自分の言葉でラップすることです。メロディーを持たないラップには、話し言葉の、詩としての豊かさがある。人まねじゃない、自分の言葉で語る。「英語なんてくそくらえだ」。それでいいのです。それこそがラップの哲学なのです。


 ロシアの若者をごらんなさい。長い間、社会主義の体制下で、彼らは瓶の中に閉じ込められ、栓をされていた。それが話し言葉=ラップという武器で、自由な表現の世界に飛び出して行っている。素晴らしいことです。
 なぜラップはこれほどまでに世界の若者の心をつかんだのでしょうか。
 まず、メロディーがなく、音楽的な技術や知識がなくても、誰でもすぐ始められるということがあるでしょう。


 そして、それ以上に、ロックがつまらなくなったことが挙げられます。ロックはもう歳月を経て成熟してしまい、二世代にわたって受け入れられてしまいました。親が喜ぶ音楽を若者が喜ぶと思いますか?親を怒らせるような音楽を彼らは望んでいるのです。


 振り返ってみれば、ロックだってジャズだって、一九五〇〜六〇年代には親を怒らせる音楽だったのです。エルビス・プレスリーやビートルズが登場した時は、親世代は「こんなに退廃したアメリカ社会はもう終わりだ」と天を仰いだのですから。


 思春期になると、親がどうしようもなくアホに見えることがありますよね?それは何千年も前から、世界中で変わらないんじゃないでしょうか。ラップは、基本的にはそんな若者同士の会話が歌詞になっているのです。


 親の世代、権威、権力、大企業。そういった「上」から何かを若者に押しつける勢力を信じない。拒否する。そういう意味で、ラップは「ファック・ユー」(くそくらえ)を象徴する最後の音楽になった。親の世代を怒らせる、危険な要素がたくさんあります。かつてのロックがそうだったように。


 もちろん米国でも、ラップは親を怒らせていますよ。八〇年代、後に副大統領になるアル・ゴア上院議員夫人のティッパーを中心に、ラップのCDに「保護者に警告・過激な歌詞あり」というステッカーをはる運動を政治家の奥さん連中が始め、現実になってしまいました。今もそれは続いています。


 最初はビビりましたが、若者はステッカーを見てなおさらCDを買うようになった。ざまあみろ、です。今ではゴア夫人に感謝してますよ。


 私がラップと出合ったのは八一年、ロサンゼルスです。母親から七百ドルを借りてパンクロックのコンサートを主催したんですが、そこにRUNDMCという黒人ラップグループが出た。


 彼らの音楽で、百パーセント白人の客が、猛烈に喜んだ。そこには白人も黒人もない、凄まじいパワーがありました。怒り、エネルギー、心から出たそのまんまの言葉。「すげえ!」の一言です。まるでゴジラみたいだったですね。私はそのゴジラの背中につかまってここまで来たようなものです。コンサートですか?ええ、大成功でした。母親に借金を返してまだ三千ドルもうかりました。


 でも、最初は誰も見向きもしなかった。一時だけの流行、あるいは黒人だけの音楽だと思ったようですね。


 私は音楽そのものにはそれほど関心はないんです。むしろ音楽シーンを作っていくことに興味がある。そんな私にでさえ、若者の表現の道具としてラップ以上のものはないのは明白だった。ビッグになる、あるいは世界に広まるのは分かっていました。最初から白人も黒人も関係なくパワフルな音楽だったし、そもそも白人の私がラップの世界で差別を受けたことは一度もありませんよ。


 私の会社も一昨年、ドイツに初めての海外法人を作りました。日本は今回、米国の外で二番目です。


 どこの国でも、大手レコード会社はもう自動車会社と変わらない。年寄りばかりで動きものろい。若者の表現を送り出すのは、我々のようなラジカルな組織なんです。次はポーランドに現地法人を作る計画です。ええ、ポーランドのラップもすごいですよ。


 デフ・ジャム・ジャパンがどんなラッパーを送り出すかは、日本のスタッフに任せようと思います。世界のラッパーが自分の言葉でラップし始めているのですから、日本のラッパーは日本語でラップしてくれるのが一番いいんです。

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 Lyor Cohen アイランド・デフ・ジャムミュージックCEO 1959年ニューヨーク生まれ、イスラエル育ちのユダヤ系米国人。マイアミ大でマーケティングと財政学を専攻。81年に「デフ・ジャム」設立に参加、RUN−DMCやLLクールJ、ビースティー・ボーイズらを世に出した。「ラップ」とは、元は「おしゃべり」の意味。歌と朗読の中間にリズムを付けたようなボーカルスタイルが特徴。

(AERA 2001年02月05日)





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