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欧米ポピュラー音楽に日本語を乗せ、詞・曲ともリズムが破綻しない。日本人のプロ音楽表現者で、この課題に挑戦し、苦しんだ経験のない者はいますまい(いたら、よほどの天才か、よほど無自覚な鈍感か、どちらかです)。デビュー22年目を迎えた佐野元春氏が、この難問と格闘し続け、到達した「回答」と思える作品「In Motion 2001」を発表しました。詳しくはご鑑賞を乞うしかないのですが、敢えて要約すれば「ドラム、ベース、サックスなどジャズ風4人バンドをバックにした詩の朗読」。「スポークン・ワーズ」と同氏は呼んでいます。
一聴して頭を抱えました。日本語を出汁に、和製英語、ホンマの英語などを具に放り込み、煮込んだ言葉のスープが、演奏と溶けあい、正体不明。されど滋味。そんな料理を口にした気分であります。
気を静めて考えるに、日本語とはまさにヤマト言葉、漢語、英語その他モロモロのチャンポンであり、佐野氏はそれを刺し身のように素材のままさらりと出している。しかも、その「土着・外来文化のチャンポン」って、日本人そのものでは? ううむ。
ジャズ、ロック、ブルースからラップに至るまで、現代大衆音楽の主流は英米で生まれ育ちました。英語は単語が独立し、必ず強弱のアクセントを持ちます。音読すると即、リズムが発生します。英米音楽はこの言語の双子のようなもの。「4分音符」と読んで字の如く「小節」という時間を「分ける」構造になっています。が、日本語はまったく逆。単語はぜんぶ連続し、アクセントは音の高低でつけます。よって、ロックのようなリズム(音の強弱)主体の音楽ではなく、童謡やクラシックのようなメロディー(音の高低)主体の音楽によく馴染みます。「日本語でロックは歌えるのか」と議論が絶えないのは、こうした言語と音楽の構造上のズレが原因です。
このアルバム、昨年9月に鎌倉で行われた演奏の実況録音盤。何と「植民地の夜は更けて」という副題が付いている。鎌倉といえば、ペリー提督が来航した浦賀、ダグラス・マッカーサー元帥(ともに米国軍人)が降り立った厚木とは直近であることも、非常にシンボリック。作品の評価は読者諸氏にお任せしますが、小生にとって、あらゆる意味で想像力をかき立ててくれる作品であります。
(AERA 2002年02月04日)
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