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■ポップが時代を作る その力を奪ったのは何か

 

 

 慈善の看板を掲げる人々にもの申すのはためらいを感じますが、敢えて火中の栗を拾います。最近のわが国での「チャリティーコンサートばやり」のことです。

 「エイズ被害者救済」「地雷廃絶」「環境保護」と、次々にマスメディアに出る告知と出演者の華やかな顔ぶれを見るにつけ、筆者は居心地の悪さを感じずにはいられません。そのテーマが決まって「誰も異論を唱えない」、つまり社会が「賛成」で合意済みのものばかりだからです。

 チャリティーコンサートの走りと言われるのは元ビートルズのジョージ・ハリソンが音頭を取った「コンサート・フォー・バングラデシュ」(71年8月)です。これは同国独立紛争の難民飢餓問題を世界に知らしめる功績がありました。ロックスターたちの抜群の知名度に、マスメディアの注目が一気に集まったからです。この伝統は今も生きていて、米国の「フリー・チベット・コンサート」(今年で5回目)は、中国のチベット政策問題を世界に認知させ、米国の外交にまで影響が及びました。報道より先に、音楽が社会に問題を提起したのです。こういうところに、筆者はかの国々の音楽表現者が持つ「力強い良心」を感じます。


 こうした「見解が真っ向から分かれること」を英語でcontroversialと言います。翻ってわが国を見るに、例えばハンセン病患者の人権抑圧に、元従軍慰安婦たちの境遇に、誰か何か声を上げたか考えると、Jポップの主流はcontroversialな問題には極めて憶病と申さざるをえません。たまに例外はありますが、冷遇されます。阪神大震災の仮設住宅慰問を3年以上続けた「ソウル・フラワー・ユニオン」は、被災者を励ます歌「復興節」(関東大震災直後の流行歌)の発売を所属レコード会社から拒否されました。一聴すれば、70年前も被災者は励まし合って逆境を乗り越えたのだなと感動する歌なのですが、会社側は「被災者をちゃかしているように聞かれる可能性が1%でもある限り、発売できない」と当時の筆者の取材に言ったものです。


 チャリティーにかかわる人々の善意とその努力の尊さを、筆者は一瞬たりとも疑うものではありません。ただ、ポピュラー音楽が本来持っているパワフルな影響力が使われずにいることを、惜しまずにはいられないのです。

(AERA 2001年09月10日)





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