|
元ちとせの「Sweet Jane」を聴いたとき、スタンダードを歌うと歌手の実力がわかるというのは本当だなあと思いました。
70年にルー・リードが書いたこの曲、ロックバラードの名曲として、モット・ザ・フープル、カウボーイ・ジャンキーズなど幾多の欧米の名手がカバーしてきましたが、元ちとせ嬢の歌のうまさは遜色ないどころか傑出している。音程やリズム感はいわずもがな、声域が高くなってもまったく声がやせず、いやそれどころか、高音になればなるほど裏声を巧みに織り込んでどんどん豊かな響きを帯びてくる歌声には、まったく驚くほかありません。
同様に「歌がうまいなあ」と素直に感動したのが夏川りみの「涙そうそう」でした(昨年の紅白歌合戦でご覧になった方も多いのでは)。
彼女も、高音になっても太くやせない、たぐいまれな声をしています(カラオケでも、高音を太い声で歌うのは本当に難しいですよね)。
ここまで書いて、元嬢は奄美大島、夏川嬢が石垣島と、それぞれ故郷で幼少のころから民謡のトレーニングを積んでいたことを思い出しました。
「うた」とは「身体」という原始的な楽器を使う音楽ですから、身体発達期、特に10代前半の鍛錬がその一生の素質を決定してしまうのです。
デジタル録音が発達して多少の音痴なら修正できてしまう昨今ですが、この声質という身体特有の財産だけはごまかしがききません。これはJポップだろうがジャズだろうが演歌だろうがクラシックだろうが不変の法則です。
逆に言いますと、10代の変声期にトレーニングをきちんと積まなかった歌手は、声を聞いただけで底の浅さが露呈してしまいます。ヘタな歌手をわかりやすく説明しますと、元嬢や夏川嬢と正反対、高音を歌うとどんどん声が細くやせていく。つまりキンキン声です。
もうお察しかと思いますが、最近のヒット歌手はこのキンキン派が多いような気がします。意外に思われるかもしれませんが、歌謡曲・アイドル全盛期にはキンキン声歌手は今ほど多くはなかった。声のトレーニングができていない歌手には、無理な声域を歌わせないように作曲家が配慮して曲を書いていたからです。作曲家もまだプロ意識が残っていたといえましょう。
声楽のプロの世界では、こうしたキンキン声歌手を「キャンパスレベル」と呼ぶそうです。大学の学園祭程度なら使える、という意味です。どうもMTV時代以降、この手の学園祭歌手が大繁殖している。
歌をじっくり練習するより、踊りやステージ衣装という視覚的な要素に時間を割いた方がMTVでウケるし売れるというビジネスモデルができちゃったからです。
そこに、元嬢や夏川嬢のような民謡の基礎訓練を積んだ人材が風穴を開けてくれたってわけです。灯台もと暗し。わが国の伝統音楽にかくも豊かな音楽技巧が蓄積されていたなんて、嬉しいじゃありませんか。
(AERA 2003年03月03日)
|