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■「ギターの鬼」55歳 ジェフ・ベックの進化

自分が納得するまで、絶対に妥協しない。そんな「頑固な仕事師」の方が最後は強いのかもしれない。

 


 ロックギターとは、これほど雄弁な楽器だったのか。ジェフ・ベックのコンサートを見たとき、長くロックを聴いてきた筆者も感嘆せずにはいられなかった。


 二十年以上弾き込んだ白いストラトキャスターを真空管式のアンプにつなぎ、淡々と演奏する。花火も照明も、派手な仕掛けは何もない。もう二十年以上、歌ものは演奏していない。代わりにギターが歌っている。恋人のように泣き、幼子のように笑い、狼のように吠える。そう聞こえてしまうほどの表現力なのだ。


 「ロックギタリストには二種類しかいない。ジェフ・ベックとジェフ・ベック以外だ」(歌手のポール・ロジャース)。そんな賛辞を受けるのも納得できる。


 ロンドンで同じ一九六〇年代中ごろにデビューしたエリック・クラプトン(54)がブルースという形式に閉じこもり、やはり「同期生」のジミー・ペイジ(55)がレッド・ツェッペリンの解散以降は再結成を繰り返したりしていることを考えると、ロック、ブルースから黒人音楽、果ては九〇年代のデジタル・ビートまで、三十年以上にわたって貪欲に創作を続けてきた姿は際立って見える。


 五月、コンサートのために東京に来たベックに会った。


 「ほらね。種も仕掛けもないでしょ?」


 弦を押さえる左手の指を見せてほしい、と頼むと快諾してくれた。指紋が磨耗して消えている。気難しい人だと聞いていたのに、はにかんだ笑顔がかわいい。


 生まれ育ったのはロンドン郊外の工業地帯だ。五〇年代、イギリスに駐留していた米軍のラジオ放送からエルビス・プレスリーやロカビリーが流れてきた。厳格な両親に育てられたジェフ少年は、学校の制服をきちんと着込み、教会の聖歌隊で歌っていた堅物。それが、この遠い異国から来た未知の音楽に夢中になった。


 ごまかしが嫌いな生真面目さは今もそのままだ。本人曰く、ギターソロは十種類は用意しないと気が済まない。コンピューター録音で演奏を修正するのは嫌いだ。十年間もアルバムを出さなかった理由? 良い曲ができなかったからさ。完璧主義かって? その通り。



 こんな話がある。六九年、米国で五十万人を集めた野外コンサート「ウッドストック」が開かれたときのことだ。この大イベントを、彼は直前にキャンセル、バンドを置き去りにして英国に帰ってしまう。以降、バンドを作っては壊す、を繰り返してきた。


 「だって、あの時は最高の演奏ができるバンドじゃなかった。他のメンバーがやるべきことをやっていないと、我慢できない。みっともないことをするくらいなら、やらない方がましだ」


 麻薬で身を持ち崩す人間の多いロック界で、その手の噂がない希有の人物でもある。


 「演奏や創作には、何の助けにもならないんだもの。素面でいる方がずっといい」


 それから三十年。ずいぶん肩の力が抜けたように見える。八〇年代以降、グラミー賞を取ったりして名声が確立したからだろうか。


 「二十代や三十代のころ、僕は傲慢だった。でも結局それもエネルギーの無駄遣いだと気が付いた」


 人生にはいろんな段階ってものがあるんだね。(喧嘩別れして二十年以上犬猿の仲だった)ロッド・スチュアートとも、仲直りしたよ。そんな話を楽しげにするのだ。


 最後に、あなたにとって、ギターとは何ですかと問うと、しばらく腕組みして考えた。


 「ギターは体を動かさないと音が出ない。そんな肉体性こそがロックの神髄だと思う。だからこの楽器はコンピューター音楽がこれだけ流行しても生き残っているんだろうね」


 もし次のアルバムも十年かかるとすると、ジェフ・ベックは六十五歳になっているはずだ。その時も、彼のギターは今と同じように歌っているのだろう。

(AERA 1999年07月05日)





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