![]() 昔は客を怒鳴りつけながらステージで歌ったそうだ。たぶん伝説だろうけど |
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宮本浩次 エレファントカシマシほど長く才能に光が当たらなかったバンドはない。歌手としても作曲家としても、宮本浩次は天才だ |
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宮本浩次は散歩が好きだ。暇があると一人街を歩く。時には、家のある赤羽から東京を横切り、上野まで歩く。江戸切図を懐に、失われた昔の街並みを惜しみ、変わらぬ川の流れを喜ぶ。傾倒する永井苛風が「日和下駄」でやっていたように。そうやって空気の匂いを嗅ぎ、街ゆく人々の表情を眺めて、歩く。 「新聞を読んでメシをかき込んで/出かけていくぜ今日も爽やかに/」 「男は侍さ食わねど高楊枝さ/喜びも悲しみもああ体にあびて/真夜中過ぎに都会の月を見て/涙流すという本当さ俺は知ってる/酔っぱらってんだ腹が立ってんだ/顔だけ笑ってんだ正義のためさ」(『ドビッシャー男』) 宮本の歌に登場するのは、どこにでもいるような平凡な人々である。彼女と自転車を二人乗りして「悲しみの交差点」を越える男。二人で部屋に花を飾り、コーヒーを飲む。四月の風に、明日もがんばろう、とつぶやく。ありふれた踏切や幹線道路が風景として描かれる。 彼が育ち、今も暮らす東京・赤羽の団地へ行ってみた。高度成長期の昭和三十年代に建った灰色の中層住宅が並ぶ団地には、小学校が二つと中学校が一つ。ベンチでお年寄りがひなたぼっこをし、その前を乳母車を押すお母さんが歩く。道端でおじさんがリンゴを売る。桜並木が美しい以外に何の特徴もない、静かで穏やかな街だ。 同じ東京でも、宮本が描くのは渋谷や原宿、下北沢といった華やかな街の風景ではない。平凡な街に暮らす、慎ましい人々の喜怒哀楽である。その目線の低さが、多くの人々の胸を打つ。 サラリーマンの父と主婦の母、兄と団地で育った彼は、今も公団住宅の一室に一人住んでいる。文学全集や歴史書で埋まった部屋の中、畳の間にちゃぶ台を置き、鉄瓶でお茶を入れて暮らす。古本屋で買い求めた江戸切図が、実は車一台分の金額だったりする。永井苛風や森鴎外を敬愛する彼は、古きよき時代の江戸っ子の暮らしに憧れているのだ。 そんな部屋に、古道具屋で買い集めた火鉢が十個。一酸化炭素中毒で頭痛に悩まされ、寒さで風邪を引いてぶっ倒れても、暖房器具は火鉢のみ。ついに見かねた親がファンヒーターを持ち込んだ、というおかしな逸話が残っている。 「それでも、炭に火を着ける時はガス使うんだし、腹が減ればハンバーガーだって食べるんだから、矛盾しているよなあ」 剛球一直線、手抜きが嫌い。やる以上は、とことんやらないと気が済まない性格なのだろう。 インタビューでの宮本は、山猫のような目をそらさず、瞬きさえ惜しむかのように喋る男だ。が、喋るのが得意とは思えない。ステージでも、歌っているとき以外は仕草が妙にぎこちない。 子供のころNHK合唱団にいて「みんなのうた」で歌ったことがあるという宮本の声は、野武士のように太く、高い音階でも声が痩せない。類希な歌い手である。 バンドのメンバー三人は、中学と高校の同級生がそのままずっと一緒にいて、百曲近いレパートリーをすべて覚えている。プロになって十年近い今も、毎日昼から夕方まで練習する。コンサート前には、三十曲近く練習してそのまま本番に突入。それでも疲れない。 スピッツの草野正宗や奥田民生らが、宮本の才能に賛辞を惜しまない。が、宮本はあまり横のつながりを求めないらしい。彼は今も一人猫のように街を歩いている。 (AERA 97.5.12号) |
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