mj_p6.gif (9k)
草野が笑ってもどこか悲しげなのは、なぜだろう?



logo_s.gif (1064bytes)



i_1.gif (437bytes)
草野正宗
スピッツは優れた歌を書くバンドだ。草野正宗の歌には、いつも小さな「ものたち」が現れ、聞く人を異世界へと誘う


草野正宗と会って印象に残ったのは、その雌鹿のように穏やかで、悲しげな瞳だった。

その日はコンサートが盛況に終わり、楽屋に戻ってきたスピッツの四人はご機嫌だった。
「最終目標はアエラの表紙だ、なーんて言ってるんですよねー」
そんな軽口を言ってけらけら笑う草野は、快活で饒舌な青年である。が、心の底から笑っているように見えないのはなぜだろう。瞳のせいかもしれない。

「いやあ、ホント楽しいなあ」
この日の東京での公演は、五千円のチケットに二万五千円の値が付いた。スピッツはいま人気も実力も頂点にある。
「中学のころ、いつか自分の作った歌でみんなに喜んでほしいな、と思ってたんだけど、ああ、もう死んでもいい」

彼が書く歌の多くはラブソングである。なのに、恋のリズムを鳴らすのは「浮かんで消えるガイコツ」であり、二人の「映し出された思い出はみな幻に変わっていく」のだ。

また、男は、街道沿いのファミリーレストランで朝まで話し込んだあげく、手も出せずに女に帰られてしまう。「可愛い歳月を君と暮らせたら」と呪文のように繰り返す。髪が肩まで伸びたら結婚しよう、などと押しつけがましく迫ったり、小さな下宿に同棲して風呂屋に一緒に行ったりはしない。男と女のつながりはどこか頼りなげで、はかない。

小学校の低学年のとき、父方と母方の祖父が二年続けて死に、死体を間近に見て死ぬのがすごく怖くなった。草野はそう記している。そのへんから神秘的なものが好きになった、霊的なものは存在すると思う、とも書いている。
「ここに今、自分が存在すること自体もすごく神秘的ですよね」(『月刊カドカワ』九三年六月号)

作家の吉本ばななは、草野の歌についてこう書いている。
「この草野という人は私の『N・P』という小説をもしも読んだら、好きになってくれるのではないか?」(『パイナップルヘッド』幻冬舎)
『N・P』は、父や恋人が自殺し、傷ついた男女四人の再生の物語である。草野の歌に付きまとう「死」という異世界の影を、吉本は感じとったのかもしれない。
僕もあなたも、永遠にここにいることはない。だからこそ、今二人でいるこの瞬間がいとおしい。そんな「無常」の世界に片足を置いている草野は、吉本ばななと同じように平家物語や徒然草以来の日本の文化に連なっている。

とはいえ、そんな難しい話を持ち出すまでもなく、スピッツの曲はポップソングとして完成度が高い。歌詞と裏腹に明るく乾いていて、湿っぽさが全然ない曲。歌心あるメロディ。草野の高く澄んだ声も、まるで少年のようで美しい。
そう、草野は声も外見も少年のようだ。もうひとつ、空想が好きなところも少年のようだ。

彼は「地図おたく」を自称している。地図を見て人々の暮らしに思いを馳せるのが好きだ。北極圏には特に思い入れがあるらしく、ファンクラブを「スピッツベルゲン」(北極の島)と命名。本多勝一の「カナダ・エスキモー」が愛読書で、実は本多が編集する「週刊金曜日」を購読していたりする。江戸時代の古地図を片手に東京を歩くこともあるそうだ。

進化論についても詳しい。オットセイやアザラシはイヌやイタチと同じ祖先で、などという話がステージの喋りでさり気なく出てくる。かつて雑誌に連載していたエッセイには「海カンガルー」とか、耳で泳ぐ「海ゾウ」とか、草野オリジナルの愛らしい動物が、達者な自筆のイラストで描かれている。

「オレみたいに、飛びたいなあ、と毎日思っていると、曾孫くらいには背中に翼が生えるんじゃないかなあ」

仔犬、コウモリ、猫や羊。チェリー、ビー玉、うめぼし。草野の歌にはそんな小さな「ものたち」が次々に現れ、聞く人を異世界へと誘う。それは異国だったり架空の街だったり空や宇宙だったり、時には死の世界だったりする。彼は、現実とファンタジーの世界を自由に行き来するハーメルンの笛吹き男なのだ。

(AERA 97.5.12号)




up.gif (380bytes)

home.gif (613bytes)


u_han.gif (685bytes)
Copyright(C) 1997 Hiromichi UGAYA.