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この手製のジャケットには自分の詩が一面に刺繍され「耳無し芳一」状態。自分の詩を一人でも多くに見せたいから、とか。いやはや、ここまでやれば天晴れ。



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濱田成夫
ゴーマンなる詩人、AERAの表紙に登場!予想に違わず、全編これ豪語、自慢話。すごいインタビューでした。途中で喧嘩しました。結果はごらんの通り。


全編これ豪語、自慢話。インタビューの予定時間を1時間半オーバーしても、濱田成夫の話は滔々と終わる気配もない。

「たかだか10年とか30年に一人の男になんか、なりとうない。七百年に一人に男を、オレは目指してるんです」
「オレはオレのためにしか生きてない。それでもなぜ受け入れられるか?、それはチャーミングだから」
は?チャーミング、って?
「(自分を指し)こんなん、こんなん!」

一体この男、天才か、それとも単なるホラ吹きか。とにかく、人気者なのは確かだ。1万部売れれば御の字、という詩の世界で、詩集が4冊併せて30万部も売れている。10代から30代まで、男も女も、このゴーマンなる詩人に賛辞を送るのだ。

「肩書きではなく/俺様のように落書きで/女を口説きおとせて/はじめて一人前といえる/オマエラも早く/一人前の男になれや。」(『一人前の男』)

この人のライブがまたすさまじい。パンクバンドを従え、ブルドーザーの轟音のような濁声で、吠える、叫ぶ。よく聞けばその曲は何と、松田聖子の「赤いスイトピー」に中島みゆきの「悪女」。数々の名曲を、怒涛のウオタケ節にねじ伏せてしまうのだ。
「まいどおーっ!」「おおきにぃ!」
曲間もエンジン全開で叫ぶその風情は、まるで寿司屋の板前さん。さもありなん、実家は「魚武」という寿司屋なのである。

世に出たのはデザイナーとしてだった。20歳のとき、自分でデザインした服を大阪のディスコでばらまくうちに偶然フランスのファッション関係者に見出され、その誘いでパリで開いたショーが成功。が、デビュー契約の申し出を、あっさり蹴ってしまう。「職業なんかではなく、男としてかっこええ事においての偉人になって、全7巻の自伝にするため」だそうである。

「マンガになりたいと思ったんです」
影響を受けた本は「少年ジャンプ」だという。それも、本宮ひろ志作「男一匹ガキ大将」など、むんむん男臭い劇画。
「マンガに描いてあることを鵜呑みにして、それを世の中でやれると思たんですよ」
ニューヨークに乗り込み、街中3ブロックに渡って「プー」(オナラの音)と壁にペンキで描きまくり、警察に拘留。四百万円借金して買ったウォホールの絵に自分のサインを書き込み「俺のサイン」という作品にしてしまう。一ヶ月に一回、十三回東京中を引っ越す。日常生活も破天荒である。

しかし、何でまたウォホールにサインを?
「意味あるんですが、そのへん自伝の二巻目なんです。しゃべらんのです。知ってもうたら(自伝が)売れへんでしょ」
どうも、自分の話を一方的に喋るのがインタビューだと思っているらしい。私が質問を挟むと、どんどん機嫌が悪くなった。
「自伝も詩集も小説集も全部読んでもらったうえで質問するんやったら、ええですけどね。でも、この欄、1ページでしょ?文字数的にいうと、絶対入らへん。それで僕が本気やと分かってもらえても、何の得にもならへんし、別に嬉しくもない」

この、傍若無人なまでの自由奔放さ。傲慢なまでの自信。そりゃ、凡人にはマネできまない。この人が崇められる理由はきっとそこなのだろう。

(AERA 96.11.18)


1963年11月12日 西宮市生まれ
京都市立日吉ケ丘高校美術工芸科で漆芸を学ぶ。
83年 フランスへ渡る。約1年間滞在。
92年10月 詩集「駅の名前を全部いえるようなガキにだけは死んでもなりたくない」(角川書店)
「君が前の彼氏としたキスの回数なんて俺が3日でぬいてやるぜ」
93年9月 自伝「自由になあれ」
94年11月 13ヶ月間に13回引っ越した記録「東京住所不定」(ぴあ)・短編小説集「俺は、虎とロケットと君が好きだ。」(東京書籍)
95年7月 詩集「世界が終わっても気にすんな 俺の店はあいている」
95年8月 漫画自伝「三代目魚武濱田成夫伝」・講演集「俺は男としてかっこええ事においての偉人だ。」(講談社)
96年3月 CD「三代目魚武濱田成夫」
96年4月 詩集「俺には地球が止まってみえるぜ」(角川書店)
 ビートルズやストーンズ、ピストルズなどロックの詩が、作品の源流。詩のほか書、小説、絵、デザインなど様々なジャンルで作品を発表。東京在住。




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