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写真写りは抜群。メディアの上での田島は「水もしたたる」以外の何者でもない



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田島貴男
スタイリッシュかと思えば思いきり地味。国際派かと思えばとことんドメスティック。この人ほど虚像が一人歩きしている例はない


田島貴男の書く歌は小説に似ている。それも甘くてロマンチックな恋愛小説だ。

「動き始めた街にその時/光の束が射し込んだ/今指先が熱い生まれたばかりの太陽をかすめていくような/喜びに立ち止まる」
(『Hum a Tune』) そんな詞が彼の躍動的なメロディに乗ると、男と女が交わす息遣いが立ち昇ってくるような、肉感的な響きを帯びてくるのだ。

そのためか、彼の歌はテレビのトレンディドラマの主題歌やCMによく使われる。例えば、彼の名を音楽ファン以外にも広めた曲「プライマル」は、九六年一月から三月に放映されたドラマ「オンリー・ユー`愛されて」(読売テレビ)のテーマ曲だった。

雑誌のグラビアを飾る田島の伊達男ぶり。女優の中山美穂や漫画家の岡崎京子といったオシャレな人々がファンに名を連ねる。「渋谷系のプリンス」。そうもてはやされたのも無理はない。

一方、田島の「研究熱心」には、同業者も一目置いている。アメリカの黒人音楽を基本に、ブラジル、アフリカ、アラブ、ギリシャ音楽、果ては沖縄民謡まで。世界中の音楽のエッセンスがこれでもかと詰められた贅沢な曲作り。

が、意外なことに、田島はごく最近まで海外へ旅行したことがなかった。あの数々の曲は、東京で買い集めたレコードからの学習で生まれたものなのだ。 「東京っていう環境ですか?ええ、重要です。音楽が手に入るっていうこともあるし、何より僕が暮らしている。別に都会人だけに向けて曲を書くわけじゃないけど、自然と僕が暮らす東京の人々の状況に近い曲になる」

田島は、日本の音楽をほとんど聞いたことがない。カラオケさえ、最近まで行ったことがなかった。
親もビートルズが好きで、初めて聞いた音楽がビートルズ。中学時代はそのままビートルズに傾倒、高校時代はパンクロックに熱中。洋楽だけの純粋培養で成長、才能が花開いた初めての世代だろう。

「僕、歌謡曲って大っきらいなんですよ。歌詞はおもしろいけど音楽が受け付けられない」

「フォークも全く通らないできた。『神田川』とか、何かモワーと落ち込んじゃう雰囲気が嫌で…。ああ、日本の音楽だなあーって」

物心着いた時から洋楽に取り囲まれていた田島の世代にとって、洋楽は最初から「我々の音楽」だ。だから「日本の音楽とは?」という質問をすると、彼は困惑した顔をするのだ。
「日本の文化もアメリカの文化も、わけが分かんなくなっちゃってる所から始まっているのが、僕らの年代なんですよ」

また、ミュージックビデオで音楽を「見て」育った最初の世代でもある。高校生のころは、ロンドンのスタイリッシュなパンクロッカーたちの映像を見ては胸踊らせる少年だった。カメラの前に立つときりりと表情が変わるのは、その影響かもしれない。

田島は自分の音楽を「ロック」ではなく「ポップス」だ、とよく言っている。
「あまり音楽を聞いたことのないおじいさん、おばあさんでも良いなあ、と分かる音楽。そして三、四分の間に楽しいファンタジーが詰まっている。それが理想」

良いポップスには良いメロディが大切だ、と彼は言う。それを作り出す作業は、決して華やかとは言えない。CD四千枚を持ち、なお月三十ー四十枚を買う。詞を書き曲を付け、ギターを弾き歌い、アレンジを決め録音のプロデュースまで一人で責任を持つ。毎日自宅近くのスタジオにこもって曲作りに熱中するうちに、すっかり早飯になった、と笑う。

メディアが取り上げる伊達男ぶりとは裏腹に、私生活での田島貴男は、自動車にも服にもほとんど関心がない。前回彼にインタビューした時、待ち合わせ場所に乗ってきたのは、カローラのライトバン。それも自分で運転して来たから驚いた。

「得意じゃない!苦手です!」
ドラマやCMへの出演とか、テレビでお喋りなんて冗談じゃない、というふうに首を横に振った。

「音楽だけで見てもらう方が、ずっとほっとするんですよ」
自分がファッションとして見られることを嫌う。生真面目でストイックな求道者である。

(AERA97.5.12)




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