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東芝EMI本社でプレゼンに忙しいマイケル・ダイアモンド



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マイケル・ダイアモンド
ビースティー・ボーイズのマイク・Dことマイケル・ダイアモンドはファッションブランド「グランド・ロイヤル」社長として日本で売り込みに忙しい


ニューヨークの白人(正確にはユダヤ人)三人組ラッパー「ビースティー・ボーイズ」のマイケル・ダイヤモンド(通称マイク・D)が二月上旬に日本に来た。とはいえ、今回はビースティーとしての音楽活動はなし。自分が会長を努めるヒップホップ・カルチャーの総合ブランド「グランド・ロイヤル」の売り込みにひたすら精を出して帰っていったから「来日」というより「出張」だった。

所属のミュージシャン四組を日米豪から集めたライブ「グランド・ロイヤル・ナイト」を東京と大阪で開き、三千人を動員。東京ではファッション・ブランド「グランド・ロイヤル・モデル」のファッションショーも開いた。でかいイヌ十匹がセーターやTシャツを来て練り歩くという奇天烈な催しだった。

所有する録音スタジオは、なぜかスケボーランプとバスケのゴールが完備。「最悪の髪型マレット・ヘア体験記」とか「究極の痴話喧嘩ベスト5」とかワケの分からない記事が並ぶ「グランド・ロイヤル」という雑誌も出している。要するに、ビースティーが歌うギャグと真面目の境界ギリギリのセンスを服や雑誌に商品化したのがこのブランドなのだ。これが米国で受けに受けた。
「レコード・レーベルであり、雑誌であり、ライフスタイルでもある。『グランド・ロイヤル』は、今やメディア王国になった」(ローリング・ストーン誌)

さて東京の東芝EMI本社を訪ねると、ダイヤモンドは「プレゼン」の真っ最中だった。会議室に並ぶ部課長さんたちを相手に、ニットシャツにバギーパンツ姿の彼が「今年のわが社の戦略」について説明。その後も、ショーの打ち合わせで携帯電話が鳴り続け、なかなかインタビューに入れない。アーティスト本人がここまでやるのも珍しい。
「なに肩書き?会長だけど、とてもマジで言えないよ。『親方』ってことにしといて」

「ボクの家は資本主義が宗教」というダイヤモンド31は、マンハッタンの富裕なユダヤ人家庭に生まれた。父は自宅で画商を経営。父の商売を見ながら育った。
「それから、高校へ通うニューヨークの地下鉄で経済ってものを学んだ。ニューヨーク地下鉄経済大学卒だな。ハッハッハ」 大学へ入学するもロクに行かないうちにデビュー。そのうち、ビースティーの音楽をCMに無断使用した航空会社を訴えて勝ち、賠償金四万ドルが転げ込む。それで血の中に眠っていた商才が呼び覚まされたらしい。

いま、本社はロサンゼルス。ニューヨークとロンドンに支社を開く予定だ。午前中はグランド・ロイヤルの仕事、午後はビースティーの仕事と振り分けている。
「極端な音楽をやると、だいたいレコード会社が修正を加えてつまらなくなる。僕たちはもっと自分の判断で音楽を出したかった。やりたいことをやって成功したから、本当に幸運だな」

ラップは米国の都市部に住む黒人層から生まれた音楽だ。今でも、アーティストもリスナーも圧倒的に黒人が多い。が、元々はパンクバンドだったビースティーは、八六年のデビュー当初からこの枠から逸脱していた。白人層に加えて欧州・日本のロック層もファンに取り込んだ。おかげでデビュー盤は世界で五百万枚を売った。
日本にも八七年から五、六回来ている。ファッションと連動した音楽は日本では売れる。「Boon」「スタジオ・ボイス」など、ファッション系とカルチャー系雑誌がグランド・ロイヤルに真っ先に飛びついた。いま、日本は米国に次ぐお得意様だ。ナイキのスニーカー熱も、こうしたヒップホップファッション人気なしには考えられなかっただろう。




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