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指が異様に長いロバート・ジョンソン。才能がなければ、ただの流れ者で終わっていたのかもしれない



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ロバート・ジョンソン
ローリング・ストーンズの初来日と前後して、突如売れまくったブルースの父、ロックの祖父。私がAERAに書いた初めての音楽記事です


ロバート・ジョンソンは、アメリカ最南部・ミシシッピ州の黒人民謡に過ぎなかったブルースを洗練して、いまロックにつながる源流を作った人物である。

数年前に公開されたアメリカ映画「クロスロード」は、ブルースにとりつかれたギター少年が、ロバート・ジョンソンの失われた曲を探すため、名門音楽院への進学を蹴り、ニューヨークからミシシッピへ旅をする話だ。

そのジョンソンが、この世を去ったのは、一九三八年のこと。酒場の女房に手を出したあげく、怒った亭主に毒殺される、という死に方だった。
まだ二十七歳。曲を録音したのは生涯にわずか五日、という駆け足の人生。写真も一九八六年まで見付からず、長らく謎に包まれていた。研究熱心なマニアか、プロのミュージシャンでもなければ、まず知らない。そんな存在だった。

ところが、彼が残した数少ない録音を集めた二枚組CD「ロバート・ジョンソン・コンプリート・レコーディングス」が、死後半世紀以上を経て、異例のヒットを続けている。
昨年十一月に日本盤を発売して以来、三万五千枚を売り、輸入盤を含めると七万枚にも達する勢い。
「ブルースのレコードなら、五千枚も売れれば上出来」とされるレコード業界では、常識破りの売れ行きである。

収められているのは、生ギターと歌の弾き語りをホテルの一室で一発録りした、という荒削りな音楽ばかり。しかも、雨降りのような雑音の隙間から音が漏れてくる録音状態である。
ふだん歌謡曲のヒットチャートで知られている雑誌「オリコン」でも、ユーミンや光ゲンジに混じって、アルバム総合部門でベスト一〇〇入りするという、前代未聞の事態になった。
「オヤジ世代に混じって、ティーンエージャーが結構買っていく」 と、レコード店を驚かせている。

「一人で弾いているのに、ギターが二人分聞こえる」
ジョンソンの演奏は、よくこう評される。低音弦でリズムを刻みながら、同時に高音弦でメロディを弾くことができたからだ。写真で見るジョンソンは指が異様に長く、なるほどと思わせる。
「悪魔に魂を売って演奏テクニックを手に入れた」
悲劇的な最期からの連想か、こうも言われた。このへんは「悪魔的」と評された十九世紀初頭の天才バイオリニスト、パガニーニとよく似ている。

母親はプランテーションの移動労働者で、ジョンソン自身は私生児だった。小学校もろくに出ず、もちろん楽譜も読めなかった。
殺されるまでの五年間は、放浪の生活だった。裸のギターを背負い、街頭や駅、農場で歌い、日銭をかせぐ。
「放浪罪」で捕まり、ギターが壊れるまで警官に殴られたこともあった。
バーボンとポーカーとばく、それに女性を愛した。自動車や蓄音器に例えてセックスを歌う一方で「私をお救いください」と神にすがる自分を歌にした。

それは、奴隷解放後も社会的に不遇だった南部黒人の心情そのものだった。ジョンソンは、高度な演奏力で、ブルースを単なる「嘆き節」に終わらない表現形式に引き上げてみせた。

ジョンソンが死んでから三十年余りたった一九六九年、ローリング・ストーンズが彼の曲「ラブ・イン・ベイン」をアレンジして演奏し、ヒットさせる。
ストーンズのメンバーはブルース狂で知られる。三十年前のブルースが歌う心境に、イギリスの労働者階級の若者が持つ鬱積との共通項を見いだし、歌っていたのが、一九六〇年台初頭にデビューしたころのストーンズだ。

いま、ジョンソンのCDを買って行く人たちの大半は、ストーンズを通してジョンソンを知った、と見ていい。四十歳台のストーンズがジョンソンの子供なら、もう孫の世代である。
 そのストーンズが昨年二月に初めて日本へ来たことも、ジョンソンのCDが売れる「露払い」になった、と言われている。

ジョンソンのCDと時を同じくして、過去のロックアーティストの曲を集め、豪華な写真集や解説書を付けた「ボックス・セット」が売れ行きを伸ばしている。いわばCDの「全集もの」だ。
半世紀。ブルースからロックに至る流れが、それだけの歴史を重ねたのである。




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