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デビッド・ボウイ
デビッド・ボウイはロックの歴史の中で最重要のアーティストだ。ロックに視覚の要素を持ち込んだ功績は大きい。


デビッド・ボウイの「ヒーローズ」のジャケット(写真)を撮影した写真家の鍬田正義氏は、ボウイをライフワークにしている。鍬田氏に彼の魅力を尋ねると「彼ほどセルフ・イメージに厳格なアーティストはいないから」という答えが返ってきた。ポウイの二十七年のキャリアは、このポリシーで貫かれている。音楽の作風を変えるたびに住む場所を変え、容貌も一変させる。

74年までのロンドン在住時代は、眉毛を剃り、髭をオレンジに染めた異星人「ジギー・スターダスト」を演じていた。ロサンゼルスに居を構え、アメリカ観察の旅を始めると、派手なメークを止め、ファンクなど黒人音楽の影響が色濃い作品を発表する。

76年には、ベルリンに転居。ヨーロッパ人としてのアイデンティティを模索するかのように、重厚で内省的な音楽に変化する。この時のボウイは、いかにもゲルマン民族という感じの金髪に戻っていた。

ロックにとって「見栄え」が決定的に重要な要素になるのは、八〇年代にMTVが登場して以降である。ボウイは、その潮流を10年も早く先取りしていた。ロックが音と映像をまたぐ総合芸術であることに、早くから気付いていたのだ。

パントマイムの巨匠・リンゼイ・ケンプの元に六〇年代から弟子入りしていた彼は、俳優としても一流。映画「地球に落ちてきた男」(七六年)、「戦場のメリークリスマス」(八三年)での演技は評価が高い。八〇年代初めには、ブロードウエイの劇「エレファント・マン」で、主役をつとめたこともある。

このイメージ操作の才能を他のアーティストに向け、プロデューサーとしても卓越した仕事を残している。

例えば、ベルベット・アンダーグラウンド解散後芽の出なかったル−,リードば、ボウイの誘いでロンドンに渡り、七二年に彼のプロデユースで「トランスフォーマー」という名作を発表する。リードはこのアルバムで、ゲイとしてのイメージを歌だけでなく容姿にも打ち出す。

ベルベッツ時代は歌は過激でも容姿は地味な文学青年という感じだったリードは、金色に染めた髪に黒いマニキュアという退廃的な容貌に変身。無縁だった商業的成功を手にする。

イギー・ポップを破滅から救ったのも、ボウイだった。かつては売れないブルースバンドだったモット・ザ・フープルも、70年代初頭にボウイの助力で派手なグラムバンドに変身。こちらもヒットを次々に飛ばしてスターの仲間入りをする。

ボウイには才能のあるミュージシャンを嗅ぎ分ける本能のようなものがあるらしい。まだテキサス州のアマチュアに過ぎなかったギタリスト、スティービー・レイ・ボーンの才能を発堀し、八二年の「レッツ・ダンス」に起用したのはボウイである。これ以降、90年にヘリの墜落事故で死去するまで、ボーンは「ブルース・マスター」の名声をほしいままにする大成功を収める。

意外な話もある。70年代の中頃、まだ結成して一年もたたないころのテレビジョンのステージにふらりとやって来たボウイは、「僕がアメリカで見た中で一番独創的なバンドだ」と絶賛。これが噂を呼んでテレビジョンは有名になった、という逸話が残っている。

十代のころ喧嘩で殴られて失明したため、ボウイの左目は義眼である。写真をよく見ると、彼の目は左右で瞳孔の大きさが違う。だから、彼の容貌はどことなくアンバランスで、摩訶不思議な雰囲気が漂っている。彼が自分のセルフ・イメージに目覚めたのは、案外こんなところがきっかけだったのかもしれない。

(OCS NEWS 93.11.26)




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