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[シリーズ医療構造危機 4]
癒されぬ神経症の犠牲者たち
神経症ほど現代人に身近な病気はないのに、日本の精神医学界は心理治療士の養成が絶望的なほど遅れている。明治以来の医学部優位主義のせいだ。医師が治療を独占する時代は終わったのだ。


箱のようなマンションに明かりが灯っている。夜九時半、最後のクライアントが帰り、精神分析治療家の青木滋昌さん(36)の今日の仕事は終わった。

名古屋市にある青木さんのオフィスに来ている。柔らかい間接照明に包まれたべージュの部屋に、寝椅子(カウチ)が置いてある。青木さんが精神分析の治療者として五年間訓棟を受けたニューョークから持ち掃ったものだ。専門の家具業者に特注したので、七百ドルしたそうだ。米国では、精神分析家を「カウチ・ビジネス」と呼ぶジョークがあるくらい、精神分析家のシンボル約存在だ。

カウチに横たわる。青木さんの顔は見えない。体がくつろいだせいだろうか。様々なことが頭をよぎる。仕事のこと。家族のこと。最近腹が立ったこと。うれしかったこと。それを言葉にするよう、促される。

空想、夢、最近のできごと、子供のころの思い出。何でもいい。心に浮かんだことを自由に言葉で表現する。そこから、本人も忘れているような意守の下に抑圧された間題を読み取り、治療を加えていく。「自由連想」という、精神分析独特の手法だ。薬は一切使わない。言葉のやり取りによる一回45分の「セッション」が週に一回以上。治療は数年続くのが普通だ。

二十世紀初頭にフロイトが生んた精神分析学が、その治療法の源流である。登校拒否、心身症、神経症。10代から40代まで、患者は数十人いる。すでに回復して治療を終えた人もいる。
「心をいったん分解して新品に換えたり錆を落としたりして、また組み直す。車のオーバーホールに似ています」

そう言う青木さんは、医学部卒業の医師ではない。もともとは文学部出身の臨床心理学者だ。博士課程にいたが、日本には心の病気を治療する心理学者のための研修機関もなければ、医師に当たる資格もない。

そこで、八八年にニューョークNPAP精神分析研究所に留学。ニューョーク州の精神分析医の免許と国際資格を取った。故郷の名古屋に戻って開業したのは九三年秋だ。

今も、青木さんが出す案内書には「診療」とか「治療」という言葉が見当たらない。「相談面接」「健康回復」である。日本では法律上「治療行為」は「医師」にしか許されないからだ。健康保険も使えないから「面接科」は一回数千円と高額だ。

心の病気を治す治療法には、大きく分けて二種類がある。

@心の病気を脳、神経や化学物質などの「身体」から解明・治療しようとするアプローチ。治療は薬物療法が中心。

A形のない[心」を中心に研究する「心理療法」。青木さんの精神分析も心理療法の一ジャンルだ。

日本では精神科の医師の訓練は主に@に重点があり、一方のAは文学部などの心理学の領域になる。「臨床心理学」と呼ばれる。日本の精神医療は明治以来@偏重、医師優位の体制が続いてきた。米国では一九五一年、欧州でも七○年代にはAの心理学治療者の資格が整備され、精神科医と対等の治療者として広く活躍している。

が、日本で「臨床心理士」の資格ができたのは八八年。それまでは「セラピスト」「カウンセラ−」など自称が横行し、職名さえ定まらなかった。

「今のところ臨床心理士の資格は『英検』と同じです」
日本臨床心理士資格認定協会の
大塚義孝・京都女子大教授はそう話す。

臨床心理士の資格は、医師や弁護士のような国が発行する「免許」ではない。財団法人の同協会がテストを実施して「質」を保証するにすぎないのだ。

前述のように、医療保険も連用されない。病院では、臨床心理士が心理療法をしても、精神科医がしたことにして診療報酬を請求するのは公然の秘密だ。

「医師を養成するには医学部があり、研究のための大学院も、臨床を学ぶための付属病院もある。が、臨床心理士を養成する『心理学部』はまだない」
そう大塚教授が言うように、心理士を訓棟する機関の整備も「これからの課題」なのだ。

では、外国の例はどうか。米国で心理学治療者になるには、大学卒業後12年がかりの過酷なトレーニングが待っている。

例えばニューヨーク州の場合。まず臨床心理士になるには博士号が必要だ。大学院での論文や講義に加えて臨床実習が数百時間。博士号を取ったあと、州の試験を受けてやっと免許が取れる。ここまでで四〜五年かかる。精神分析医の免許を取るには、さらに専門の研究機関に入る。治療者自身が精神分析を受ける「教教育分析」が最低500時間、実際に患者を診察する実習がを三百六十時間、教官の指導(スーパービジョン)、論文などでここでも最短でも五年はかかる。

ちなみに、日本の臨床心理士の受験資格は「修士課程プラス1年の臨床経験」または「学部卒プラス五年の臨床経験」である。訓練期間はずっと短い。受験資格に日本の医学部卒業と同じ程度の教育期間を想定しているからだ。

現在、青木さんのように外国で正規の訓練を受けた精神分析家は日本に二十人前後と見られる。その草分け的存在の河合隼雄・国際日本文化研究センター教授のように、その多くは大学の教官。臨床活動に専念する人は希だ。

また例えば「日本精神分析協会」のメンバーは、正・準会員合わせても全国に三十三人しかいない。うち三十一人は医師だ。「米国レベルの訓練を経た分析家は協会の会員くらいでしょう」

協会書記の小比木啓吾・慶応大教授はそう話す。協会では五十〜六十人ほどの分析家の研修を引き受けているが、指導できる人材がまだ少なく、教育分析の時間が米国ほど多くない、という。

心の病気を大ざっばに分類すると次のようになる。
@健康A神経症(強迫神経症、ヒスデリー、神経衰弱など)G境界例C精神病(精神分裂病、躁鬱病など)。
このうち「神経症」は、心理療法の得意分野とされている。脳や神経の異常ではなく、心理的に原因が解明されているからた。

特に精神分析は、神経症の治療の過程でフロイトが編み出したメソッドだ。逆に、妄想などが出ているCの場合は精神分析には不向き、とされる。それぞれ治療法によって得手・不得手があるのだ。

心理学治療者の受け皿が乏しいために行き場がないのが、こうした「神経症」の思者だ。

「生活の発見会」という神経症患者の自助グループがある。事務局は東京にあるが、百四十カ所に「集談会」というネットワークを持つ全国組だ。七○年に始まり、今では会員六千三百人を数えるほどになった。

慈恵会医大名誉教授だった森田正篤(一八七四〜一九三八)が始めた心理療法「森田理論」の実践組織である。二十人ほどで語り合う「集談会」や、日記の交換などで、患者を縛っている価値観の転換を目指す。医師や心理学者が治療するのではなく、会員同士の助け合いによる治療が基本だ。

最初は自らも患者として入会した大谷鈴代理事長は、医師にも心理学者にも批判的だ。
「医師のすることは、不眠や動悸などの症状を止める薬を出すことだけ。雑草に除草剤を撒いてもまた生えてくるように、根本の解決にはなりません」

不眠やパニックに苦しみ、医師を訪れる。が、体には異常がないので精神科へ回される。そこでも治癒せず、同会の扉を叩く。そんなふうに入会した人が実に多い、と大谷理事長は指摘する。

「心理学者の側も、国家資格もなければ米国のような系統だった訓練もない。年齢的にも若い。一時間数千円を払ったが、結局たいしたことがなかった、とここに入会する方もいます」

神経症とはどんな病気か。
簡単に言うと、成長する過程で家族との関係からある感情が意識の下に抑圧され、成長したあとになって様々な症状となって噴き出す現象だ。病気だという自覚が患者にある。身体に原因がなく、後遺症を残さず完治できる。

以下は、ある大学病院で聞いた症例だ。

三五歳の男性。布団に針が混入しているのではないかという恐怖が頭から離れず、毎夜朝五時まで布団を撫で続ける。撫で方にルールがあり、守れないとやり直す。本人も不合理とは分かっているのに、やめられない。

三十八歳の女性。排泄のあと、体に汚れがついたという思いが離れず、風呂で洗う。三、四時間も洗い涜け、水道代が月4万円になった。最後は食事も睡眠も風呂場でするようになった。

三十五歳の女性。夫とのセックスを拒否して以降、性欲もないのにオナニーをしないと動悸や発汗に苦しめられる。竃車に乗ると、一駅ごとに降りてトイレでオナニ−をしないと耐えられず、ついに外出もできなくなった。

以上は「強迫神経症」の重い例だ。が、次のような「癖」は身近に聞くのではないだろうか。

帰宅すると、何回手を洗っても気が済まない。ガスを消したか、戸締まりしたかが気になり、何回も外出しようとしては戻る。歩道の格子模様の線を踏まずに歩こうとして、何回も行きつ戻りつする。こんな症状も強迫神経症の一種なのだ。

症高い場所やとがった物への恐怖症。病気でないかという思いに捕らわれる心気神経症。ヒステリー。神経衰弱。どれも神経症の一種だ。それぞれ、疲労感、記憶力や集中力の低下、不眠、食欲不振、動悸、頭痛など、様々な症状が出る。

それでは、神経症の患者はどれくらいいるのだろうか。

京都女子大の大塚教授は、キャンパスの相談室を訪れる学生の比率から「心の健康を求める人は、全人口の六%」という数字を挙げる。

「生活の発見会」には毎年百〜二百人が新たに入会する。冒頭の青木さんの分析を受けるには、今では二年待ちである。患者に比べて治療者の数が少ないのは確かだ。

「東京は世界でも精神療法の需要がもっとも高い都市になってきた。家族の解体などで、潜在的な患者の層が多くなっている」

そう言う慶応大の小此木教授は、日本で心理療法が根付かなかった背景を次のように説明する。

まず、日本に医学が導入された時のドイツ医学の強い影響。心の問題を脳などの器質から見る方法が精神医学界の主流になった。逆に、ドイツ医学の影響の少ない米国では心理療法が発達した。

「日本の医療保倹制度では、精神的な治療への給付は世界でも希に見る低さ。『贅沢』と見なされているのでしょう」

精神分析の珍療報酬は三百五十点、つまり三千五百円。北欧なら六千二七千円が普通だ。一人一時間をかける精神分析では、半日に三人を診察するのがやっと。投薬治療なら三十人は診察できる。心理療法は効率が悪いのだ。

また、京都女子大の大塚教授は、心の間題を心理学のような合理主義で解明しようとする姿勢が日本には乏しいのではないか、と指摘する。だから、心の間題への答えを宗教のような非合理の世界に求める傾向がある。それが、オウム真理教のような新興宗教の隆盛の背景なのではないか。大塚教授にはそう思えるのだ。

(AERA 95.10.30)





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