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[シリーズ医療構造危機 3]
医薬分業でクスリを医師から奪回せよ!
クスリの調合は薬局、医師は診察だけ。先進国では常識の医薬分業が、日本ではずるずる破られ続けてきた。医師の既得権保護のためだ。


住宅や町工場がひしめく東京・蒲田の街に、その薬局はあった。薬と一緒に口紅やトイレットペーパーが並ぶ、一見平凡な町の薬局。ガラスで仕切られた調剤室から、店主の南部陽太郎さん(71)が顔を出した「医薬分業」の先進地として全国から見学者を集める蒲田薬剤師会の会長だ。

「『調剤もせずに雑貸ばかり売っていて、何のために薬学部を出たのか』。そう思って踏み切ったのが一九七四年です」

病院や医院で診察を受けると、薬の商品名や量を書いた処方箋をくれる。患者はそれを持って、家や勤め先の近くの「薬局」(『薬局』の表示を出せるのは薬剤師がいる店だけ。いない店を『薬店』と呼ぶ)へ行って薬をもらう。これが厚生省や薬剤師会が描く理想的な形の「医薬分業」だ。

が、薬局は、どんな医療機関から処方箋が来ても薬を出せなければならない。蒲田薬剤師会の杓七十軒の薬局には、一店あたり平均約三十一の医療機関から処方箋が舞い込む。一店あたり約千二百七十種の薬を置くが、大学病院からの処方箋に対応するには三千種は必要になる。

南部さんの店から車で五分ほどのところに、白い三階建てのビルがある。約三千コの薬を置く「備蓄センター」である。店にない薬が必要なとき、白いワンボックス車が配違する。二十二年前に千六百万円出して準備した。会員の手持ち薬品リストも常時交換している。膨大な薬のデータベース。パソコン。店には連路用ファクス。大変な設備が必要なのだ。

病院や開業医に行き、さらに薬局に行く。患者にすれば、二度手間ではないのか。どんな利点があるのか。推進役の厚生省と薬荊師会の主張をまとめると、次のようになる。

@薬の「飲み合わせ」を防ぐ。
健康保倹対象の一万五千種の薬の間で「絶対ダメ」な組み合わせが約四百組ある(日本薬剤師会)。患者が「かかりつけ」の薬局を決めれば、薬歴を菅理して率故が防げる。蒲田薬剤師会は一店一万九千人分の薬歴を保菅している。

A自分がどんな薬を飲んでいるのか、処方箋を受け取ることで患者に情報が開示される。 (が、処方箋を読める患者は少数。薬剤師の説明を聞くしか方法はない)

G厚生省の主張。分業は医療費抑制に役立つ。医療費約二十四兆円に占める薬剤費の割合は三割前後で、高い部類のランス(一九・九%)に比べても先進国では際立つ(九三年)。医療保倹で支払われる薬の公定価格マィナス値引きされた仕入れ値の「薬価差益」が医療機関の利益になるため、薬の使い過ぎが起きる。これを分業で断つ。

C薬剤師側の主張。百二十年ぶりの「正常化」である。日本の近代医療の礎石である「医制」(明治六年=一八七三年)は「医師たる者は自ら薬をひさぐことを禁ず」と明記した。が、実際には、自ら薬を調合するのが伝統の漠方医が三万五千人に対して、西洋医は三千人しかいなかった(明治十七年)。薬剤師に至っては約二千七百人。

戦後になっても薬剤師法や医師法ができても現状追認の例外規定が設けられ、ずるずると医師が薬を出す状態が統いた。

「見てくだきい。今年初めて分業率が20%を超えました」
そう言う日本薬剤師会の渡辺徹専務理事は誇らしげだ。

が、よく考えると、厚生省が処方箋発行の報酬点数を十点から五十点に一気に引き上げて医師に分業を促したのが七四年。二十年以上かかってやっと五分の一だから、何とも遅々とした歩みである。

蒲田と同じ東京都内でも、江戸川薬剤師会の備蓄センターは七八年の設立以来休眠状態だ。
「大革命期なのに、薬局店主の感覚は個人商店のまま。月一回の勉強会を四年統けているが、出席率は悪い」
高橋保彦会長はそう言って嘆く。

全国的に見れば蒲田のような「優等生」はまだ少数派なのだ。

が、ここ数年分業のスピードが上がり始めたのも事実だ。原因は厚生省が薬価の引き下げを重ねたことと、人件費や土地代などの高騰だ。

東京都東部の江東区にある私立病院「寿康会病院」は、ベッド数四十九の「中小病院」た。昨年九月に医薬分業に踏み切った。
「三年前なら、院内で薬を出した方が儲かったんです」
猪口雄二院長は次のように説明する。

九二年に薬価が引き下げられた時点で、薬価差益や処方料などの収入と、薬剤師や事務費の人件費などコストのプラスマイナスを計算した。すると、九四年春には差し引きゼロになることが判明。人件費は上昇を続ける一方、国は薬価をさらに引き下げることを表明している。これから先は薬局を抱えていても、損するだけなのだ。
「でも、これまで人件費の赤字を埋めてきた薬を外に出して、どうやって食っていけばいいのか。病院経営者は頭を抱えていますよ。分業が進まないのはそのせい」

医薬分業のもうひとつの顔は、これまで医療機関が抱えていた収入源が、薬局をはじめ民間業者の手に渡ることだ。九四年度に分業率二○%弱で薬局が受け取った診療費は約9382億円(日本薬剤師会調べ)だから、分業率が100%に達したと仮定すると単純計算で五兆円を超える大マーケットが出現する。

一日二千三百人の患者が来る日本大学付属板橋病院(束京都板橋区)は、八九年十一月に分業に踏み切った。すると、正門前に調剤薬局が次々にできた。一時は札幌の業者まで進出、正門前の地価が高騰したという逸話もある。今でも五社八店の薬局が「処方箋受付」の看板を掲げてひしめいている。処方箋の七○から七五%がこうした「門前薬局」に流れる、と同病院の斎藤侑也薬剤部長は見る。

「大型病院が積極的に処方箋を出したことが分業率を押し上げた」(山本信夫・東京都薬剤師会常務理事)。そんな見方もある。が、大型病院の処方箋の多くがこうした門前薬局に流れていく。冒頭に述べたような理想的分業からは、かけ離れている。

調剤薬局ビジネスに積極的に参入しているのは、商社だ。例えば、住友商事は昨年四月に「トモズ」という名の薬局を東京都目黒区に開店。その後都内に二店舖を開いた。子会社が十五人の薬剤師を採用している。丸紅も、チェーン展開の計画を持っている。

しかし、順風満帆とはいえないようだ。住友商事の切石哲事業企画部長は次のように言う。
「当初思っていたほど医療機関が処方箋を出さず、また軌道に乗ったとはいえない。首都圏の分業率が50%に乗れば、ビジネスベースに乗るはず」

他にも、調剤薬局にはうまみがいくつもある。まず、薬価は厚生省が公定価格を決めているので、安売り競争をしなくて済む。さらに、分業推進のために院外の調剤の方が調剤報酬が高く設定されている。結局、分業率が上がったのは、経済的理由によるものといえそうだ。

(AERA 95.10.2)





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