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初めまして。みなさんが話題にしてくださっているアエラの張國栄へのインタビュー記事を書いた張本人、烏賀陽(うがや)弘道であります。 このフォーラムの常連である友人から「すごく話題になっている」と教えられ、初めて覗いてみました。みなさんがあまりに熱心に小生の書いたものについて議論してくださっているのに驚きかつ感激し、これ以上黙っているのは失礼だと思いました。一言だけ発言させていただきます。 まず、小生の書いた記事をこれほど熱心に読んでいただいたことにあつく、あつく御礼申し上げます。アエラ編集部にも手紙が殺到しています。これほどリアクションが激しい記事は小生のアエラ歴7年の中でも初めてです。記者として喜びをかみしめていることをお伝えしたいと思います。 張國栄を表紙にするプロジェクトは、1年がかりで実現させました。1回目は、宿泊先のホテルにスタジオを組んで待っていたのに、本人が風邪を引いて直前にキャンセル。ようやく実ったプロジェクトです。 小生は音楽・映画を中心としたポップ・カルチャーを取材領域としておりますが、コアな香港映画ファンというわけではありません。アメリカ映画も好きだし、ヨーロッパ映画も好きだし、日本映画も好きだし、アジア映画も好きです。香港映画の魅力に触れたのは、ここ5年ほどのことです。まして、張國栄のファンというわけでもありません。彼の出演した映画の何本かは大好きですが。 幸いなことに、香港映画関係の取材の機会は今まで多々あり、アンディ・ラウ、カレン・モク、金城武などを表紙に載せるという企画を作ると同時に、本人へのインタビューもしてきました。厳浩監督、シュウ・ケイ、ゴールデン・ハーベスト社のチャイ・ラン副社長など、香港の映画人には幅広くインタビューしてきました。香港・台湾でポップ・カルチャーについて現地取材したこともあります。 これはひとえに、香港映画の魅力に小生も引きずり込まれたからであり、もっと多くの日本人にその魅力を知ってほしいという願いによるものです。 今回の張國栄へのインタビューの前に、彼について何を書くべきか考えました。そこで、これまで日本で刊行された彼のインタビューをすべて読みました。小生の感想は「どれも似たようなことしか書いていない」ということです。はっきり言ってしまうとどれも人間観察が月並みで、スターとしての姿ではなく、一人の人間としての本当の張國栄が見えてこない、という点が不満でした。 一点だけ引っかかったのは、彼が文革について語ったくだりでした。ほんの一言だけでしたが、彼の家族の歴史と、それについての彼のやり場のない悲しみ・怒りがちらりと見える一節があったのです。他のスターとしての発言部分とは違って、そこだけはとても人間的に思えました。レコード会社や映画会社の分厚い壁でできたスター・システムの包囲網の隙間から、彼の人間としての顔がちらりと見えたのです。手がかりは、これだけでした。 アエラの読者の大半は香港映画について多くを知りません。ジャッキー・チェンとジャッキー・チュンとレスリー・チャンの違いが分からない、なんてのはましな方で、香港映画といえカンフーかドンパチかドタバタコメディくらいの認識しかありません。 その読者を相手に張國栄を描くとするなら、人間的な素顔をクローズアップしなければ、ファン以外の読者の共感は得られない。これは、アエラで働く記者として当然の前提でした。 また、取材の前に事務所サイドから「中国のことは聞くな」と検閲が入ったことも、小生のジャーナリストとしてのファイトをかきたてました。なぜ、彼の一番人間として真摯な部分を聞いたり書いたりしてはいけないのか?彼は本当は発言したいのではないか?もし、聞いてみて本人が答えたくなければ「答えたくない」と言うだろう。張國栄ほどの人物なら、それくらいの判断はできるだろう。そう判断しました。 小生が「書く前からストーリーを決めて取材したのか?」と聞かれるなら、答えはイエスであり、ノーであります。もし張國栄本人が小生の中国に関する質問に答えなければ、そこであの話は終わっていたでしょう(字にはしませんでしたが、他の話題についてもたくさん質問をしています)。が、意外なことに彼は喜んでこの話に乗ってきたばかりか、中国のことを尋ねたことについてお礼まで言ってくれました。ああ、彼は話したかったのだな、と思いました。 小生は香港人を取材するのが好きです。それは、彼らが東洋でも西洋でもない文化に生きているからであり、祖国から強奪された植民地を故郷としているからです。西洋でもなく東洋でもない、中国でもなく英国でもない、という意味で彼らは基本的に「ダブル・アイデンティティ」であります。そして植民地を故郷としていることで、自分が「非嫡出子」(用語が不適切かもしれませんが)のような存在だと意識下では感じているはずです。こうした人格を、文学の世界では「精神的孤児」と呼んだりします。 だから、彼らはみんな自分の祖国や文化について実に真剣に考えている。親のない子供が親について真剣に考えるように、自分のアイデンティティについて洞察が深いのです。張國栄にもそれを聞きたいという思いもありました。それは、同じように東洋と西洋の狭間に生きながら、あまりそれを意識することがない日本人自身を考える鏡にもなりうるからです。 「アイデンティティ」の問題は、小生のライフワークであります。たとえば、俳優なり音楽家を取材するとします。その人物の演技や音楽は、どんな人格の表現なのか?その人格はどういうふうに形成されたものなのか?どんな家族に囲まれて育ったのか?親は?兄弟は?貧しかったのか、金持ちだったのか?どんな文化に生きているのか?何を一番大事に思って生きているのか?何が一番美しいと感じるのか?そんな疑問を掘り下げることで、その人物のいちばん深い心の底に、記者が対象人物と一緒に降りていくのがインタビューだと考えています。 張國栄についていえば、深く愛すべき祖国・中国が、自分の家族に苛烈な仕打ちをしたということが深く心に突き刺さっていたものと思われます。愛したいのに、愛せない(何だか映画のタイトルみたいですね)。愛しているからこそ、なぜそんな仕打ちをしたのか分からず混乱する。例えが適切かどうか分かりませんが、自分を殴り続けた父親に対する子供の気持ち、とでもいえばいいでしょうか。 だからこそ、その中国が思ったほど恐ろしい存在ではなく、自分たちと同じ人間であり、むしろ共通項としての中国文化を持った仲間だと分かった瞬間、彼は中国と「和解」したのではないでしょうか。彼の中国への思いは「憎しみから愛へと変わった」のではなく「抑圧されていた愛情が解き放たれた」のではないでしょうか。 おそらく、コアなファンの方からは「こんなの、私の知ってる張國栄じゃない!」というリアクションが返ってくるだろうな、という予想はありました。アンディ・ラウの時もそうでしたから。ファンのみなさんが「自分の張國栄像」を持って彼を愛していらっしゃることには、最大限の敬意を払います。それをウソだ、騙されている、などと申すつもりはみじんもありません。ファンとして誰かを愛する、というのはそれでいいのだと思います。 だが、小生はあえてそれを裏切り、自分の目で見た張國栄を忠実に再現することに心を砕きました。彼の言葉使いを聞き、呼吸を感じ、指や体の動きを見、匂いをかぎ、服のセンスから歩き方、笑い方をすべて見たうえで出したものが、あの記事です。インタビューはMDに録音し、すべて字に起こしてニュアンスを再現すべく努力しました。インタビュー相手が読者の前に座って話しているようなリアルな感触を伝えるのが、小生のもっとも腐心するところであります。 結果は、19対1で好意的な反応が帰ってきました。これはジャーナリストとして、単純にうれしいことです。ただ「期待を裏切り、驚かせる」ことがニュースだと信じているひねくれ記者としては、「あれ?おかしいな」と、ちょっと意外ではありますが。 もちろん、「烏賀陽という鏡に映った張國栄」ですから、小生の未熟さゆえの欠陥があると思います。その部分についてはお詫びするほかありません。 なお、彼の同性愛についての記述をはさんだのは、彼が中国共産党を恐れた理由のひとつに共産党の同性愛弾圧があったからだ、という風説を聞いていたからです。これは、直接字にすることはしませんでした。彼の中国に対する思い(悲しみ、怒りから帰属感、祖国愛へと変わっていった大河のような流れ)に比べたら、小さい話だと思ったからです。 縷々愚にもつかないことを並べました。お許しください。とにかく、みなさんのご愛読に感謝しつつ、みなさんの張國栄への思いを知り深く感動したことを申し添えます。 蛇足ながら申し添えますと、編集部に「張國栄の写真がほしい」というご希望が殺到しております。なんとかしようと、彼の事務所に問い合わせたところ、肖像権の関係でお断りする、という誠に残念な返答が来ました。不本意ながら、もしご希望があっても、沿うことができません。ご了承ください。 なお、以上申し述べた内容なあくまで小生個人の意見であって、アエラ編集部の公式見解ではないことをご理解ください。 (98.6.5/ニフティ・サーブのフォーラム『アジア映画フォーラム』への発言に加筆) |
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