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レスリー・チャン 本土中国への「帰郷」

香港で使われている広東語ではなく、大陸の言葉である北京語で話すことにこだわった。私は中国人としての誇りを持っています、という。長年恐れ続けた本土中国と「和解」を果たすまでの心の軌跡。

 

本土中国のことだけは、張國栄に聞くな。彼の家族は共産党革命で辛酸を舐めている。もし北京批判を口にすれば、何が起きるか分からない。そう警告されていた。だが、聞かずにはいられなかった。

「私の祖父の話、ご存じなんですね…」  

穏やかな、かすれた声だった。白くて細い指を折り曲げ、顎を乗せると、しばし沈思黙考する。

「そう、私の祖父は富裕な地主でした。裕福な人間は革命で真っ先に批判されます。祖父も、そんな目に遭いました…」  

言葉が途切れた。春の光を浴びて、視線を伏せている。映画の中で拳銃をぶっ放すマッチョな姿とは正反対の、たおやかで女性的な張國栄がそこにいる。  

そんな彼が、一度だけ語気を強めたのはこの時だ。

「でも、それはすべて過去の歴史です。後ろ向きにばかり考えていてはだめです。今は前向きに考えなくてはならない」  

不思議な発言だった。香港の中国返還が迫っていたころ、彼は怯え切っていた。祖父の忌まわしい記憶が蘇った。共産党がやって来る。何とかして外国へ逃げ出そう。人気絶頂だった芸能生活をすべて捨ててカナダに移住しようとしたのも、そのせいだ。そう認めているからだ。  

一体、何があったんですか?

「外国の月は丸くて綺麗だろう、と思ったんです。でも、結局それは中国で見る月と同じ月だった」  

カナダにいたころ、北京の映画監督から「覇王別姫」への出演依頼が舞い込む。日本の侵略、共産主義革命、文化大革命。激動の歴史の中、同僚の男性を愛し続ける京劇の女形の生涯を描いた悲恋物語だ。

「三十六歳で、初めて大陸の土を踏んだのです。ええ、正直言って恐ろしかった。共産党が恐かったですから」  

が、そこは完璧主義の彼である。北京へ行くと、すぐさま京劇学校へ入門。本土の庶民の暮らしを知ろうと、普通の人々と寝食を共にした。吹き替えなしで役を演じるため、北京語をマスターしたのもこの時だ。  

この半年の北京暮らしの間に、敵意は徐々に溶けていった。

「香港人と違って、純朴な大陸の人たち。京劇学校の先生や生徒。向こうの監督や俳優。心通いあう友達がたくさんできた。行って本当に良かったなあ」  

やっぱり、僕は中国人なんだ。そう、帰属感。心の平穏。それが訪れたのです。  

そう言うと、一人ひとり顔を思い出すかのように、窓の外を眺めている。

「最近、どうしてハリウッドに移らないの? とよく聞かれる。でも、もう外国に住みたいとは絶対に思わない。私の体に流れているのは中国人の血なんだ」  

いや、一カ所だけ住んでもいい土地があるな。そう言葉を継いだ。

「中国大陸に住むのもいいなと最近思うんです。香港は物価が高いですからね」  

ちょっと照れ臭そうに微笑んだ。

「中国のこと、聞いてくれてありがとうございます。たいへん深い質問でした」  

顔が少し紅潮している。まるで、長く探し求めた家に帰り着いた子供のように、安らいだ男がそこにいた。

 

●張 國栄・Leslie Cheung  

1956年9月12日、香港生まれ。祖父は広東市の富裕な地主だったが、共産主義革命とともに没落、その後文化大革命で迫害を受け命を落とす。父は文革前に香港に逃れ、縫製会社を興した。

「昔は反抗的な若者で、将来はまったく考えていなかった」という。英国リーズ大学に留学し、デザインを学んだが、身は入らず。歌のコンテストで勝ったのがきっかけで芸能界入り。78年には俳優としてもデビュー。以来、香港のトップスターとして揺るぎない地位を築く。

86年 「男たちの挽歌」

89年 歌手引退を宣言。カナダのバンクーバーへ移住。芸術学校で映画監督コースに入るが、一年で香港に戻る。

90年 「欲望の翼」(王家衛監督)

93年 「覇王別姫」(陳凱歌監督)「金枝玉葉」

94年 「楽園の瑕」(王家衛監督)

95年 「夜半歌聲」

96年 「花の影」(陳凱歌監督)。歌手活動に復帰。

97年 「ブエノスアイレス」(王家衛監督)  

最近のステージでは、赤いハイヒールを履いて男性ダンサーと絡んだり、黒いトランクス一枚で登場したりと、ゲイ的なイメージを強く打ち出している。公式に認めたことはないが、同性愛を匂わせる発言は数多い。  独身。朝八時に起き夜十二時には寝る「軍隊のように規則正しい生活」を送っている。

(AERA 98.6.1)

このインタビューについての烏賀陽のコメントもあります。





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