Photo: 石川重弘




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カレン・モク 西洋と東洋のはざまで
「重要なのは自分に自信を持つこと。 女性に自尊心は特に大切よ」。白ブラウスにジーンズ、トレッキングブーツ。 スタジオに現れたそのままの服装で撮影に突入した。 香港一の演技派女優がヨーロッパで見つけた「自分」とは?

 

いきなりで恐縮だが、ここに登場している女性はカレン・モクではない。カレン・モリス。西洋式の名字が本名だ。

「父方のおじいさんが英国人だったの。私が生まれるずっと前に亡くなったけど」  

リスみたいな瞳がくるくる動く。言葉の最後に必ずうふふ、と笑うのが癖らしい。そのたびに、白い歯がきらきらする。  

さあ、ケーキ食べましょ。あなたもどう?インタビューからカメラマンが退席すると、持参した箱からチョコレートケーキを取り出して食べ始めた。あの、この喫茶店、持ち込み禁止なんですけど。

「え?おじいさんがどんな人だったかって?それがね、ショーン・コネリーにそっくりなの!ホントよ!」

実家に、祖父の古い写真が掲げてあった。軍服を着た異国人の祖父。それは、神秘的で、謎めいた人物に見えた。

文学、歴史、フランス語。十代のころ、自然に欧州の文化に心惹かれるようになる。奨学金試験にパスしてイタリアへと旅立ったのは17歳のときだ。

「だって、私の一部がイギリスの血なんだもの。どこか遠い所に私の一部がある。とにかく行ってどんなところか見たかった」

そう言えば、彼女が演じるのは素顔からかけ離れた役ばかりだ。頭をキンキンの金色に染め、行きずりの男を家に引っぱり込むイカれた姉ちゃん。柄の悪い屋台のオバちゃん。まさに変幻自在。美人役専門の女優が多い香港では希有の演技派なのだ。  

イタリアや英国で文学を学んだ才女が屋台のオバちゃん?そう問うと、彼女はまたけらけら笑った。

「私にとって映画がおもしろいのはそこね。毎回違った人間になれるでしょ?違う人間になるのは大好きよ」  

そこまで言うと、ふとケーキを食べる手が止まった。 

「でも時々思うの。『私って何?』って」  

そう言ってこちらをじっと見つめる。ねえ、あなたみたいな日本人は日本が「祖国」だって思うでしょ。それが私にはないのよ。そう言うのだ。

イタリア留学時代、留学生仲間とテレビでオリンピックを見ていた時のことだ。周りが一様に母国の応援に熱狂する中、彼女は一人困惑していた。

「私、何て言ったらいいの?って思った。だって、香港って国でさえないのよ」

「香港はただ『育った場所』って感じしかしない。帰属感とか愛国心がないのね」  

ああ、私には祖国とか母国というものがないんだ。その時初めて分かった。  

寂しかったかって?ううん、そうでもない。結局、国なんて重要じゃない。大切なのは、どこへ行こうと自分自身でいること。それと、自尊心を持つこと。  

英国でも中国でもない。西洋でも東洋でもない。どこに行こうと、私は私。それでいいじゃない。そんな結論にたどり着いた。  

それが、6年間ヨーロッパで暮らした「自分探し」の成果なの?

「そうね。自分に自信がついた。それに」  

それに?

「前にもまして美人になったな。ウン」

あはははは!。大口開けての笑顔がこんなに素敵なのは、本当に自分に自信があるからなんだろう。 

●莫 文蔚 Karen Mok

誕生日は6月2日。本人は生年を明かさないが、資料によると1970年、香港生まれ。祖父はイギリス人。戦前、香港に学校や医療組織を開いた篤志家だった。看護婦だった祖母と結婚。父は不動産会社のサラリーマン、母はテレビ局に勤めていた。兄が一人いる。

1987年 17歳の時奨学金を得てイタリアのユナイテッド・ワールド大学に留学。

89年 ロンドン大学に入学。イタリア文学を専攻。シェークスピアなど古典演劇や詩の朗読といった舞台芸術に親しむ。94年卒業。

93年 ロンドンでミュージカル「ミス・サイゴン」のコーラスガールのオーディションに合格したことがきっかけで、香港のレコード会社と契約、歌手としてデビュー。翌年香港に戻り、俳優・歌手活動を開始。

95年 映画「チャイニーズ・オデッセイ」「天使の涙」(王家衛監督)

96年 「色情男女」でレスリー・チャンと共演。「キッチン」で富田靖子と共演。「食神」

97年 映画「初恋」  

アルバムを3枚出している。英語、広東語、北京語のほか、フランス語とイタリア語を操る。日本語も少々。飼い犬に「イヌ」という名前を付けている。

(AERA 98.3.23)





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