![]() クリスティン・チョイ監督はモンゴル人と朝鮮人の両親を持つ |
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クリスティン・チョイ 人種差別を鋭く告発するアメリカ人女性映画監督が、南京虐殺をテーマにドキュメンタリー映画を作った。女性であり東洋人である二重マイノリティの目から社会を見る |
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日本兵に斬首されそうになった生き延び、首の後部がぱっくり割れたままの女性。輪姦され、錯乱状態の若い女性。目の前で両親を殺され、自分も腕がちぎれそうなほど刺された十歳の女の子。日本人として、これほど見るのがつらい映画もなかった。アジア系米国人監督クリスティン・チョイが南京虐殺を検証した記録映画「イン・ザ・ネーム・オブ・ザ・エンペラー」(天皇の名の元に)である。 約五十分の映画の骨格になっているのは、事件当時南京に宣教師として滞在し、東京裁判でも証言した米国人ジョン・マッギーが虐殺後に密かに撮影した映像だ。マッギー家に眠っていたフィルムを発掘・復元した十分ほどの部分に、冒頭のような九死に一生を得た人々や、南京の街を行進する日本軍の姿が収められている。 それに、当時のニュースフィルムや虐殺に加わった元兵士、生き残った中国人のインタビュー部分を加え、南京虐殺をいろいろな角度から検証している。 三月五日にニューヨークで開かれた上映会では「母親と乳飲み子を銃剣で串刺しにした」という元日本軍兵士の証言の場面で、会場からうめき声が上がった。 米国人研究者が一人も出てこない。ジャーナリストの本多勝一氏や上智大学の渡部昇一教授ら日本人研究者ばかり出てくる。 「米国人研究者の見方は単純すぎる。日本人は残忍、というステレオタイプを避け、事実に正確でありたかった」 映画は主観を排した事実の積み重ねで構成されている。東京裁判では、南京虐殺の責任を問われて処刑されたのは一人だけだったこと。虐殺を知らない現代の日本人の若者の姿。「虐殺はでっち上げ」と放言して辞任に追い込まれる永野法務大臣。犠牲者の数をめぐる論争。 強姦で多くの女性が犠牲になった点に注目しているのは、女性監督ならではの視点だろう。南京での集団強姦が国際的な非難を浴び、それが日本政府に従軍慰安婦を作らせるきっかけになった点にまで目配りを効かせている。 ニューヨークのオフィスで会ったチョイ監督は、身長百六十弱の小柄で痩身の女性だった。が、ハスキーな声でエネルギッシュにしゃべる。監督自身は、韓国人とモンゴル人の両親のもと、上海で生まれた。六二年、十歳の時アメリカへ移住。修士課程まで建築を専攻、卒業後映像の世界に飛び込んだ、という多彩な経歴を持つ。 有名になったのは、八四年のドキュメンタリー「誰がビンセント・チンを殺したのか?」。自動車不況下のデトロイトで、失業した白人グループが、中国系米国人を日本人と間違えて撲殺した人種差別犯罪の顛末を追った映画だ。この作品で、監督は白人米国人の中にある抜きがたいアジア人への偏見や誤解を鋭く突いた。 そんなチョイ監督だけに、今回の作品でも日本人を一方的に糾弾することはしない。善良な市民がなぜ鬼のような虐殺をしたのか、という心理的背景を追う。そして元兵士のインタビューから、旧日本軍が「人民の軍ではなく、天皇の軍隊」であり「兵士は機械人間で盲従するだけだった」という証言を引き出す。タイトル「天皇の名の元に」にはそんな意味が込められている。 監督の本職は、私立ニューヨーク大学映画学科大学院の学長だ。従って資金はすべて自分で調達、学校が夏休みの間に撮影する。十三「あるカメラを自分で担ぎ、助手とたった二人で世界を撮影して回るのだ。二年半をかけ、百人近くのインタビューをした。 次のプロジェクトは、米国ルイジアナ州で起きた服部君射殺事件の顛末を追った作品である。なぜそんな議論を呼びそうなテーマばかりを、と問うと、監督は笑い飛ばした。 「南京虐殺で未だに議論が続いているのは日本だけです。他の国ではとっくの昔に歴史的事実になっています」 監督によると、NHKが「エンペラー」の放映を打診をしてきたが、内容を見たあと「刺激的すぎる」と断ってきたそうだ。 |
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