![]() 映画の中と普段がまったく同じ。実は演技じゃないんじゃないか? |
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ジャック・ニコルソン アル中の父親幼いこと出奔。17歳年上の「姉」が実は母親で「母」は実は「祖母」だった!37歳で知った驚愕の事実。後にハリウッド一の性豪となる |
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「この写真で百万ドル儲けさせてやるぜ、ヘッヘッヘ」 理知的にインタビューに答えていたのに、撮影のライトを浴びると突然変身した。葉巻をもうもうとふかし、まるで悪魔が憑いたかのような変わり身だ。 毒蛇のような目。つぶやくようなだみ声。煙草「キャメル」を吸い込み、歪んだ笑顔でニヤリと笑う。仕草も話し方も、スクリーンの中とまったく変わらないジャック・ニコルソンが、目の前にいる。 彼が出世作「チャイナタウン」で演じた私立探偵ジェイクを思い出した。州政府の汚職が絡んだ殺人事件を追う、という正義の味方役のはずなのに、強欲で、ウソをつくのが平気。しかもスケベで、依頼人の女性とちゃっかり情を通じてしまう。 そんな「イヤな善玉」か、逆に「憎めない悪役」。彼が高い評価を得た役をたどると、そんなねじれた人物像が多いことに気付く。単純な善玉か悪役しか演じることができない俳優が多いハリウッドでは、裏表のある人間を描ける数少ない存在なのだ。 キャリアは長い。ティーンエージャー向け低予算映画専門の俳優として無名の十二年を送ったあと「イージーライダー」(六九年)で注目を浴びた時は、三十二歳。すでに頭が薄くなり始めていた。 自信家である。気に入っている作品を尋ねると「Goin' South」という、評論家からは酷評を浴びた映画を挙げた。「監督も主演も自分でこなしたからだ」という。 「自分では、どんな役でもこなせる俳優だと思っている。荒っぽい表面の下に繊細な素顔が隠されているんだ」 が、強い個性ゆえに、この人ほど映画の出来不出来の差が激しい俳優は珍しいのではないか。 二十七年間に五十一本もの映画に出演しているが、成功と認められたのは十本にも満たない。「卒業」「華麗なるギャツビー」「ジャッカルの日」といった映画では、出演を熱望しながら、最後は断られている。 もう一つの顔は、ハリウッドきっての「性豪」だ。 二十代のころ五年間結婚して一女をもうけたが、彼の浮気癖に耐えかねた妻は、娘を連れて家出。以来、共演した女優や、一夜だけのお相手との浮名は数知れない。マスコミに追い回され、ベッドでの行状を暴露されても、一向に改める気配はない。五十三歳のときには、娘ほど年の離れたウエィトレスを妊娠させている。 「あの子供時代が間違いの始まりだったのかもしれないな」 アル中の「父親」は彼が幼いころ出奔。母親と姉二人の女ばかりの家庭で育った。母は自宅で美容院を開いていたため、いつも女性に囲まれる子供時代だった、という。 三十八歳の時、驚愕すべき事実を知る。ずっと母親だと信じてきた人物が実は祖母で、十七歳年上の「姉」が実は生みの親だった。それを知った時には、すでに「姉」も「母」も他界していた。 大変なショックだっただろう。 「いや、それよりは感謝の気持ちで一杯だった。彼女たちの勇気と決断がなければ、僕は生まれていなかったんだから」 だから今でも、個人的には中絶に反対だという。 最新作「ウルフ」は「狼男」の現代版だ。が、残念ながらこの作品も失敗作と呼ばれそうだ。米国の劇場では、四つん這いで走り回るニコルソンの狼男姿に、客が失笑していた。売り上げも奮わなかった。 「世界で重大なニュースが起こっているこの時に、付け毛の話なんてばかばかしいよ」 狼男の特殊メークに質問が及ぶと、とたんに機嫌が悪くなった。 「特殊撮影だらけの映画はあきあきだ。この映画も、最初は特殊メークなしで狼男を演じるつもりで引き受けたんだ」 Jack Nicholson 1937年4月22日、米国ニュージャージー州生まれ。オランダ系とアイルランド系の血を引く。高校卒業後にロサンゼルスに移り、MGM社に入社。漫画「トムとジェリー」に来たファンレターに返事を書くことが映画界での最初の仕事だった。 58年 「Cry Baby Killer」 69年 「イージーライダー」 70年 「ファイブ・イージー・ピーセズ」 71年 「愛の狩人」 74年 「さらば冬のかもめ」「チャイナタウン」 76年 「カッコーの巣の上で」(アカデミー賞受賞)「ミズーリ・ブレイク」 78年 「Goin' South」 80年 「シャイニング」 81年 「郵便配達人は二度ベルを鳴らす」 83年 「愛と追憶の日々」(アカデミー賞受賞) 85年 「男と女の名誉」 86年 「心乱れて」 87年 「イーストウィックの魔女たち」「黄昏に燃えて」 89年 「バットマン」 92年 「ア・フューグッドメン」「ホッファ」 バスケットボールのLAレイカーズと、アイルランドの作家ジェイムズ・ジョイスの大ファン。先妻との間に娘と、恋人との間に2児がいる。 |
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