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AA論争が吹き荒れるカルフォルニア州立大学サンタクルーズ校での学生デモ。とはいえ、インターネット時代の学生運動は静かだ



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カルフォルニアのアファーマディブ・アクション論争
「完全自由競争」が大原則のアメリカで、唯一の例外が「アファーマティブ・アクション」だ。人種差別を是正するための就学・就職上のマイノリティ優遇措置。これが今や風前の灯火。アメリカは人種差別を克服したつもりなのか?


「この国に来たとき、私は一文無しの難民でした」
三月初旬だと言うのに、気温は二十五度を超えた。カルフォルニアの陽光が窓から差し込んでいる。ティエン・チャンリン60は、工学書で満たされた部屋のソファに腰掛け、自分の半生を振り返っている。
「その私が、四十年後にこうして大学の学長になるなんて、アジアや欧州ではありえないことです。私はチャンスを与えてくれたこの国に心から感謝しているのです」

カルフォルニア大学バークレー校に来ている。全米で初めてアファーマティブ・アクション(以下AAと略)を廃止する、という大学の決定を取材するためだ。サンフランシスコからベイブリッジに乗り、紺碧のサンフランシスコ湾の上を二十分も走ると、緑深いバークレーのキャンパスに入った。ロサンゼルス校(UCLA)と並んで、歴史と業績で州内九キャンパスの筆頭格がここである。

ティエン学長は、全米の主要大学で初めてのアジア系、しかも初の外国生まれの学長だ。中国・武漢生まれ。日中戦争とその後の内戦に巻き込まれ、難民として米国に渡った。アルバイトで学費を稼いで熱伝導工学を学び、二十六歳で教授に。その後米国に帰化。学長に就任したのは九十年だ。

米国にAAがなければ今の自分はなかった、とティエン学長は認める。
「この国にはまだ、教育や雇用などで社会に全面的に参加するチャンスに恵まれない人々がたくさんいます。AAはまだ非常に重要なのですが・・」
大学当局が自分の信条に反する決定をしたことで、ティエン学長は苦悩の日々を送っている。

「入学審査と職員雇用の基準としてAAを廃止する」
そんな方針を大学評議会が抜き打ちで決めたのは、昨年七月。カルフォルニア大学にとって、百八十度の方向転換だ。同大は、六〇年代のベトナム反戦運動や公民権運動では全米の中心地として名を馳せ、今も「文化多様性」を表看板に掲げる革新主義の牙城だからである。

学生や職員の大半はグループを結成、反対に回った。今年一月には評議会にデモをかけたり、キャンパスを封鎖しようとした学生二十五人が逮捕される騒ぎになった。
が、夏休み中の抜き打ち決定で不意を突かれたAA賛成派は旗色が悪い。
「ウィルソン(知事)の嘘つきめ、お尻に火を付けちゃうぞ!」
三月五日、同大サンタクルーズ校のキャンパスで「AA連合」(AAC)のデモを見たが、学生は百人足らずで、意気は上がらない。ラテン系やアジア系のマイノリティ学生が通りかかっても、ほとんどが知らんぷりだ。
「大半の学生は無関心で、本当に恐ろしい現象です。この国に人種、所得階層や性で差別があるのは議論の余地がないのに」
日系四世のミヤ・スズキ21はそう言って嘆く。このまま行くと、九八年の新入生(九月)から、AAは廃止されてしまうのだ。

AA廃止論の震源地は、大学評議員のワード・コナリー56である。言い出したのがこの人でなければ、誰も真剣には取り合わなかっただろう。コナリーは、AAで恩恵を受ける側のはずのアフリカ系だからだ。

「私って何系だと思います?」
それを問うと、コナリーは逆にそう聞いてきた。
「母方の祖母はインディアン、祖父は白人。父方の祖母は白人で祖父は黒人。私は白人でも黒人でもインディアンでもなくアメリカ人ですよ」
彼は続ける。彼自身のように、カルフォルニア州では、人種間結婚が進んで以前のような明確な「少数派」の定義ができなくなった。しかも、ヒスパニック系とアジア系の人口が急増し、白人は「多数派」の地位から転落しつつある(別表参照)。その上で、コナリーはこう言うのだ。
「合衆国憲法は人種、性別や出身国による差別を禁じているじゃないですか。AAはもう環境に合わない。再検討すべきだ」

コナリーの言うことは部分的には正しい。AAが実施されて三十年経ち、マイノリティの中にも社会・経済的に成功する人が増えてきたことだ。コナリー自身がそうだ。二歳で両親が離婚、四歳で母親を亡くした彼は、苦学して州立大学を卒業、ビジネスを興して今では開発計画会社の社長。そして六九年以来の共和党員だ。AAのことを語るとき、コナリーは不快そのもの、とい顔になる。

「私はゲタをはかせてもらう必要はなかった。なのに、成功した後も何かと『あれはAAのおかげだ』と陰口を言われる。不快です」
bそれでも、人種間の所得格差など差別は現に存在するのでは。
「私が職を探しに行くとします。私一人が応募するのに、なぜ人種全体で判断されるのでしょう」
bAAに代わる代案は。
「ありません。自由競争こそわが国の信念です。低所得層を助ける措置は必要にしても、人種によって贔屓するのは民主主義社会では許されない」

カルフォルニア大学の入試を例にAAの仕組みを説明すると次のようになる。
まず、入学定員の半分は、純粋にGAP(高校の成績)とSAT(全国共通テスト)の点数だけで決まる。残り半分はテスト点数と作文に、人種、経済条件(家庭の収入)、僻地居住者、心身障害や特殊な才能などを加味して選抜される。この部分がAAだ。普通は女性もAAの対象になる。

人種グループでAAの対象になるのはどこか。まず、足切り点数をクリアした志願者集団を調べる。そこでの人種別比率が州全体の人種別人口比より低いなら、その人種グループはAAの対象になる。ちなみにアジア系は点数が高く、二年前にマイノリティながらAAの対象からはずされた。
入試でのAAとは、要するにマイノリティ受験者の点数にゲタをはかせることだ。例えば、アフリカ系、先住民、メキシコ系ならGPAとSAT合計が六二五〇点あれば自動的に合格。が、白人またはアジア系で、かつ低所得層でなければ、六七五〇点でも不合格になる。大学当局の追跡調査でも、この差は確認されている。在校生の高校時代のGPA平均は白人・アジア系が四・〇に対して、それ以外の人種グループは三・五二しかないのだ(九〇年)。

コナリーのAA廃止論は、今まで白人層にくすぶっていた怨磋を一気に表面化させた。
「AAは白人に対する逆差別です。『自分もマイノリティだったら合格したのに』と思う白人が大勢いた。AAがそんな反感や嫉妬を生んだ、とも言えるでしょうね」
そう言うのは、デービス校で政治学とコンピューターを学ぶテッド・グリーンメン30だ。評議会のAA廃止決定に反発して学生団体が次々に結成されるのを見て、学生団体「AAに反対し平等を求める学生の会」(SAAAE)を結成した。このグループは、インターネット上にホームページを持っている。そこに一日二十から三十通の電子メールが届く。
「よくぞやってくれた」「私たちもAA反対の団体を結成したい」
グリーンメンによると、大半がそんな激励のメール。そのうち八〇%が白人であり、一八%がアジア系からだ、という。
「白人側から『AAは逆差別だ』とはなかなか言いたくても言えなかったんですよ。人種差別主義者、と言われますからね」
本人はギリシャ系白人だ。レストランで働いたのち陸軍に入り、奨学金を得て大学に入った。コナリーと同じように、彼も共和党員である。人種多様性は重要だ、としながらも、選抜の基準に人種は不適当、と断ずる。

それでは、マイノリティへの差別は本当に無くなったのか。

「確かに、四年制大学の学生はマイノリティが多数派になったのも事実。が、大学院生の五八%、教授陣の八五%は今でも白人なんですよ」
表の数字を示しながらそう言うのは、AA賛成派学生団体「行動する多様性の会」(DIA)のハテム・ベイジアン31だ。十八歳で米国にやって来たヨルダン系学生。政治学の博士課程に在籍しつつ、マイノリティ大学院生の支援活動をしている。
「同じ学校を卒業した弁護士でも、アフリカ系と白人では給与がちがう、という調査もある。富や機会へのアクセスに偏りがあるのは誰もが認めることだ」
彼のようなアラブ系はマイノリティの定義にさえ入っていない。AAの恩恵にまったく与れない少数派さえ、まだいるのだ。

AA廃止攻勢の裏には、実はもっと大きな政治的な背景がある。今回の大統領選挙だ。
「九〇年から九二年の間に、この州では百五十万人が失業した。失業問題から白人層の怒りをそらせるには、AAは格好の攻撃材料。猛牛の前で振る赤い布みたいなものです」
バークレー校のトロイ・ダスター教授(社会学)はそう話す。

カルフォルニア州のピート・ウィルソン知事は、共和党。昨年夏まで共和党の大統領候補指名レース出馬を公言していた(その後支持が伸びず断念)。州内北部と南部の経済格差が激しく、足並みが揃わない共和党内白人票をまとめる政策として、AAを含む移民・人種問題は格好の材料にされたわけだ。
AA廃止を決めた大学評議会委員二十四人の顔ぶれは、知事の指名で決まる。ちなみにコナリーはウィルソン知事の熱心な支持者で「六年間に十万ドルを寄付している」(ダスター教授)。コナリーが九三年に評議会委員になったのも、知事の指名によるものだ。

ちなみに、同州は人口三千百万の米国最大の州。三月二十六日の共和党予備選挙では、指名に必要な代議員数九百九十六票のうち百六十三票をしめる大票田だ。ドール上院議員の支持者であるウィルソン知事のとって、予備選挙に向けて党内をまとめるのにAAは最適の材料だった。

ダスター教授が指摘するのは、AA反対論者がAA以前の社会についてまったく無知なまま「AA逆差別論」を唱えていることだ。六〇年代前半まで、カルフォルニア大の新入生十人のうち九人は白人だった。入試では、卒業生の子弟を優遇するオールド・ボーイズクラブ(OB会)と呼ばれるコネ入学が幅を利かせ、白人優位を温存していた。圧倒的な白人優位社会だったのだ。AAは、そこにマイノリティが足がかりを掴むための手段だった。AA攻撃は、地位・人口とも向上したマイノリティへの、保守層・白人層からの反撃なのだ。

(AERA96.3.11)




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