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自宅の地下室が反同性愛運動の本部だった。隣には洗濯機や物置。壁にはライフル銃と合衆国憲法/メイン州ポートランドで



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反ゲイ運動を起こした主婦
かつては革新陣営の十八番だった草の根市民運動を、保守反動勢力が使い始めた。反同性愛運動で全米を震撼させた「フツーのオバさん」のインタビュー


全米のリベラルを震撼させた運動のリーダーにしては、キャロライン・コスビーさん44はあまりに普通の主婦である。運動の本部は、コスビーさんの自宅の地下室、洗濯機の隣だ。彼女の事務机はよく見るとドア板。運動要項を起草したのはキッチンテーブルだ。

「ゲイに特権を与えるな!」
そんなスローガンが彼女の作ったチラシに踊っている。メイン州法には、就職や住居取得などでの差別を禁止する条件が十一ある。性別、人種、宗教、心身障害の有無などだ。ゲイ側はここに自らを加えるよう十年来の運動を展開していた。コスビーさんの運動の狙いは、住民発動で州法を改正してゲイ側を封じ込めることだった。

九十三年一月「心を痛めるメイン州家族」という団体を結成。全米を巻き込む激論のすえ、九十五年十一月に行われた投票で、五十三対四七%で破れた。 「私たちはあちらの十五分の一しか金を使わなかったのに、ここまで追い上げた。全国に議論を起こし、先例を示すこともできた。勝利だと思っています」

米国では、住民発動や住民投票を使って条例を改正し、ゲイの権利を封じ込めようとする動きが遼原の火のように広まっている。先陣を切ったのは九二年のコロラド州(反ゲイ側が勝利)。九四年にオレゴンとアイダホ州が続いた(反ゲイ側が敗北)。六〇・七〇年代は革新側が体制に挑戦する手段として使った住民発動・投票が、今度は保守側の逆襲の武器として使われ始めたわけである。また、信仰の篤い南部や中西部ではなく、比較的リベラルと思われていた北東部のメイン州にまで反ゲイ運動が広まったことも、この「草の根反動運動」の広まりを伺わせる。

「キリスト教右翼など、保守派の全国的な台頭が背景にあるのは議論の余地がない」
ゲイ側の運動を率いた弁護士のパトリシア・ピアードさんはそう指摘する。彼女の団体「メインは差別しない」には組合や医師会、経済団体など三百五十団体が合流。州外からテニス選手のマルチナ・ナブラチロアや歌手のボニー・レイットが応援に来るなどの大がかりな運動を展開。百二十万ドルの資金を注ぎ込んだ。
「同性愛者の人権運動に関わるすべての人にとって、保守派の最近の動きは非常に深刻です。パット・ブキャナンのような人がいる限り心配せずにはいられません」
自らもレズビアンであるピアードさんはそう話す。ゲイ側にとってそれほど重みのある住民投票だったわけだ。

コスビーさんの団体は、キリスト教右翼とは無関係だ。が、コロラドなど他州の運動の活動家や弁護士と連絡を取り、参考にしたことを認めている。また、メイン州の投票のあと、他州の似た団体から問い合わせが相次いでいる、という。草の根反動運動は全米に広まりそうな気配だ。

十七歳で結婚、二人の子どもを育てたコスビーさんは、郵便局職員の夫と暮らす。ベトナム戦争中は前線の兵士を励ますクッキーを焼いていたという筋金入りの保守主義者だ。毎週教会へ通い、銃を持つ権利を固く信じる。住居があるポートランド市の共和党委員長を二年勤めたこともある。典型的な保守的市民といえるだろう。

リベラル側への強い反発があるのはもちろん、自分たちを「ミドル・アメリカ」と呼んで共和党主流派など保守本流にも不信感を抱いているのがこうした人々の特徴だ。コスビーさんは言う。
「ワシントンの保守本流はファミリー・バリューを主張するけど、説教しているだけ。本当の問題と格闘しているのは私たち。言いたい事があるなら、まず表で声を上げろ。民主主義の原則でしょう」
攻める保守に、守る革新。六十年代の公民権運動やベトナム反戦を考えると、攻守が完全に逆転している。

(AERA96.3.11)




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