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テレビでのクリントン大統領を見ていると、確かにいかにも善人そうでついスキャンダルのことを忘れてしまう。



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スキャンダルはなぜクリントンの打撃にならなかったのか
数々のスキャンダルにもかかわらず再選されたクリントン大統領。その背景は?投票直前に分析した記事。意外にも、「候補者の人格」は投票基準としては順位が低い。


アメリカ大統領選挙の投票が十一月五日に迫った。十月二十六日の世論調査で、支持率はクリントン大統領五二%に対して、共和党のボブ・ドール元上院議員はわずか三五%。これでは、九回の裏2アウトでなお二桁の点差のようなものだ。しかも、歴代大統領のうち、在任四年目の夏時点で支持率が五〇%を超えた三人(アイゼンハウアー、ニクソン、レーガン)は、いずれも再選を果たしている。日本時間で六日の午前中には、クリントン大統領が民主党戦後初の二選の栄誉に輝いているだろう。

しかし、振り返ってみると、クリントン大統領ほど「疑惑」が数多く報道された大統領も珍しい。

▽ホワイトウォーター疑惑七八年、クリントン夫妻はアーカンソー州のリゾート開発会社に投資。貯蓄貸付組合(S&L)の経営者夫妻とともに「ホワイトウォーター開発」の経営者となった。後に経営難に陥ったS&L救済にクリントン知事が公的資金投入の便宜を図り、見返りに選挙資金が環流したのではないか、という疑惑。特別検察官が捜査、今年八月にS&L経営者夫妻に有罪判決。不正献金を疑われた銀行家二人は無罪。ヒラリー夫人は証拠隠蔽や連邦大陪審での偽証を疑われている。

▽トラベルゲート疑惑九三年、大統領はホワイトハウス旅行事務所の職員を全員解雇、自分の遠縁の職員や選挙での出入り業者を採用。「身内びいき」と非難される。

▽九三年七月、アーカンソー時代にヒラリー夫人の法律事務所のパートナーだったフォスター・ホワイトハウス次席法律顧問が自殺。

▽FBIファイル疑惑今年六月、ホワイトハウスが政敵の共和党要人多数を含むFBIの個人情報四百八人分を不正に入手した疑惑が浮上。

▽インドネシア献金疑惑今年十月、インドネシアの華僑系財閥が大統領や民主党に数百万ウを献金。見返りに貿易政策で便宜を図った疑いが報道された。

そのほか、九二年の大統領選挙期間中には十二年に及ぶ愛人の存在が発覚。就任後も、アーカンソー州政府の女性職員にセクハラ訴訟まで起こされている。

これだけの疑惑を、ライバルのドール氏が突かないはずがなかった。候補者討論会でも、クリントン大統領を「リーダーの資質に欠ける」と「人格面」で激しく攻撃した。が、支持率で見る限り、クリントン優位は選挙期間中まったく動いていない。なぜだろう。

「第一に、どの『疑惑』も、複雑すぎて有権者が理解できない。理解できたとしても、クリントン本人を直撃するスキャンダルがない。違法行為は何一つ立証されていないし、私腹を肥やすために権力を悪用したわけでもない」
九二年から二年間、クリントン大統領を間近で取材したワシントン・ポスト紙のメアリー・ジョーダン記者はそう分析する。
民主党の人気が無傷とはいえないが、共和党もやっていることは同じ。政治家なら誰でもやっていることで、特に珍しくない。有権者はそう考えている、という。
「確かに、倫理上怪しげな問題ではあります。でも、クリントンが聖職者のような高潔な人間とは誰も最初から思っていませんから」

つまり米国の有権者は政治家にモラルなど最初から期待していない、というわけだ。
これは数字でも裏付けられる。「連邦政府は信用できるか」という九四年の世論調査に「イエス」と答えた人は二二%。反対に「ノー」は七八%にも上った。一九五八年にはイエスが七三%でノーが二三%だったから、完全に逆転している。比率が逆転したのは、ベトナム戦争をめぐって世論が分裂した六〇年代後半。続くウォーターゲート事件でワシントン不信は決定的になった。

「有権者がスキャンダルに寛容になったのではなく、諦めたという方が正確でしょう」
富士総合研究所国際調査部の安井明彦研究員はそう話す。

インドネシア献金疑惑では、ドール陣営も献金を受けていたことが発覚。「目糞、鼻糞を笑う」である。ホワイトウォーター疑惑を追求するケネス・スター特別検察官は、自分が筋金入りの共和党員であると公言している。政界では何が中立公正なのか、有権者にはさっぱり分からない。

「四年前は経済の悪化が現職ブッシュに逆風となり、今回は好景気が自分に追い風になっている。クリントンは実にラッキーだ」
そう指摘するのは、ジャーナリストのデビッド・ハルバースタム氏だ。好景気という「追い風」と、ドール氏の「敵失」が、クリントン大統領を助けている。 「民主党びいきのプレスは、クリントンのスキャンダルに甘い」。ドール陣営はそう批判してきた。が「メディアの権力」「ベスト・アンド・ブライテスト」などの著書でメディアと政府両方を検証してきた氏は、それを否定する。
「ドールはまったくひどい候補者だ。彼が主張する一五%の所得税減税が実現できるなんて、誰も思っちゃいない。それに年寄りすぎる。クリントンにはがっかりだ、だけど替わる候補もいない。有権者はそう考えている」

実は「候補者の人格」はアメリカの有権者の判断基準としては地位が低い。大統領を選ぶ基準として六六%が「政策」を挙げる一方で「人格や価値観」を挙げたのは二二%しかいない(今年十月の世論調査)。雇用、教育、医療、環境。自分の身の回りの暮らしを守る政策を実行してくれるなら、人格は二の次なのだ。

では、女性問題はどうなのか。八八年の大統領選では、民主党の本命候補と見られたゲイリー・ハート上院議員に愛人がいることが発覚、轟々たる非難を浴びて脱落した前例がある。
「ガールフレンドがいたからといって、それでリーダー失格なのか?私生活が公務に影響するのか?まだ答えは出ないが、人々が当時より寛大になったことは確か」
ワシントン・ポスト紙のジョーダン記者はそう話す。

「ケネディやF・ルーズベルト、アイゼンハウアー。かつて名大統領とされた人物にも愛人がいたことが、国民周知の事実となった。女性問題は『ああ、他の大統領でもあったな』という程度だろう」
かつて毎日新聞のワシントン特派員だった宇佐美滋・日本大学教授はそう指摘する。

ワシントンポスト紙のジョーダン記者は、現在は特派員として東京に駐在している。今回の日本の総選挙を取材した経験から、彼女はこの「政策重視」と「人格重視」はもともと日米の選挙スタイルの大きな違いであり、日本の選挙では政策は投票基準としての順位は低い、と分析する。 「米国の有権者はそれぞれ基準となる政策を持っていて、それに合う候補者に投票する。日本の有権者にインタビューしてもそんな話は出ず、国の予算で道路や橋を作ってくれた、というポーク・バレル(ドブ板)の話ばかりだった」

米国では、有権者の七三%が、今回の大統領選挙を「退屈だ」と言っている。その理由は「候補者の質」「選挙キャンペーンの様子」。投票率はこれまで最低の五〇・一%(八八年)を下回る、とさえ危ぶまれている。日本の総選挙の投票率も、五九・六五%で戦後最低だった。

政治家への底なしの絶望、不信感。米国でも日本でも、同じような民主主義の病理現象が進んでいるのではないか。

(AERA96.11.11)




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