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小説家・平野啓一郎
「援助交際なんて文学がわざわざまた書く必要があるんですか?」膨大な資料を調べ、綿密に計算して小説を書く。まるでゲーム・プログラマーのような作家だ。 が、人の感情のひだに分け入ることには抵抗があるようだ。

 



 
 平野啓一郎が芥川賞を受賞した『日蝕』は、妙な読後感を残す小説だ。食後、喉に小骨が刺さっているような感じがする。


 賞選考委員の作家でさえ辞書が必要だったという難解な文体のせいではない。十五世紀末のカトリック世界という、日常生活からかけ離れた物語のせいでもない。二作目の『一月物語』を読んでも、その違和感は大きくなるばかりだった。


 例えば、愛する女に会うため、手負いの主人公が山中を走る場面。女には「眼毒」があり、会えば死ぬと主人公は知っている(『一月物語』)。


 「俺はその時、将にこの命の絶たれんとする刹那、生まれてこの方終ぞ知らなかったような、生の絶対の瞬間を、その純粋な一個の瞬間を生きるのだ」


 理屈で言えばその通りだろうが、これが命も投げ出す恋をした人間の言う科白だろうか。


 平野との会話はぎこちなく始まった。


 まず、芥川賞を受賞した感想は?


 「ほとんど意識しないですね、賞については。環境は変わりましたけど」


 そこで彼は沈黙してしまう。これでは話が続かない。


 「神童」という宣伝文句については?


 「僕の仕事は小説を書き上げるところまでで、どう売るかは出版社の問題ですから。僕に文句言われてもお門違いですね」


 低く小さな声には抑揚がほとんどない。表情は貼り付けたように動かない。


 その平野が俄然雄弁になったのは『日蝕』の「構造」を解説し始めた時だ。


 「まず表面に流れるプロット。次に当時の思想史的な流れを主人公の体験として描いている。さらにストーリーそのものが錬金術の体験である。さらに、村人はギリシャ神話の神々、それも衰弱した神々ってのが重要なんですね……」


 良くも悪くも僕は「意識的な作家」なんです。彼はそう付け加えた。


 ふと、こんな問いが頭に浮かんだ。


 あなたは、狂おしいほどの恋をしたことがありますか?


 「今は……ないですねえ。今、それだと恥ずかしいという思いがあるんです」


 じゃ、怒ったことは?


 「過去十年に二回くらいでしょうか」


 泣いたことは? 表面的にはないです。ワーイと喜ぶような経験は? あんまりないです。感情的になることに抵抗があるんです。カッコ悪い。


 不可解とも思える話が続いた。


 苦労話はするのも聞くのも嫌い。語る行為自体がいかがわしい。味覚のレンジが狭いんです。ステーキもハンバーガーもみんな「おいしい」になっちゃう。


 会話の最後に、冒頭の『一月物語』について繰り返し尋ねてみたら、またしても理屈ばかりが滔々と返ってきた。それこそ、近代的自我の確立を叫びながらファシズムに身を委ねていった明治以降の日本人を暗示しているのです云々、と。


 問いと答えがうまくかみ合わない。この青年は、膨大な知識と語彙を駆使して精緻な物語を組み立てる知性だが、人間の感情を理解し表現することは意外と苦手なんじゃないか。最後まで、そんな疑念を消すことができなかった。

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 ●ひらの・けいいちろう
 1975年 愛知県蒲郡市生まれ。二歳で北九州市に移り、そこで育つ。一歳のとき会社員だった父を亡くす。家族は公務員の母と、姉。
 99年 京都大学法学部卒業。ゼミは政治思想史。大学で中世思想史、キリスト教史、宗教史、ギリシャ思想史など興味の赴くまま乱読。
 「同人誌にでも出すつもり」で『日蝕』の草稿を書き始める。「三田文学」に掲載された文芸誌「新潮」編集長の呼びかけに共鳴、同誌に投稿。このデビュー作がそのまま芥川賞を受賞した。卒業後も京都市に住み作家業に専念している。
 『日蝕』では、史料を求めてパリから旅に出たカトリックの学僧が、南フランスの村で錬金術師に出会う。彼が秘密に育てていた両性具有者が異端審問の結果火あぶりにされる光景を見た主人公が、両性具有者と自分の境界が消えていく神秘体験をする。
 『一月物語』は、明治30年の奈良県十津川村が舞台。山中で道に迷った青年詩人が、僧侶に助けられる。夢でその山寺に隠されている女性の姿を見た主人公は、まだ見たこともないその女性と狂おしい恋に落ちる。

(1999年06月14日)





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