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スタジオの隅の椅子に腰掛けてインタビューに答えるリキテンシュタイン氏。謙虚で威張らない巨匠でした



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ロイ・リキテンシュタイン
ポップアートの巨匠、数少ないインタビュー。現代美術に与えた影響と作品の認知度ではピカソなみ。資料としての貴重さゆえ、インタビュー全文も公開


吹き出しや印刷の網点までコピーした安っぽい漫画。けばけばしい黄や青は、子どもの塗り絵のようにベタ塗りで、色調も陰影もない。「どうです。この絵、あなたは芸術だと言えますか?」。そう言って見る人を挑発しているかのような作品だ。

が、撮影スタジオにちんまり腰掛けたリキテンシュタインには、挑戦的な態度など微塵もない。蜘蛛の糸のような銀髪を後に束ねた老紳士が、柔らかく微笑んでいる。

「私も、こんな絵誰も見向きもしないだろうな、と思っていました。ギャラリーで展示されるなんて、考えてもみなかった」
そう言いながら、この72歳のポップ・アートの巨匠は、私が持参した画集を開き、膨大な作品について解説をしてくれた。嫌がらず、丁寧に。まず、トレードマークともいえる印刷の網点について。
「例えば、ここは赤い粒子と青い粒子が50%ずつですね。そのとき画面はこんな色になる。網点は静的な絵画の世界を数字の世界へと変える。そこがおもしろい」

まるで美術の講義のような理路整然とした語り口は、かつて大学で美術を教えていたためだろう。62年に「漫画」シリーズを世に問うた時は、すでに38歳。大学教師としても正統派の画家としても、技術も名声も確立していた。それなのに、なぜよりによって漫画のコピーを?
「漫画は拡大すれば黒い線と点々の集合でしかない。何にも似てないのに、なぜか女の子の絵に見える。そんな抽象的な性質が好きなんです」

偶然、同じことを考えた人間がいた。ポップアートのもう一人の巨匠A・ウォホールである。漫画「デイック・トレイシー」をカンバスに描いて画商に持ち込んだ彼は、3週間前にリキテンシュタインという先客がいたことを知り、方向転換。コーラ瓶やスープ缶を描き始める。こうして60年代に始まったポップ・アートは、画家なら必ず習得すべしとされた技術を無意味にしてしまった。筆さばき。色調。陰影。形取り。

「私自身、何年もかかって習得したテクニックを捨ててしまうのは、何とも難しく、不安だった。ルネッサンスでも東洋の書道でも、常に筆さばきの名人が画家として尊敬されてきましたから」

生まれ育ったのは、ニューヨークの都心だ。自宅にほど近いメトロポリタン美術館や自然科学史博物館が、遊び場だった。古今東西の芸術作品と、広告やファッションなど商業アートが共存する大都市。それがリキテンシュタインのゆりかごになった。

ピカソ、ダリ、マグリット。後期には初期の自分の作品まで。古今の名作を漫画と同次元で「素材」として絵の中に放り込んでしまう。またある時は、恋愛や戦争といった情緒的な題材を好んで取り上げる。描き方はまるで印刷物のような機械的なのに。この矛盾がおもしろいと思いませんか?と、楽しそうに私の目をのぞき込む。ユーモアをこよなく愛する人なのだ。

では、あなたが今も美術の教授で、もし生徒が漫画の丸写しをして「これは芸術作品だ」と言い始めたら、どうしますか?

「私があの作品を描く前なら、こいつはクレイジーだ、そう思ったでしょうねえ」

「巨匠」は、子どものように愉快そうに声を上げて笑った。


(AERA 96.10.14)

●Roy Lichtenstein
1923年10月27日 ニューヨーク市生まれ。不動産業を営む中流家庭で育つ。
49年 オハイオ州立大学修士課程修了。
57年ー63年 ニューヨーク州立大学などで助教授。
61年 "Look,Mickey"でドナルドダックとミッキーマウスを丸写ししたような作品を制作。
62年 ニューヨークで初の個展。漫画のほか洗剤や冷蔵庫の広告を題材にした作品を発表、大論争を呼ぶ。ウォホールやジャスパー・ジョーンズと並ぶポップ・アートの第一人者に。以後、テーマを決めたシリーズ作品を数多く発表。彫刻や壁画も多数。今も毎日朝10時から夕方6時半まで規則正しくカンバスに向かう。趣味はチェス、テニス、サックス演奏。
62ー64年 「ウォー・コミックス」(戦争漫画)シリーズを発表。
63ー65年 「ガールズ」シリーズ。
64ー69年 「ランドスケープ」(風景)シリーズ。
65ー66年 「ブラッシュストローク」(筆致)シリーズ。
66ー70年 「アール・デコ」シリーズ。
69ー72年 「鏡」シリーズ。
71ー76年 「エンタブラチュア」シリーズ。
72ー76年 「静物」シリーズ。
74ー80年 マグリット、ダリ、マックス・エルンストなどシュールレアリズムや表現主義の名画を題材に。
80年代 本物の絵筆の筆致を使い始める。また、漫画、鏡などそれまでの自分の作品を解体して再び絵に取り入れる。
91ー93年 インテリアを題材にする。
95年 稲盛財団の「京都賞」受賞のため来日、天皇陛下に会う。




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