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さて、ここでは自己宣伝も兼ねて、ぼくが「これから何をしたいのか」を書き記しておこうと思う。というのも、長年の会社勤めでやりたいことの8割をやらないままにしてきたので、やりたいことが貯まって貯まってしょうがなかったのである。ここらへんで一度整理しておかないと、まるで散らかった部屋のように、どこに何があるのか、本人も分からなくなってしまう。
新聞や雑誌出身のジャーナリストは人間の外的世界の探求に軸足を置くものだと思うけれど、ぼくはそれに比べるとはるかに人間の内的世界に興味の対象が移ってしまった。ポピュラー音楽を通じて「日本人の心理的元型とは何か」を問いかけているのも、その一例である。だから、世間一般でいう「ジャーナリスト」の定義では収まりが悪い。このへんが、ぼくという人間の特性をわかりにくくしていると思う。申し訳ないのだけれど。
というわけで「ライター」「ジャーナリスト」「評論家」などなど、名刺にどんな肩書きを入れるのかさんざん考えたのだけど、どれもどうもしっくりこない。「考えたことを字に書いて出版し、収入にする人」としかいいようがない。「著述業」とか「文筆業」ということになるのだろうか。「もの書き」くらいがいい感じだ。
デイリー、ウイークリーで仕事を回していく世界は、もうさんざんやって飽きた。疲れたし、ぼくでなくてはいけない理由は何もない。そういう仕事は、編集部専属のスタッフライターに任せればいいと思う。もう少し期間の長い仕事をしたい。贅沢をいえば、書籍型の仕事に軸足を移したいのだ。(もちろん、それ以外の仕事もどんどんやります!)
ノンフィクション、フィクション、インタビュー、ルポ、エッセイ、コラム、評論など「形式」についてはいくらでも思い浮かんでくるのだが、じゃあテーマは何だと問われると、以下のようなことが思い浮かぶ。
【ノンフィクション・評論】
●ポピュラー音楽を中心にしたポップカルチャー評論
これは仕事にして10年以上も経ってしまったので、今後も関わり続けざるを得ないだろう。ポピュラー音楽は三度のメシより好きなので、ほっておいても書くだろう。最近は日本のポピュラー音楽に関する仕事が多いが、これはあくまで偶然。本当は海外の音楽の方が個人的な趣味である。ニューヨークにも3年住んだし(しかも向こうでバンドをやってバーで演奏したりしていた)、メンフィスやニューオリンズ、ナッシュビルにも足を運んだので、米国の音楽土壌には土地勘がある。台湾や香港のポピュラー文化のルポを書いているので、東アジア圏も書ける。
実は、映画好きも相当なもので、昔はアエラで映画関係の記事も書いていた。音楽のほうが忙しくなって映画は書く機会が減ったのが残念。ダスティン・ホフマン、ジャック・ニコルソン、ジョディ・フォスター、デンゼル・ワシントンなどインタビューしてきた。
●評論の幅を広げたい
ぼくの評論活動はポピュラー音楽から始まったのだが、これもあくまで「自分の一番の得意分野から始めた」というだけにすぎない。音楽はあくまで「人間の内面が現れるわかりやすい表現形式」として取り上げているにすぎず、あくまで考察の対象は「人間の内面」なのである。これを軸足に、どういうふうに領域を広げていくか、展開を練っている。本当は、評論=「わかりにくいことをわかりやすく語ること」「人が気づかない視点を提供すること」だと思うので、活動領域はいくらでもあると思う。
●アメリカ関連
ニューヨークでの大学院生活が2年、駐在記者生活が1年にもなったので、アメリカの取材は政治だろうと経済だろうとカンがついた。あまり知られていないが、ぼくは英検1級を19歳で取ったうえ(自慢しますが)、アメリカの大学院を生き残るくらいの英語力はあるので、リサーチ、アポ取りからインタビューまで全部一人で英語でこなせる。通訳いらずである。これ、意外に効用が認められていないのだが、通訳を介さない取材は、持ち時間が2倍に生かせるうえ、取材先の信頼が違うのだ。よって、本音の部分に斬り込めることは自信がある。また、アメリカを知っているということは、もちろん比較文化論的アプローチもできるということだ。
●国際安全保障論
これは仕事ではほとんど使っていないワザなのだが、ぼくがコロンビアの大学院で専攻したのは軍事問題を中心にした国際安全保障論なのだ。ここには、核問題、在日米軍、テロリズム、戦争とメディア、軍需産業、地政学が含まれる。いちおう修士号を取っているので、ここらへんは集中的に勉強した。修士論文は「アメリカの核戦略と日米同盟」だった。実はアエラでもアメリカの軍需産業のルポを書いたりしている。
●興味が尽きない観察対象である「人間」
突然抽象的な言い方になって恐縮なのだが、ぼくがいちばん興味のあるテーマは何かと言われたら「人間そのもの」ということにしている。「日本人とは何か?」「人間とは何か?」そして最大の興味である「自分とは何か?」というのが実はぼくの終生のテーマなのだ。だから、人物ルポやインタビューが大好きなのです、ぼくは。どんな人間でも(例え商店街の八百屋のオバチャンでも)その人生には必ずストーリーがあって、何か興味をかき立てずにはいられないものがある。ぼくはそう確信している。だから人間を取材するのはとても楽しい。
●そのほか
アエラ時代に集中的に取材したテーマに「オウム真理教」と「医療問題」がある。どちらも組織の都合で十数回の掲載で終わっているのだが、今でも興味が尽きない。もう少し観察を続けたいテーマ。
【若い人に教えること】
マスコミ志望の大学生の作文を添削するボランティアを五年やって、自分がおもしろがっていることに気づいた。若い人に何かを教えることは楽しい。何か教職を探してもいいかなと思うくらいだ。あと、インターネットを使った通信教育のようなことを準備中。
【フィクション】
まだ趣味の領域を出ていないのだけど、小説をチョビチョビと書いている。「人間の内的世界に関心の軸足が移った」と前に書いたが、その関心を突き詰めていったら、小説に入っていった。前からぼくにはずっと成仏しない妄想のようなものが頭の中を回っているような思いがあって、書かないと成仏しないような気がする。まあ、こちらはノンフィクションとちがってまったく素人なので、追々焦らずに書くことにしよう。
(2003.7.1)
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