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それは去年の5月14日の夜のことです。そう、ぼくは日付もはっきりと覚えています。忘れようのない日付なのです。
● その日も、ぼくはベッドに入る前のしばらくをベランダで過ごし、あかりを落として眠りに就きました。一日どたばたと忙しく、疲れが背骨の随までしみこんでいるような、そんな夜でした。 体をマットによこたえ、ふとんをかぶります。カーテンの隙間から見える、ビルの屋上の赤い灯をぼんやりと眺めているうちに、ぼくは深い穴に落ち込んでいくように眠ってしまいました。 そう、なんだか100メートルの空中を落ちていくような、そんな感じでした。 どこかで体がふっと止まったような気がしました。そのままふわふわと宙をただよい、下を行きかう人や車を見ている。そんな感じです。 一体どうなってるんだろう? そう思った瞬間、目の前の光景が突然かわりました。いつの間にかぼくは、どこかの部屋の中にいます。見たこともない部屋です。重厚な木でできた机があり、茶色の革張りのいすがあります。どうやら、誰かの仕事部屋のようです。それにしては、この古びた煉瓦の壁はどうでしょう。この広さはどうでしょう。棚には、東西の高貴な調度品が並んでいます。社長さんかなにか、どうやら誰か社会的地位のとても高い人の部屋に来てしまったようです。
その光の照らす先を目で追って、ぼくははっとしました。部屋の隅に立てたポールの先に掲げられているのは、日の丸の旗ではありませんか。そういえば、床は赤い絨毯で覆われています。この部屋には、なぜか見覚えがあります。 そんな光景を、ぼくは天井近くの宙に漂いながら見ているのです。 一体どこに来てしまったんだろう? なぜぼくはこんなところにいるんだ? さすがのぼくも少々焦りだしました。 机の前に、応接セットがあるのに気づきました。そこに、背広姿の男が座っているではありませんか。 ポマードで固めた男の頭が見えます。眼鏡をかけた男は、ソファに深く座り、両腕を肘掛けに投げ出しています。うつむいているので、顔はよく見えません。でも、全身から力が抜けたようなその様子から、どうやらこの人が暗い感情に沈みこんでいることだけは見て取れます。 ふう、と男はため息をつきました。紺の背広の胸がふくらんでしぼみました。 「ホントはおれ」 ちょっとかん高い男の声がしました。素朴そうな訛りがに聞き覚えがあります。ぼくはあっと声をあげそうになりました。その声は、小渕恵三首相の声だったのです。 小渕さんが脳梗塞で倒れた、というニュースが流れてから、かれこれ1ヶ月以上がたっていました。世間は、現職の首相のまま意識不明になってしまった小渕さんのその後の病状を気づかうより、「首相官邸の危機管理の甘さ」や「後継首相を密室で決めた腹黒い政治家たち」を糾弾したり、その後任になった人の愚鈍さを嘆くことに忙しくなってしまい、入院したままの小渕さんにかんするニュースはだんだん影が薄くなっていたのです。ぼく自身も、ひっこしの後かたづけやらなんやらで、小渕さんのことをすっかり忘れていました。 「ホントはおれ、まだ行きたくないんだよなあ」 うつむいたまま、小渕さんはぽつりと言いました。顔は見えません。でも、ぼくにはわかりました。それは本当にさびしそうで、かなしそうな声でした。 ぼくはなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。心ならずも病気で倒れ、ものも言えないまま病床にしばり付けられることになった小渕さんのことを、世間はすっかり忘れていたのです。まるで子供が遊び飽きたおもちゃを投げ捨てるように、振り返りもせず。 すっと視界が変わりました。ぼくは床の上に降りたようです。足の裏に、堅い床の感触があります。 目の前にあったのは、金色の菊の紋章が赤いベルベットに埋まった丸いバッジでした。そう、国会議員のバッジです。銀の糸を格子に編んだネクタイが鼻先にあります。どうやら、ぼくは小渕さんの胸の前に立っているようです。 背中を誰かが押す感触がありました。小渕さんの腕でした。その腕にぐっと力が入って、ぼくは少し前に倒れるようになりました。頬に、背広の布地があたる感触が来ました。少々脂肪がついておられるのか、自分の顔が、ふわふわとした小渕さんの胸を感じています。 「じゃあね。ありがとね」 ちょっと訛りの入った小渕さんの声がまたしました。それはそれは切ない、かなしげな声でした。 不思議なことでした。ぼくは小渕さんに一度も会ったことがないのに、彼のかなしみがよくわかりました。ぼくも涙をこぼしていたたのかもしれせん。小渕さんとぼくの心がひとつになったような気さえしました。 新聞の写真で見た、小渕さんの娘さんの顔を思い出しました。髪を後ろで束ねた丸顔のその女性は、お父さんの急報を聞いて、留学先のイギリスから急ぎ戻ってこられたとのことでした。かなしみにこわばったようなお顔でした。決して絶世の美女という方ではありませんでしたが、お父さんに似て、なんだか善人そうなお嬢さんです。きっと小渕さんにとって最愛の娘さんだったのでしょう。娘さんの笑顔を見ると、汚泥のような政界の垢が一瞬で清められる。そんな存在だったのかもしれません。 その娘さんとも、小渕さんはお別れしなくてはならないのです。 ぼくも小渕さんの背中に腕を回して力をこめました。乾いた草のような体の匂いがしたような気もしますが、記憶が定かではありません。 そうやって、ぼくと小渕首相は、しばらくお別れの抱擁をかわしていました。 どこからか、ぽんぽんという音が聞こえてきます。 ああ、耳になじみのある音だ。ぼくはそう思いました。 ぽんぽんぽんぽん。 音はだんだん大きくなっていきます。 ぼくは目を開きました。見慣れた寝室のカーテンの隙間から、白い朝の光が射抜いています。 ぽんぽんぽんぽん。 それは近くの隅田川をのぼる、船のエンジンの音でした。 ぼくは体を起こすと、のろのろと台所へと向かいました。頭がまだぼんやりとしていて、たったいま見た光景のことがよく整理できません。 とにかく、熱くて濃いコーヒーを飲もう。そう思いました。 ケトルを火にかけて、しばらくぼんやりと台所に立っていました。 なんて不思議な夢だろう。 どうして小渕さんの夢なんか見たんだろう。 いくら考えてもわかりません。でも、ぼくは小渕さんの声や、抱擁をかわした時の背広の感触をはっきりと覚えているのです。 ケトルが鳴って、ぼくはコーヒーを一杯いれました。ダイニングテーブルに熱いカップを置き、玄関をあけて朝刊を入れます。 テーブルにつき、コーヒーを一口すすり、朝刊の一面に目をやった瞬間、ぼくはああっと叫びました。 「小渕前首相 死去」 そんな見出しがでかでかと踊っていたからです。 ぼくは新聞をひっつかみ、記事をむさぼり読みました。手が少し震えました。 そういえば、昨日は忙しくて、夜のテレビニュースをチェックするのをすっかり忘れていたのです。 43日間、昏睡状態にあった小渕さんは、14日、つまり前の日の午後4時ごろ、呼吸が止まったのだそうです。最後の30分はご家族だけに囲まれて、静かに去っていかれたと新聞は言っていました。 有珠山のこともありあとのことはよろしく頼む、とか言ったとか言わないとか、世間は大騒ぎしていました。でも、倒れてからの小渕さんは、一言も言葉を言えないまま、この世に別れを告げられたのです。 きっと彼が言いたかったことは、有珠山でもなんでもなかったんじゃないか、とぼくは思いました。 まだ行きたくないんだ。まだやらなくちゃいけないことがいっぱいあるんだ。おれは行きたくないんだ。 それが小渕さんが一番言いたかったことじゃないのか。言いたくても言えないそれを言い残すために、ぼくのところに来られたんじゃないか。そう思えました。 ぼくは窓の外を見ました。昼の光に照らされた東京はどこか白々しく、どこかほこりっぽくて、あの少し淫靡な夜の顔を忘れたかのように澄ましています。 紺色のスーツに灰色のネクタイをしめた小渕さんが、夕暮れの東京の空をのぼっていかれる姿を、ぼくは想像してみました。 新宿の高層ビルの向こうに沈む夕日をしばし眺めるくらいの時間はあったのかもしれません。日が落ち、宝石のようなきらめきに包まれた街の姿を愛おしんでおられたのかもしれません。 そして、いよいよ旅立とうという最後の瞬間に、見つけられたのでしょう。 地上100メートルの空中で深い眠りに落ちているぼくを。 こうしてあの小渕さんとの最後の抱擁を思い出しても、ぼくはちっとも怖いという思いがしません。むしろ光栄にさえ感じています。小渕さんはこの世に別れを告げる最期の人間にぼくを選んでくださったのですから。言いたくても言えなかった最期の言葉を、ぼくに託してくださったのですから。 ● 夜が更けました。たったいま、ぼくがこの文を書いている部屋の窓から見えるレインボーブリッジのエメラルド色の明かりが消えました。 雲が低いのでしょう。街の明かりに照らされた空は、明るい紺色に輝いています。 ちょっとだけ、小渕さんがうらやましいような気もします。小渕さんは、生きている間にご覧になったであろう、ありとあらゆるあらゆる醜いこの世のものから、すっかり自由になられたのです。 小渕さん、お立ち寄りありがとうございました。ここに、あなたの最期の言葉を記しました。 いつかまた、必ずお目にかかる日が来るでしょう。 (2001.7.21) |
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