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隔週連載コラム「ずぼらの馬鹿力」No.009〜うがやinニューヨーク・その2
「やっぱり忘れたこともある」
自称「第2の故郷」ニューヨークも、4年も離れているといろいろ忘れていたことに気づく。東京での便利な暮らしに体が慣れてしまっているのだ。ニューヨークは東京に比べると「気の利かない街」である。地下鉄を例にお話しましょう。



ニューヨークへ着いて早々、あれこれヘマをしている。慣れた街だと思っていたが、4年も離れているとやはり細々としたことを忘れている。街の方が変わったということもある。

あまりに初歩的なヘマで我ながら嫌になったのは、地下鉄のプラットホームを間違えたことだ。

アメリカでは地下鉄も右側通行。車と同じである。従ってアップタウン(上り=北行き)とダウンタウン(下り=南行き)のホームが、日本とは完全に反対になる。これをうっかり忘れて料金ゲートをくぐってしまった。目的地とは反対方向へ行く列車が来て(乗る前に気づいただけマシだけど)、呆然とした。

そんなの、連絡通路から反対側のホームへ行けばいいじゃん、と思うあなた。甘い。ニューヨークの地下鉄駅には、反対側のホームへ渡る通路はないのだ。従って、いったん間違えてホームに降りると、もう一度地上に出て道路を渡り、また料金を払ってホームに降りなければいけない。当然、払った料金は無駄になる。「ホームを間違えた。出してくれ」と言おうにも、ホームに駅員がいない。あきらめるしかないのだ。

たまに、反対側ホームへ行く通路があったり、島型ホームで乗り換えができる駅があるのだが、よっぽど乗り慣れていないと分からない。また、そのために反対方向へ3駅も4駅も行かなくてはならないことだってある。そう、とにかく気が利かないのだ。

「トークン」が廃止され、ぜんぶプリペイドカードになったのにはたまげた。トークンというのは、地下鉄とバスでだけ通用する疑似コイン。貧乏くさい真鍮製で、歌舞伎町あたりのスロットマシーンで使うコインと似ている。およそ品質改善とは縁がないと思われたニューヨークの地下鉄にとっては革命的な変化である。

カードにしたのなら自販機で売ればいい、と日本人なら思う。実際、ワシントンの地下鉄は最初からプリペイドカードだし、全部自動販売機である。残額ゼロのカードに点数を書き加えることもできる。

ところが、ニューヨークは違うのだ。防弾ガラスのブースに無愛想なオバチャンがでんと座り、一枚一枚手で売っている。これでコスト削減になるんだろうか。大規模な設備投資をした分、無駄遣いじゃないのかなあ、などと人ごとながら心配になる。

とはいえ、ニューヨークの自動販売機ほど壊滅的なものもない。切手、ジュース、とにかくまともに動く方が珍しい。地下鉄カードで導入したら大混乱になるのだろう。そもそも、路上の自販機というものがない。すぐたたき壊されてコインを持って行かれるからだ。

のぞき窓みたいなスリットから札を差し込むと、ガラスの向こうで、オバチャンがいかにも不慣れです、という手つきで読みとり機と悪戦苦闘している。熱帯魚の水槽でもがく酸欠のチョウチンアンコウみたいだ。市職員の雇用対策なのかよく分からないが、けっこう笑える。

カード制になったどさくさに紛れて、料金が1ドル25セントから1ドル50セントに値上げされたのも初めて知った。さて、ここで問題です。この料金、東京の初乗り170円(わが愛する都営線の場合)に比べて、安いか、高いか?

答え。引き分け。なんと、ニューヨークはどこまで乗ろうと、何回乗り換えようと、ずっと1ドル50セントなのだ。従って、長距離乗るほどおトク。近距離だと損である。

どこまで行っても同じ料金だから、ただ乗り以外はキセルもない。よって電車を降りたら切符を調べられることがない。出口の改札がないのだ。それも忘れていた。列車を降り、改札へ向かうとすぐにポケットを探っている自分に気づいて苦笑した。これは東京の癖だ。

時刻表がないのも忘れていた。電車は実にテキトーに来る。そのため、10分くらい来ないかと思えば、そのあと2、3本ダンゴになって来たりする。それでも、ニューヨーカーは特に文句を言う気配もない。そんなもんだ、と思っている。

ついでに言うと、ニューヨークの地下鉄には「終電」がない。なんと24時間営業なのだ。もちろん午前3、4時くらいになると本数は1時間に1,2本になってしまう。が、それでも辛抱強く待てば必ず来る。ホームには警官がいるので治安も悪くない。タクシーに乗れない貧乏人にとっては、これはありがたい。

思いつくままに挙げてみよう。 吊革がない。握り棒があるのみ。座席にクッションがない。ベンチみたいなプラスチックの椅子だ。お尻が痛い。吊革もクッションもすぐ盗まれてしまうらしい。

「東京の地下鉄はシートにベルベットが張ってある」。93年に当時のディンキンズ市長が東京を訪問したとき(ニューヨークと東京は姉妹都市である)、そう言って驚嘆していたのを覚えている。そのとき彼は「ニューヨークなら4時間で全部盗まれるな」としみじみ言っていた。そんなもん盗んでどうすんじゃ、という気がするのだけど、実際なんでも盗んで売る輩がうようよしていることは事実である。

もうひとつついでに言うと、地下鉄の駅は暑い。地上は16度くらいで肌寒いのに、駅構内は26度くらいあった。冬服で駅に降りると汗がどっと出る。地上に出ると汗がさっと冷える。さっそく風邪を引いた。

駅は湿気もひどいし、ドブみたいに臭い。夏は40度くらいになっていると思う。地下鉄を待つだけで汗だくく。電車がなかなか来ないと頭に来る。冷房の効いた東京の地下鉄の駅を思うと、泣ける。換気なんてぜんぜんないのである。

そういえば、列車を待つ間に駅のキオスクで「ビレッジ・ボイス」紙(ニューヨークの『ぴあ』。ライブやクラブに行くなら、これがないと始まらない)を探したが、どこにも置いてない。電車を降りたあと、ニューススタンドを探し回ったが、やっぱりない。

こちらに住む友人に聞いてやっと謎は解けた。なんと、ビレッジボイスはフリーペーパー(無料)になっていたのだ。4年前は1ドルだった。広告収入だけで賄えるようになったのだ、という。売り物じゃないなら、とキオスクもニューススタンドも置かなくなってしまった。

なんだか、地下鉄の話ばっかりになってしまったが、まあいいでしょう。アメリカ広しといえど、働く人々がアパートに住み、電車で通勤するという東京と同じ条件を持つ都市は、ニューヨークしかないのだから。

(98.10.4)





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