|
|
|
前回の「核兵器のない世界は平和なのか?」に続いて、核兵器について考えてみる。もう少し踏み込む。「核兵器は存在自体が悪なのか?」。これが今回の議題である。 まず、論点を整理しておこう。(1)核兵器を使用することは悪なのか?(2)核兵器を保有することは(あるいは核兵器が存在することは)悪なのか? 簡単な方から答を先に出してしまえば、(1)はイエスである。核兵器を使えば、その破壊力から言って一般市民、つまり非戦闘員が大量に犠牲になることは免れない。また、その大量破壊・大量殺戮こそが核兵器の持つ威力に他ならない。ぼくは、核兵器、通常兵器を問わず非戦闘員の大量殺戮ほど人間を冒涜し、人道を汚すものはないと考えている。よって、核兵器の使用は絶対に容認できない。 さて(2)について論じる前に、予備知識から始める。大量破壊兵器が戦争と国際政治(『戦争は政治の延長である』というのが欧米では定説なので、両者は連続したものと理解していただきたい)の中で重要な地位に登場するのは、戦争に「総力戦」という概念が持ち込まれてからである。 総力戦の最初は、ナポレオン戦争だというのが定説になっている。それまでの戦争は、十字軍にせよ百年戦争にせよ薔薇戦争にせよ、要するに貴族や王侯など支配者同士のケンカであって、一般庶民はあまり関係がなかった。当時は傭兵が戦力の中心であり、市民は兵士として動員されることもなかった。王侯貴族が馬に乗って殺し合いを繰り広げる横で、お百姓がのんびり農作業、なんて光景が普通だったのだ。 ところが、ナポレオン戦争以降、国民を徴兵制で兵士として総動員する、ということが始まった。産業生産施設(工業だけでなく食糧生産も含まれる)も、戦争遂行のために大規模に投入されることになる。文字どおり国の資源すべてを戦争に投入する「総力戦」の時代に入ったのだ。 そうなると、敵にとっては戦闘員以外の市民を殺し、生産施設を破壊しないと敵の戦力を減じることができない。直接正面の戦力(あるいは戦線後方の軍事施設)とはまったく関係のない都市部や生産施設を破壊する軍事的必要性が出てきたのには、こうした背景がある。 人工密集地である都市部や生産施設への無差別爆撃も、こうした文脈から生まれた。そう考えると、核兵器とは、そもそも出自からして一般市民の大量殺戮と一般生産施設の大規模破壊を目的にしていることが分かる。これを使うことが許されるはずがない。 では(2)はどうか。核兵器は、存在自体が悪なのだろうか?百害あって一利なし、有害無益の無用の長物なのだろうか? 先にぼくの答を言ってしまう。ぼくは、この問題にはどうしても答が出ない。「存在自体が悪」とは言い切れないのだ。 実は、ぼくがアメリカの大学院で軍事学(正確にいうと国際安全保障論)を勉強する決心をしたのも、この核兵器に関する疑問にきっちり答を出したい、という動機があった。日本にいる限り、学者だろうと官僚だろうとジャーナリストだろうと、核戦略を実際に組み立てた人間はいないのだから、正確な答えを出せる機会はないだろうと思ったのだ。 大学院ではみっちり勉強した。ちょうど冷戦が終わった直後(92年から94年)だったので、冷戦時代にアメリカの核戦略を政府にアドバイスしていたブレイン級の教授がまだ残っていたのである。 ぼくが行ったコロンビア大学国際関係学科は、さすがに前身が海軍の将校養成所だけあって、とことん実学重視だった。なにせ最初の授業が「核兵器の作り方」である。アメリカからソ連に向けて核攻撃を仕掛けるのに、地上発射ミサイルと、潜水艦発射ミサイルと、爆撃機で投下するのと、どれが一番ソ連本土に到達する確率が高いか、なんて真面目に計算した。デトロイトとレニングラードに××メガトン級の核爆弾が炸裂したとき、被害の程度はどうしたこうした、なんてシュミレーションもやった。 ここで学んだことだが、敵国に一番確実に核兵器を打ち込めるのは潜水艦、特に原子力潜水艦発射型ミサイルである。深海に潜ったまま数カ月浮上しない原子力潜水艦は、居場所を探知されない限り敵に先制攻撃を許さないからだ。地上発射ミサイルのサイロは、だいたい偵察衛星で場所を知られているから、先にミサイルを撃ち込まれたらお陀仏。爆撃機は撃墜される可能性が高い。 この潜水艦、地上発射、爆撃機を核戦略の「三本足」(triad)という。ひとつが欠けても核戦略は成立しない、という意味だ。その中でも最も重要なのは原子力潜水艦である。世界の深海をぐるぐる動き回る潜水艦すべてを探知して先制攻撃を仕掛けるのは不可能に近い。だから、先に核攻撃を仕掛けても、一隻でも核ミサイルを積んだ原潜が生き残れば、仕返しに核ミサイルを撃ち込まれて仕掛けた方も破滅する。これを「第2次攻撃能力」「報復攻撃能力」という。 核ミサイルを積んだ原潜が隠れている限り、敵は報復を恐れて攻撃を仕掛けてこない。つまり、お互いに相手の国民を人質に取った状態になって、戦端を開くことができない。これが「相互確証破壊」(Mutual Assured Destruction=MAD)戦略である。 日本ではMADは「お互いを破壊しつくす戦力を持つことによって戦争を回避する戦略」と誤解されている。「恐怖の均衡」というネガティブなニックネームが流布しているのも、そのためだ。が、実はMADとは核戦争を始めないための戦略なのだ。誠に矛盾に満ちた、皮肉な話ではあるが(ついでにもうひとつ日本人によくある誤解を指摘しておくと『バランス・オブ・パワー』という概念は核戦略以前にも存在した。これは19世紀ヨーロッパの多国間紛争の中で生まれた外交用語である)。 さて、ここで重要な歴史的事実を提示する。1945年8月15日以降53年間、核兵器保有国(主にアメリカ、ソ連・ロシア、フランス、イギリス、中国を指す。最近はイスラエル、インド、パキスタンも加わった。南アフリカは『作ったけど捨てました』と言っている)同士の全面戦争(総力戦)は一度もない、ということだ。 これは驚嘆すべき事実である。なにせ、20世紀前半の50年の間に、上記のうち5カ国は破壊につぐ破壊、殺戮につぐ殺戮の血みどろの全面戦争を2回も繰り返しているのだ。それが後半50年には(今のところ)一度もない。 それどころか、人類の歴史を全部ひっくり返してみても、いわゆる「大国」がこれほど全面戦争をやらなかった時代というのは極めて特異だ。19世紀から20世紀初頭のヨーロッパ(日清戦争、日露戦争を含めると東アジアも)が、列強間の戦争に次ぐ戦争の時代であったことを思い出してほしい。 では、1945年以降の半世紀と、それまでの人類の歴史で、何が違うのだろうか。ぼくはそれを考えていくうちに、どうしても「核兵器の存在」を無視できないことに気がついた。 もちろん、核保有国の間での「代理戦争」はこの半世紀の間にもあった。大きな例は朝鮮戦争とベトナム戦争だ。が、なぜ朝鮮戦争もベトナム戦争も「代理」戦争だったのだろうか。なぜ核保有国は直接参戦しなかったのだろうか。 よく考えてほしい。朝鮮戦争の末期に中華人民共和国の義勇軍が参戦したとき、国連軍のマッカーサー司令官が中国本土への核攻撃を主張してトルーマン大統領に解任されたのは有名な話だ。これは、明らかにアメリカが中国との全面核戦争を望んでいなかった(当時は中国は核保有国ではなかったけれど)ことの証左ではないか。 もうひとつ、核戦争の瀬戸際事件として語られることの多いキューバ危機はどうか。日本ではケネディ大統領の指導者としての資質の高さを示す「美談」としてしか語られていないが、もし米ソ双方に核兵器が存在しなければ、ケネディはそれでも武力衝突を回避しただろうか。そうではあるまい。そして、武力衝突になれば、米ソ間で全面戦争になったことは容易に想像できる。要するに、核兵器の破壊力の大きさがケネディの(そしてフルチショフも)判断を慎重にさせたのである。全人類を道連れに破滅してしまうリスクがあればこそ、両国は慎重に武力衝突を避けたのである。 この二例が教える教訓は、核兵器はその破壊力のけた外れの大きさゆえに「使えない兵器」になってしまった、ということだ。これも、誠に皮肉な、矛盾に満ちた、笑える話である。そして、核兵器が「使えない兵器」であることは、少なくともアメリカの政策立案者(常軌を逸した狂信的タカ派を除く)の間では常識になっている。 使えない兵器になった核兵器は、その破壊力ゆえの心理的威力だけが残った。「核保有国に攻撃を仕掛ければ、とんでもない仕返しをされる」という恐怖が、攻撃を思いとどまらせる、というわけだ。ここでも、攻撃を仕掛ける側が、自国の国民を人質に取られた状態に陥ってしまうわけである。これが核兵器の「抑止力」だ。 つまり、キューバ危機によって、核兵器の抑止力は全面戦争回避に有効です、という事実が歴史的に証明されてしまったのである。日本のマスコミが好きなケネディの指導者としての高い資質うんぬん、なんてのはどうでもいい話だ(もしかしたら、核兵器の抑止力を認めたがらない日本のマスメディアが意図的に無視しているのかもしれないけれど)。 もちろん、この半世紀に全面戦争が起きなかった理由は、他にもいくらでも挙げることができる。マスコミュニケーションが発達して、お互いの情報が行き交うようになったから、誤解や偏見、無知のレベルが下がった。先進国の富の源泉が重化学工業から金融、情報、ハイテク産業に移ったから、武力で領土拡張しても意味がない(つまり地下資源、土地、人口を増やしても国富はあまり増えない。ただし、石油だけは今でも例外)。平和に交易した方がお互いの利益になる。 だが、なんだかんだ言っても、戦争なんてつまるところ国単位のケンカにすぎない。理性の世界ではない。力と力のぶつかり合いである。殺し合いなのである。そこで最終判断を迫られた政策決定者が最後に考えるのは「手を出したら、こっちも殺られる」というある種「野蛮なリスク」ではないのか。 そう考えると、核兵器の持つ抑止力が平和に貢献したとは、まったく、全然、完璧に言えないのだろうか。日本が経済的繁栄を成し遂げたこの平和な50年間にまったく全面戦争がなかったのは、核抑止のおかげではない、と完全に否定できるだろうか。 念のために言っておくと、冷戦下の東アジアは中国、ソ連、北朝鮮という共産圏の親玉および武闘派がひしめいていた地域であり、決して「治安の良い界隈」ではなかったのである。冷戦下の米軍の世界戦争のシナリオが、常に「欧州・中近東・東アジアでの同時戦争」を想定していたことからも、それは分かる。もちろん、日本人が認識していたかどうかは別として。 特に、ウラジオストックから日本海・太平洋に抜ける海のルートは、ソ連にとって唯一の、いいですか、唯一ですよ、冬でも凍らず、敵国に海上封鎖をされずに外洋に出ることのできる通路である。前述した核ミサイル搭載潜水艦の戦略的重要性を考えると、ソ連にとって日本がいかに邪魔な国であるか、すぐ分かるはずだ。 (注)核攻撃力を持つソ連の主力艦隊は(1)バルト海(2)黒海(3)太平洋=ウラジオストック(4)北極海沿岸にいた。地図を開けばすぐ分かるように、(1)も(2)も、敵国に挟まれた海峡で外洋への出口を邪魔されている。(4)はいつも氷に閉ざされている。「世界で一番やりたくないのはソ連海軍の司令官」とは、軍事関係者の間では有名なジョークである。 そう考えると、日本の核兵器外交の矛盾、ジレンマがすぐ馬脚を現す。アメリカの核抑止力によって守られ、経済的繁栄を達成できた(日米安保条約がある限り今もアメリカの核抑止力によって守られている)日本は、アメリカの核戦略に正面から異議を唱える資格がない。これは断言してもいい。絶対にない。フランスやインド、パキスタンの核実験に猛烈に抗議した日本政府が、アメリカの核実験にはへなへなの腰砕けになるのは、まったく笑えるくらい馬鹿正直な姿なのである。最初から矛盾しているから、どうあがいても滑稽な姿になるのだ。 さて、結論に移ろう。正直に言うと、ぼくは核兵器というものに生理的な嫌悪感を捨てられない。大量破壊・大量殺戮だけを目的に生まれた道具。それが存在することに、どうしても「気持ち悪さ」を感じてしまう。この大量破壊兵器が守ってくれている平和というものに、どうしても違和感を持ってしまう。 かつてアメリカで海軍基地を見学したとき、核弾頭を装着できる魚雷を見せてもらったことがある。暗い海底に潜む、目のない深海魚のような奇怪な姿だった。原子力潜水艦も見た。シロナガスクジラのように巨大な船体のお尻の部分に、核ミサイルの発射口が8個並んでいた。全人類を破滅させうる道具である。その姿は、どう見てもグロテスクだった。仏教的な言葉で言えば「不吉」以外の何ものでもなかった。 が、いまぼくがのんびりとたばこを吸いながらパソコンを叩いているこの平和な瞬間は、このグロテスクで不吉な道具が生み出していることも、事実として否定のしようがない。核抑止のない環境下で敵国と接している台湾の若者は、20歳から2年間、徴兵に行かなければならない。ぼくはその2年を思う存分自分のために費すことができた。 核兵器の存在しない旧ユーゴやカンボジアで、獣のような(などと言っては獣に失礼かもしれない)殺戮と破壊が繰り広げられたことは前回書いた。不吉な道具がない場所には、血みどろの殺戮。不吉な道具が足元に眠る国には、平和。いまぼくが手にしている平和なんて、こんなにも矛盾に満ちた、グロテスクな代物でしかないのだ。 (98.9.26) |
| |
| Copyright(C) 1997 Hiromichi UGAYA. |