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今の日本で、これを言うと人格を疑われる、というタブーがある。今から、そのタブーを侵してみようと思う。核兵器問題である。 ぼくは考える。核兵器のない世界が実現したとする。その世界は本当に「平和」なのだろうか? 毎年、8月になると日本のマスメディアは大々的な「核廃絶」キャンペーンを展開する。特にぼくの雇用者である朝日新聞社は熱心だ。例えば、98年7月29日付け朝刊18面で、「被爆国から・核兵器廃絶への道」という全面の特集記事が組まれている。「核兵器廃絶の道」というのは朝日新聞が掲げるキャンペーン標語だ。 ぼくの同僚たちも、毎年夏が近づくと「核取材班」というのを社会、政治、外報など各部の混成部隊で編成して専従で取材にあたる。部ごとのセクショナリズム、縄張り争いが大好きな朝日新聞社も、このときばかりは一時休戦。特例扱いの大キャンペーンなのである。 やはり朝日新聞の紙面でいえば、全国各地の高校生や中学生が、核兵器廃絶を目指して討論会を開いたり折り鶴を折ったりする姿が、1ページ全面のグラフ特集で取り上げられていたのを読んだ。核廃絶の他の何で、高校生の集団折り紙が全面ぶち抜きの特集記事になるだろう。その標語がまた「核兵器のない平和な世界を」なのである。錦の御旗、水戸黄門の印篭級のビッグな神通力ではないか。 では、その標語が言うとおり、核兵器のない世界が実現したとする。その世界は本当に平和なのだろうか? ぼくの手元に「東京大空襲秘録写真集」という本がある。発行は1953年8月15日。敗戦からちょうど8年目である。警視庁写真部の石川光陽という人物が、45年3月、5月の東京空襲の惨状を八王子から江東まで歩き回って収めた写真集だ。 もう紙が黄ばんだこの本は、ぼくの祖母の家にあった。まだ中学生のころだったように思う。一読して、あまりのむごさに、本棚の前で体が凍り付いたのを覚えている。なぜ今ぼくの手元にあるのか分からない。たぶん黙って持ってきてしまったのだ。それほど、強烈な本なのだ。 火を逃れて飛び込み、溺死した人々(川面を火炎が舐めるから、水面から顔を出せない)がぼろ雑巾のように川面に漂っている写真は、いつもぼくが通勤で通る墨田区菊川の運河だ。コギャルやチーマーが闊歩する渋谷は焼死体の山である。かつては生きた人間だった炭人形が路上に散乱している。今ではきれいなお姉さんたちがしゃれた喫茶店でアプリコットタルトなんぞ喰っている青山に、生焼けの死体が丸太のようにごろごろ積んであったりする。 撮影者の石川氏は「撮影者のことば」でこう記している。「広島や長崎の原爆の惨状は大きく取り扱われているが、東京空襲の凄惨苛烈の情景はまだ発表されていない」。これが、敗戦後8年目に写真を公開した理由だ、と同氏は記している。 石川氏が案じた「広島・長崎」と「東京大空襲」のパブリシティ落差は、現在も続いている。いや、それどころか、ますますひどくなっている。 新聞を開いてみるといい。3月や5月の東京大空襲の記事は「都内版」(つまり東京都内に住んでいる人しか読まないページ)の隅に「慰霊祭が行われました」と載る程度。「ヒロシマ・ナガサキ」(わざとカタカナで書こう)の扱いの大きさは、もうくり返すまでもないだろう。 東京大空襲では、十数万人が死んだ。広島では14万人、長崎では7万人(プラスマイナス1万人)である。数字だけ見ても、被害の大きさに、それほどの大差があるのだろうか。 いや、犠牲者の数比べなんか、どうでもいい。ある日、突然自分の家の上に爆弾が落ちてきて、体をばらばらに裂かれる。下敷きになってつぶされる。生きたまま炎に焼かれる。家を失う。愛する家族を奪われる。そんな悲惨な一般市民(非戦闘員)の犠牲者が万単位で出るという残酷さに、どんな差があるのだろうか。 よく考えてみよう。ここで問題にすべきは、殺戮に使われたのが原爆という核兵器か、それともナパーム弾や焼夷弾という通常兵器か、という区別ではない。非戦闘員の大量虐殺こそが残酷で非人間的なのだ。理由もなく殺される人々とその家族にすれば、それが核兵器なのか通常兵器なのかなんて、何の違いもないに決まっている。 広島・長崎と東京大空襲のパブリシティ落差に限らず、ぼくは、いまの日本人は「非人道的な残虐行為」というものに鈍感だと思っている。それも、致命的なほど鈍感だと思っている。「鈍感」というのは、想像力が欠けている、ということだ。 例えば、旧ユーゴスラビアの内戦では、20万人以上が犠牲になった。ここでは核兵器はただの一回も使われていない。一人一人、大砲で吹き飛ばし、銃で撃ち、斧で頭を割り、生きたままガソリンをかけて焼き、ナイフで鼻や指や腕を切り落として殺したのである。飛行機からたった一発の核爆弾を落とすことに比べれば、まったくマニュアルな、執念深い、「地道な」作業によって広島・長崎に匹敵する人数を殺戮したのである。 この残虐非道な殺戮に、日本のマスメディアは、いや日本人は何か怒りの声を上げただろうか。 そこで思い出す。今年の夏にインドとパキスタンが核実験を行ったときのことだ。山のような人々が東京のインド・パキスタン大使館前に押しかけ、座り込みやデモをした。もちろん広島や長崎でも抗議行動があった。 が、よく考えてみればいい。インドもパキスタンも、核実験によってたった一人の人間も殺していないのである。いいですか、たったの一人も、ですよ。一人も死ななかった核実験にこれほど怒る国民が、なぜ20万人が死んだユーゴ内戦には、完璧なほどまったくなんの関心も注意も払わなかったのか。ぼくにはさっぱり分からない。 フランスがムルロア環礁で核実験を実施したのは、ついこのあいだのことだ。あの時、日本人はワインやフレンチ・ブランドグッズをボイコットするとさんざん息巻いた。それは結構である。自らの平和哲学に反するものには、怒ればよいのだ。 が、そのあとがいけない。すぐ忘れてしまった。覚えているだろうか。あのあと、日本では「ワインブーム」というのが起きて、みなさんたちまりレストランへ走り、高級フランスワインを堪能されたのである。身に覚えはありませんか?あのとき、ソムリエだとかワイン評論家の皆さんがどれほどもてはやされたか、思い出してみればいい。(ワインブームなんて過去の話だとばかり思ってここまで書いたら、今週の『週刊朝日』がワイン特集をカラーグラビアでやっているのを見てひっくり返ってしまった) 本当にフランスの核実験が自らの国民的哲学に反すると思うのなら、情報誌だろうがグルメ雑誌だろうが、ワイン特集なんて一斉に自粛すればいいのだ。そのへん、昭和天皇が「崩御」したとき、日本のマスメディアは立派な「業績」を見せたのだから。 別に「フランスワインを飲むのはやめましょう」なんてキャンペーンを張らなくてもいい。「フランス製品ボイコット」と言った舌の根も乾かぬうちに、今度は「フランスワインの歴史的豊かさ」だとかなんだとかを喧伝する。その無神経さがぼくには信じられないのだ。 フランスの核実験に抗議したことの根本には、核兵器で虐殺された人々を悼む心があったのではないか。それなら、あのワインブームは虐殺犠牲者への冒涜も甚だしい。犠牲者の皆さんがフランス料理店に化けて出ないのが不思議なくらいである。 みっともない。国際的恥さらしである。あんな見苦しい変節をするくらいなら、最初からフランスワインをボイコットだ、なんてええカッコをしなければいいのだ。 もしボイコットするなら、フランスが「参りました。悪うございました」とネを上げるまで執念深く続けなくては駄目だ。哲学というのはそういう透徹した行為でしか現わせないし、まして他人(他国)に理解されることはない。これだけは譲れない、というガンコな態度で見せるしかないのだ。 こういう無神経で見苦しい変節に、ぼくはどうしようもなく「偽善」の腐臭を嗅いでしまう。「残酷」とか「非人道」への想像力の欠如を感じて嫌になる。人命や人道への鈍感さのあまりにグロテスクな姿に、吐き気がする。 ユーゴ問題は日本人の関心が低い、とよく言われる。ぼくの仕事先の上司もよくそんなことを言っていた。それは、まったくその通りそうだろう。それが現実の日本人なのだ。 しかし、罪もない一般市民が大量虐殺される残酷・非道に、ユーゴ人も日本人もあったものだろうか。人道が世界共通の普遍的な価値であるように、非人道も人間すべてへの挑戦であり、冒涜ではないのか。地球のどこかでぼくやあなたと同じ人間が虐殺されている、というだけで、それはあなたやぼく自身への冒涜ではないのか。 ユーゴだけではない。ルワンダの内戦の時はどうだったのか。湾岸戦争の時には、アメリカ主導の多国籍軍がイラクの一般市民を殺すのに、なにか抗議をしたのか。怒りの声を上げたのか。イラン・イラク戦争の時は?アフガニスタン内戦の時は?国民の3分の1が殺されたカンボジアの虐殺は? 断っておくが、ぼくは日本人が残虐や非人道そのものに無関心な「冷血な民族」だとか、そんなふうには思わない。阪神大震災の犠牲者の悲惨を目の前にして、奮闘した立派な人々がたくさんいる。それも知っている。 そう考えると、日本人が怒るのは「その残酷さ・非人道性に想像が及ぶもの」に限られているのが分かってくる。自分と同じ日本人が、同じ日本の街で殺戮された広島・長崎は、マスメディアの大量報道もあって、その残酷さに現在も思いが及ぶのである。 だから、報道量が少ない東京大空襲になると、もう力つきてしまう。同じ日本人が犠牲者でもそうなのだから、ユーゴ内戦なんて、もう全然だめ。話にならない。(逆にいえば、マスメディアがちゃんと情報を与えて、その残虐さに想像力が及ぶようにしてあげれば、もっと世界の虐殺に関心を寄せる日本人も増えるのではないかと思う。) ここでもうひとつ、重要な事実を提示しておく。1945年8月9日の翌日から今日に至るまで、核兵器は一人の人間も殺していない、ということだ(核実験の影響で病死した人間のことはここでは論じない。戦争状態中に核兵器で殺された人間、という意味である)。 つまり、第2次世界大戦が終わって以降、非人道的な虐殺はすべて通常兵器によって行われたのである。いいですか、すべて、ですよ。さらに踏み込んで言えば、全人類の歴史の中で、たった2回を除いて、すべての虐殺・殺戮は通常兵器によって行われたのである(ここでは化学・生物兵器も通常兵器に含める。通常兵器とは非核兵器のこととしておく)。 旧ユーゴには一発の核兵器もなかった。なのに、モスレム人もセルビア人もクロアチア人も、熱心かつ丹念に20万人を殺した。ルワンダもそうだ。カンボジアもそうだ。イラン・イラク戦争もそうだ。みんな、アソールト・ライフルや野砲やナイフや斧や、挙げ句の果てはそこらへんの石や棍棒で殺し合ったたのである。 そう考えると「核兵器のない世界は平和だ」などというスローガンが、馬鹿馬鹿しいほど呑気でおめでたく、虚しい嘘であることはすぐ分かる。ユーゴ内戦の悲劇も、カンボジアの虐殺も、核兵器の存在とは何の関係もないではないか。核兵器がなくたって、人間と人間の間に憎悪と不信と無理解がある限り、殺戮と破壊は止むことがないのだ。 「核兵器のない世界は平和だ」。この嘘は罪が重い。なぜなら、善人ぶってつく嘘、つまり偽善だからである。なぜこんなに見え透いた偽善をマスメディアが堂々と唱えるのか、ぼくにはさっぱり分からない。 (98.9.22) |
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