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隔週連載コラム「ずぼらの馬鹿力」No.004
「ぼくが死んだその後に」
縁起でもない話で恐縮だが、今回は「死」について話そうと思う。なぜなら、「死」は少年のときからの友だちのように頭から去らないから。ぼくが死をどうとらえているか話せば、なぜぼくが文章を書くのが好きなのかも、分かってもらえるかもしれない。

 

 

たばこが好きだ。今も、たばこを吸いながらこの原稿を書いている。墓石のような切り口に火をつけ、ふうと吸い込み、白い煙が昇っていくのを眺める。どこかで読んだ話によると、たばこを1本吸うごとに、寿命は5分ずつ縮んでいくそうだ。ぼくの5分の命が、白い煙となって消えていく。後に残る白い灰。外では雨の降る音がする。

劇作家の寺山修司がどこかで書いていた。「ぼくらは不完全な死体として生まれ、一日一日完全な死体へと近づいている」。

「不完全な死体」として生きているぼく。この表現はなかなか好きだ。毎日毎日、時計の針は必ず回る。ぼくは、完全な死体へと刻々と近づいている。あまつさえ、たばこを吸っては「死体」への歩みを早めている。

そう、たばこを吸ってくつろいでいる時も、ぼくは自分が死ぬ日のことを考えている。変なヤツである。だが、ぼくはずっとこうなのだ。子供のころから、ずっと自分の死のことを意識し続けている。頭のどこか片隅で、お前は明日死ぬかもしれない、と囁く声が聞こえる。それがぼくなのだ。

別に早く死にたいと思っているのではない。生きているとくだらないことも多いけど、楽しいこともけっこうある。死んでいるよりは生きている方が楽しそうだ、と(いまのところは)思う。やりたいこともまだまだたくさんある。また、死が怖くないというわけでもない。死ぬのは怖い。痛そうだ。できるだけ長生きがしたい。

そうした好悪は別にして、死はいつもぼくの脳の片隅にうずくまっているのだ。もちろん、仕事をしている時とか、ふだんは視界から外れている。それでも、まったく意識から消し去ることができない。ふと気を緩めた時には、「やあ」と手を挙げて「死」がぼくの視界に戻ってくる。

こうなったきっかけを、ぼくはよく覚えている。キリスト教の影響である。なぜなのか今では理由をどうしても思い出せないのだが、ぼくは中学時代にキリスト教に傾倒していた。通っていたミッション系の中学で毎朝礼拝をするだけでは飽きたらず、日曜には自宅近くの教会にも通っていた。プロテスタント系の小さな教会だった。

そこの牧師が変わった男だった。「あなたの罪を悔い改めなさい」。これはキリスト教を伝道する人間なら必ず言うことなので、ここまではいい。が、その牧師は後に必ずこう付け加えたのだ。「だって、あなた方は明日死んで神様の前に出なくてはいけないかもしれないのだから」。

これは、当時のぼくにとって相当説得力のある話だった。ぼくが育った場所は、京都・金閣寺の門前だ。家の前は観光道路で、昼夜分かたず車がびゅんびゅん走っていた。片側1車線の狭い道路を、市営バスが3系統も行き交っていたのである。だから、道で車にはねられた犬やネコの死体を見ることはしょっちゅうだったし、小学校でも「交通安全教育」の名の下に事故死への恐怖をさんざん吹き込まれた。ぼくが毎日を送った世界は、自宅前の歩道から車道へ一歩踏み出すだけで、確実に命を落とすような環境だったのだ。今思うと、小学生の子供にさえ「死」は隣り合わせの存在だった。

そこへ、あの牧師は烏賀陽少年にこう吹き込んだのである。「あなたの明日の命は分からない。明日死んでもおかしくない」と。やがてぼくの興味はロックや女の子の方に移り、教会にも行かなくなった。が、この「死」に関する刷り込みだけは、その後も消えなかった。

死んだら、どうなるのだろう。キリスト教から遠ざかって以降、ぼくは特定の信仰を持たない(厳密な意味での無神論者でもないのだが、ここでは書いている余裕がないので割愛する)。だから、純宗教的な「死後の世界」の解釈には、あまり関心がない。地獄や天国があるのかないのか、死んだことがないので分からない。死んだあとで分かったところで、その時はもう手遅れなので、生きているうちから考えてもしょうがない。

勤勉、謙虚、人道、博愛、良心、質素、寛容、誠意、正直、命あるものへの敬意。そんな基本的なモラルさえ守って生きていけばいいのだ。いざ死んでみたらやっぱり神様はいて、地獄行きか天国行きか審判を受けることになった。そんな事態になっても、恥じることも恐れることもない。堂々と神様の前に歩み出ればよいのだ。「悪いことをすると地獄へ落ちますよ」と脅されてしかモラルが守れないのなら、その人は最初から偽善者である。

宗教の話はさておき、合理主義の枠内だけで考えても、ひとつだけ確実なことがある。死ねば、ぼくの肉体は消滅する、ということだ。でも、本当に「消滅」するのだろうか。「存在」が「無」に帰するのだろうか。

そんなことはない、と思う。

僕の体の大半は、炭素と酸素と水素と窒素でできている。このC、O、H、Nが寄り集まって分子になり、分子が集まって細胞になり、細胞が集まって体になる。僕の体なんて、結局突き詰めればこの原子の粒々の集合体でしかないのだ。

ぼくが死んだら、ぼくの体にあった原子を追跡できるよう、マーキングができたらおもしろいのにな、とよく考える。

死んだら、ぼくの体は荼毘に伏され、体の一部だったC・O・H・Nは煙となって空に立ち昇るだろう。しばらく空を漂ったあと、雲になりそして雨になってもう一度地上に降りてくる。地表を流れ川に流れ込み、海に入ってプランクトンや魚に喰われ、その体になるのかもしれない。それとも、大地に染み込んで植物の根に吸われ、葉や茎の一部になるかもしれない。それを食べたウシやウマの一部になるのかもしれない。

マーキングがしてあれば、焼き肉屋で出たカルビの中にぼくの体の一部だった原子が入っていることが分かって遺族がびっくり、なんて愉快(?)なことがおきるかもしれない。

そう考えると、ぼくという人間の肉体が消滅しても、僕のC・O・H・Nは消滅することなくずっと旅を続ける。やがて最後は、地面になり岩になり地球になり、また宇宙の一部へと帰る。「輪廻」。そんな言葉が頭に浮かぶ。

ぼくは、死んだら遺灰を京都の北山にばらまいてもらうのが夢である。ぼくの体の一部は、北山杉になって、愛する故郷の街を見守るのだ。また別の一部は加茂川を流れ降りて、しばし故郷の川辺の風景を眺めるかもしれない。これはなかなか素敵だ。

さて、肉体が原子になって宇宙の旅ををくり返すのなら、精神はどうなるのだろう。これもよく分からない。本当に消滅して「無」になってしまうのかもしれないし、何か霊魂みたいなものになるのかもしれない。

ひとつだけ確かなことは、ぼくが死んでも、書いた文章は後に残るということだ。ぼくが死んでも、国会図書館へ行って「アエラ」を開いてもらえれば、×年×月×日にぼくが考えた精神の痕跡はそこにある。「うがやジャーナル」でもいい(誰かがぼくの代わりにソネットにカネを払い続けないとダメだけど)。

これもなかなか素敵なことだ。「文章を書く」ということは、ぼくの精神が「永遠の命」(ちょっと大げさだけど)を得る営みなのだから。だから、たとえぼくが明日死んでも、悲しまないでほしい。ぼくは、ずっとそこにいる。

そんなわけで、ぼくはいつも遺書みたいなつもりで文章を書いている。明日死んでこれが絶筆になっても恥ずかしくないよう、ひとつひとつ精魂込めて書く。ぼくの精神が永遠の命を得るんだから、と思って文字どおり必死で書く。

だからこそ、文章を書くのは楽しい。だからこそ、人生を賭ける価値がある。そう思う。

ぼくが死んでも、ぼくの一部が後に残る。そう、まるで子供を生み育てるみたいな作業だ。そういえば、ぼくが書いた文章はすべからく自分の「子供」みたいに思える。出来の良い優秀なのもいれば、グレたようなのもいる。でも、みんなかわいい。ぼくには子供はいないけれど、自分の子供が学芸会に出ているのを見る親の気持ちって、書いた文章が出版物に載ったときのぼくの気持ちに似いているんじゃないかと思う。

この文章を書いているうちに、たばこを7本吸った。35分、ぼくはまた「完全な死体」に近づいた。外はまだ雨が降っている。いま、地面に落ちるあの雨粒は、誰の体の一部を運んでいるのだろう。

(98.7.31)






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