![]() ニューヨーカーはイヌが好きだ。雪の日でもイヌの散歩だけは欠かさない(セントラルパークで) |
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「アホンダラ、なにチンタラしてやがんだ!」 5分ほど前に、ウエストサイドの50丁目で黄色いタクシーを拾った。マンハッタンを横切った反対側のイーストサイドに取材の用事があったのだ。 マンハッタンを東西に横切る交通を、クロスタウン・トラフィックという。地下鉄があちこちに走って便利そうに見えるマンハッタンも、東西方向だけは盲点のように交通機関がない。バスに乗るかタクシーを拾うかしかない。 「ホワッツ・ザ・ファッキン・マター・ウイズ・ユー!(なにやってんだ、てめえ!)」 運ちゃんは大声をあげながら、どかどかとハンドルを叩いている。 やれやれ。ぼくはため息をついてシートに身を沈めた。運転手のオッサンの野太い声ががんがんあたって、運転席と後部座席を仕切る透明の防弾シールドが震えているみたいだ。 腕時計は午後5時を回っている。約束には間に合わない。 夕方のクロス・タウン・トラフィックほど最低なものはない。あらゆるストリートが車であふれかえり、ぴくりとも動かなくなるのだ。 歩いた方が早かったかもしれないな。 ぼくは止まったまま動かないタクシーの窓から、すたすたと歩き去る人々をぼんやりと眺めている。 運ちゃんは中近東系らしい。アリなんとかという名前のピンクの免許証が防弾シールドに張りつけてある。 そのとき、のろのろと交差点を渡っていたタクシーががくんと急ブレーキをかけた。 「マザーファッカー!」 運ちゃんはハンドルをくるくる回して窓を開けると、隣の車に怒鳴っている。その視線の先を見ると、銀色のレクサスの運転席でブルーネットの姉ちゃんがなにやらわめき散らしている。どうやら信号が赤に変わりそうになって慌てて割り込んできたらしい。 「まったく、どうしようもねえマザーファッカーだ!」 窓を閉じると、運ちゃんはハンドルをぴしゃぴしゃと叩きながら言った。ムフー、ムフーと鼻息の音が聞こえる。 ぼくの頭に、ひらめくものがあった。 「あの、失礼ですけど」 ぼくは防弾シールドの小窓から運転席に頭を突き出して言った。 「彼女は、マザーファッカーじゃないと思うんだけどな」 「何だと?」 運ちゃんはぎろりとぼくを睨んだ。バイキングみたいなひげもじゃの顔に、でかい目がぎらぎらしている。相当いらだっているみたいだ。 「いやね、さっきの車の姉ちゃん、女ですよね?」 運ちゃんはぼくの顔をまじまじと見つめる。 「当たり前じゃねえか。それがどうした」 「じゃあ、彼女にお母さんはファックできないじゃないですか。マザーファッカーではなく、正しくはファーザーファッカーと言うべきではないか、と思うんですけど」 数秒間、運ちゃんはハンドルを握って前を向いたままぴくりとも動かなかった。英語が通じなかったかな、と思ってシートに体を戻した瞬間、ブフーと吹き出す音がした。見ると、運ちゃんはげらげらと腹を抱えて笑っている。 「ファーザーファッカーか!確かにそうだ!」 運ちゃんはハンドルをどかどか叩いた。 「そりゃ、いいや!よし、今度からは女の場合はファーザーファッカーだ!」 よっぽど気に入ったのか、運ちゃんは窓を開いて怒鳴り始めた。 「ほれ来た、てめえ、こら、ファーザーファッカー!」 でも、今度は何だか楽しそうだ。ミッドタウンの高層ビルに、ファーザーファッカーの罵声ががんがん響いている。 「おい、でもよ」 前を向いたまま、運ちゃんは親指でぼくを指さした。 「さっきのビッチがレズだったら、どうすんだ?お母さんをファックしちゃうかもしれないじゃないか」 ぼくは答えに窮した。 「ううむ、そこまでは考えなかったな」 「だろ?ミスター、ここはニューヨークだぜ」 運ちゃんはまたギャハハと笑い転げた。一本取られた。ぼくも笑った。のろのろ運転のタクシーの中で、ぼくたちはいつまでも笑っていた。 車が目的地に着くと、防弾シールドの小窓から浅黒い腕がにゅっと突き出した。 「おい、楽しかったぜ。ありがとうよ」 ぼくはその手を握り返す。ごつごつした拳だった。 「お前、どこから来た?」 ぼくは財布を開きながら答える。 「ぼくはジャパンさ」 運賃は5ドル20セント。メーターの赤いデジタル数字がそう言っている。 「へえ、ファニーなジャパニーズもいるんだな」 「たまにはね」 「俺はエジプトだ。じゃあな、ミスター・トウキョウ。ハブ・ア・グッド・イブニング」 「そっちもね」 ぼくはチップをちょっと多めに渡して、車を降りた。 風がぬるんできたような気がする。いつまでたっても寒いニューヨークも、もうすぐ春なのだろう。 仕事には遅刻したけど、なんだかいい気分だった。 ● NYとトウキョウと、どっちが住みやすいんですか?NYの人って、意地悪なんでしょう?住みにくくないですか? そんなことをよく聞かれる。日本人だけじゃなくて、他の街に住んでいるアメリカ人にも聞かれる。ニューヨーカー以外の米国人にとっても、ニューヨークってのはずいぶん恐ろしい場所に思えるらしい。 そんな時、ぼくはこう答えることにしている。 "Some are nasty, some are nice."(意地悪なヤツもいるし、良いヤツもいるさ) 当たり前と言えば、当たり前である。もう少し詳しく説明すると、この街で快適に暮らすには、ちょっとした工夫がいるということだ。 別に難しいことじゃない。ユーモアのセンス。これがあると、ニューヨーカーは急にナイスな人たちになるのだ。 ● いつだったか、近所のコピー屋にコピーを取りに行った時の話だ。 ぼくは家で仕事をしている。前にも言ったけど、同僚とか上司とかいう連中がうっとうしくて大嫌いなので、会社にはできるだけ近寄らないようにしているのだ(実際、半年間でNYのオフィスに立ち寄った回数は6回くらいしかない)。 従って、コピーも会社で取るのはできるだけ避け、近所のコピー屋を利用することにしている。 コピー屋はアパートから2ブロック歩いたところにある。日本ならコンビニのセルフサービスで、となるのだろうが、この店の場合はちょっと違う。カウンター越しに原稿を渡すと、アイリッシュらしきオッサン・オバハン夫妻が機械をうやうやしく操作してコピーを取ってくれるのだ。 なぜかはよく分からない。機械の操作ができない不器用な連中が多いということもあるだろうし、セルフサービスにすると機械を壊してカネを盗む不届き者がいるからということもあるだろう。 人件費がかかって無駄なんじゃないかとも思うが、一枚10セントだから、そんなに高いということもない。できあがると丁寧にホッチキスで束ねてくれるから、けっこう重宝している。 その日、ぼくは自分の記事の英訳を25枚コピーした。取材先に郵送するためである。できあがったコピーひとそろえをぼくに手渡しながら、背広を着込んだそのオッサンは、ホテルのフロントマンみたいな荘厳な口調でこう言ったのである。 「245ドルでございます」 なに、245ドル?コピー25枚が?聞き間違いかと思ってはっと顔を上げた。オッサンはすました顔でぼくをじっと見ている。 頭のどこかで、カーンと鐘の鳴る音が聞こえたような気がして、ぼくはほくそ笑んだ。 来た、来た。このギャグ。このジョークには覚えがある。 そう、あれは大阪のお好み焼き屋だった。食事が終わり、カネを払おうとレジに行ったときだ。白いエプロンのオバハンがすましてこう言ったのである。 「ブタ玉ひとつ、500万円な」 500万円!ここでパニックしてはいけない。「何いぃ、500万円?」などと狼狽しては、関西人の思うツボ。「シャレのわからんやっちゃ」とバカにされるだけである。(ちなみに、関西人に『シャレのわからんやっちゃ』『おもろないやっちゃ』と言われるのは社会的に無価値と判断されるに等しい。関西人のぼくがそう言うんだから間違いない)そういう場合の模範解答はこうだ。 「500万円かあ。オバチャン、悪いけど、お札ないんで全部一円玉で払ろてもええか?」 「あんたのどこに、一円玉500万枚も持っとんねん」 「いやな、表にトラックが止めてあるんや。荷台に一円玉が山みたいに積んであるんやが、これから店にぶちまけてもええか?」 ここまで来ると、オバチャンはカカカと笑うのである。 「あんた、おもろいな。100円まけたるわ」 これは、絶好のチャンスである。関西のギャグセンスがニューヨーカーに通じるかどうか、ぼくは試してみることにした。 なおもすましてぼくの顔をじっと見ている白髪のオッサンに、ぼくはこう言ったのである。 「悪いんだけど、お札がないんだ。245ドル、全部ペニー(1セント玉)で払っていいかな?」 オッサンはちっとも慌てずに言う。 「失礼ですが、とてもペニーを二万四千五百枚も持っておられるようにはお見受けしませんが」 来た、来た。 心の中でぼくは快哉を叫んだ。やった!はまりやがった!おれの勝ちだ! 「いやあ、実は表にトラックが止めてありましてね」 ぼくはすまして通りを指さす。 「ペニーを山ほど積んでいるんです。これから店の中にぶちまけますけど、よろしいですか?」 そのとき、店の中にいた他の客が一斉にげらげら笑い始めた。レシピをコピーに来ていたオバチャンや、メッセンジャーボーイらしき自転車の黒人が、声を上げて笑い始めたのである。 「おい、勘弁してくれ!」 「私が帰ってからトラックの荷台をぶちまけてよね、あなた。ねえ、頼むわよ」 どうやら、みんな知らんふりしながらぼくとオヤジの会話を聞いていたらしい。 見ると、コピー屋のオヤジは両腕を広げてニコニコしている。 「わたしゃ、お客に楽しい思いをしてもらいたいんでね」 分かってますよ、とぼくはうなずく。 「あなたも、なかなかやりますな。また、おいでください」 ぼくは礼を言い、代金の二ドル四十五セントを払って店を出た。 今度も、なかなかいい気分だった。ニューヨーカーにユーモアで認められるというのは、なかなか勲章ものである。ぼくは口笛吹き吹き、ご機嫌で家に帰った。 ● これで実証されたと思うんだが、ニューヨーカーと関西人はユーモアのセンスが似ている。いつも気の利いたジョークを二つか三つ仕込んでおいて、パーティーとかデートとかここぞという場面で相手を笑わせるのも似ている。そういう「おもろいやっちゃ」で回りの評価が上がるのも、似ている。 関西人がニューヨークに来るとはまってしまう、というのもぼくには分かるような気がする。気質がよく似ているのだ。どちらも、闘争の激しい商人の街だからかもしれない。ユーモアのセンスでもないと、あまりに殺伐としてしまって、やってられないのだ。きっと。 ぼくがニューヨークを京都に次ぐ第二の故郷みたいに思っているのも、そんな理由がある。一見ナスティでよそよそしいように見えて、実はけっこうナイス(優しい、親切な)なのが、ニューヨーカーなのである。 ● 時々、日本ではお目にかかれないようなナイスな人に会うことがある。 よく覚えている。タイムズスクエアのバージン・メガストアでCDを探して歩いていたときのことだ。 CDを十枚ほど抱えて、レコード棚の間を歩いていたときのことだ。バージンのロゴ入りの黒いトレーナーを来た黒人の店員が、つかつかとぼくの方へ歩いてきた。 「その指、どうしたの?」 ぼくはアトピー性皮膚炎で乾燥肌なうえに爪を噛む癖があるものだから、しょっちゅう指先から血が出ている。そのときも、左手の親指から血が出ていた。 ぼくは指を見て、それから店員を見上げた。 「これ?うーん、ニューヨークは空気が乾燥していてね。ドライ・スキンが悪化したんだ」 店員は大きな目でじっとぼくの指先を見つめた。 「ちょっと、待ってて」 彼は人混みの中に消えた。遠くでレジのカウンターの向こうの引き出しを探っているのが見える。 「ほら、これあげるよ」 再び戻ってきたとき、彼の手がバンドエイドを十枚ほど握っていた。 「これ、ぼくにくれるの?」 彼はにこにこ笑っている。 「サンキュー」 ぼくはバンドエイドを受け取った。 「ユア・ウエルカム」 店員は忙しそうに立ち去ろうとする。 「ねえ、君の名前は?」 「ぼく?ぼくはマービンさ」 「ありがとう、マービン。ぼくはヒロ」 「ヒロ、気を付けてね。テイク・ケア」 マービンは小さく手を振ると、また仕事場のレジに戻っていった。 ぼくって、バンドエイドも買えないほど貧乏に見えたのかな。くたびれたLLビーンズのダウンパーカーに、海兵隊払い下げの3ドルのウオッチキャップを着込んだぼくは、ちょっと考える。どでかいCDストアの真ん中で。 でも、どうでもいい。そんなことは、どうでもいい。 同じバージンメガストアで、二十枚くらいのCDを抱えてよろよろ歩いていたら、横にいたオジサンがそっと買い物かごを差し出してくれたこともあったけ。 なんて優しい人がいるんだ、この街は。 帰り道、ぼくは考える。新宿のバージンメガストアで、店員が客の指から血が出ているのを見て、バンドエイドをくれるだろうか?CDを山ほど抱えた他の買い物客にかごを差し出すだろうか? タイムズスクエアの街角で足を止めた。時刻はもう午後5時。ネオンがともり始めている。 ビルの隙間から、西のニュージャージーに日が沈むのが見える。 きれいな夕焼けだ。こんな鮮やかな夕焼けを見たのは、本当に久しぶりだ。長い長いニューヨークの冬も、やっと終わりが近づいているのだろう。 ぼくは、ニューヨークの街角で立ち止まって、ぼんやりと道行く人々を眺めるのがとっても好きだ。白やら黒やら黄色やら茶色の顔が洪水のように流れていくのを見ながら、この人たちのご先祖さまはどこから来たんだろう、なんて想像してみるのは、とても楽しい。 ぼくは知っている。この街には、電車の中でピストルをぶっ放して通りすがりの人を何人も殺してしまう世界一ナスティなヤツが住んでいることを。そして、指先から血を流す客を見てバンドエイドを差し出すナイスなヤツもいることを。世界一ナスティな人間と、世界一ナイスな人間が同じストリートですれ違う。 それがニューヨークだ。 日に日に風が暖かくなってきた。道行く人々の服装も軽やかになっていく。 でも、本当の春が来るのを待たずに、ぼくはこの街から去ってしまう。4月1日の朝には、ぼくは飛行機に乗って東京に帰ってしまうのだ。 ぼくは、タイムズスクエアの街角に立って、あの夕焼けのずっと向こう側にある東京の街のことを考える。新宿東口のあの発狂しそうな人混みを舌打ちしながら歩く自分の姿を想像したら、ちょっと頭がくらくらした。 ぼくが東京に戻ったとき、なにより恋しくなるのは、とってもナスティで、そしてとっても心優しいニューヨーカーたちなのだろう。 (99.3.26) |
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