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陳述書
東京高等裁判所民事第16部御中
日本出版労働組合連合会(出版労連)
ユニオン出版ネットワーク(出版ネッツ)
執行委員長 竹内隆志
東京都文京区本郷4-37-18 いろは本郷ビル2F
TEL・FAX 03-3816-2973
私は、出版およびその関連産業で働く労働者で組織する日本で唯一の産業別労働組合、日本出版労働組合連合会(略称=出版労連)に加盟する労働組合のユニオン出版ネットワーク(略称=出版ネッツ)の委員長をしています。
私は1949年に兵庫県で生まれ、現在59歳です。高校卒業後、小学校用の学習図書教材、問題集などを発行している出版社に就職し、文部科学省の学習指導要領に準拠し、教科書を使った授業の理解を助けるため学校教育の場で使われる問題集の編集、校正などの業務に携わってきました。1995年に退職し、現在までフリーランサーとして、全国の小学校、中学校で使われているワークブックやドリルブックなどの問題集の問題作成、編集、校正などの仕事をしております。
同時に、出版ネッツの委員長、執行委員などを歴任してフリーランサーの仕事の紹介やトラブル(労働)相談に携わり、また出版労連大阪地域協議会の事務局次長として出版産業の発展や争議支援、表現の自由を守る活動などに取り組んできました。オリコンが烏賀陽弘道さんを訴えた訴訟についても、当初から烏賀陽さんの支援に関わっています。
そうした経験と、出版ネッツでの話し合いにもとづいて、オリコン訴訟について考えていることを申し上げたいと思います。
1、出版ネッツについて
労働組合というと日本では会社に雇用されている人たちが結成する場合が多いのですが、出版ネッツは、出版関連産業のさまざまな分野で活動するフリーランサー、すなわち特定の会社に雇用されることなく働いている専門職の人々(編集者、ライター、校正者、デザイナー、イラストレーター、漫画家、カメラマンなど)が結集している職能ユニオンです。なお欧米では企業別ではなく、雇用形態の違いにかかわりなく職能別に結成されたユニオンが一般的で、日本でも日本音楽家ユニオンやプロ野球労組は職能ユニオンです。
出版フリーランサーの労働条件の維持および向上、経済的・社会的地位の向上、著作権をはじめとする諸権利の擁護と拡大をはかっていくことを主たる目的として1987年に結成され、2008年8月現在、全国約170人の組合員が加入しています。
出版ネッツでは、上部団体である出版労連とともに、職能向上のための勉強会、仕事情報の交換や人脈づくりのための展示会やパーティ、お花見や温泉旅行などのレクリエーション、病気やけが・事故などに備えた共済(出版共済会)、トラブル(労働)相談、表現の自由を守る活動などに取り組んでいます。こうした活動は、厚生労働省の「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」で座長を務めている東洋大学の鎌田耕一教授(労働法)や、マスメディア・ジャーナリズム論を研究する東京大学情報学環の林香里准教授ら研究者にも注目され、論文等でも紹介されているところです。
2、オリコン訴訟支援の取り組みと支援の理由
私たち出版ネッツは、オリコンが烏賀陽弘道さんを訴えたこの訴訟についても、出版労連や、出版労連が加盟する日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)に加盟する新聞、テレビ、映画、印刷などで働く仲間たちとともに、2006年11月17日にオリコンが烏賀陽さんを訴えた直後から、出版ネッツに加入した烏賀陽さんを支援してきました。私たちは出版労連とともに、裁判傍聴、シンポジウムの開催、機関紙での報道などさまざまな支援活動に取り組んできました(別紙1)。
労働組合なのだから、こうした活動をするのは当たり前と思われるかもしれませんが、固定収入のないフリーランサーが仕事の時間を削ってこうした活動を手弁当で継続するのはよくよくのことです。出版ネッツとしては近年で最大級の裁判支援であり、出版労連全体でみても、不当解雇事件と同じように重大な位置づけの取り組みになります。
私たちが全力をあげて烏賀陽さんを支援してきたのは、オリコンによる提訴が「裁判を使った口封じ」であり、この国の表現の自由にとって非常に重要であるとともに、フリーランサーの生活を守るためにも見過ごせないと考えたからです。
私たちは近年、大手消費者金融・武富士がジャーナリスト三宅勝久さんと株式会社金曜日(雑誌『週刊金曜日』の発行元)を訴えた訴訟でも、ジャーナリストを支援してきました。この訴訟で東京地裁(阿部潤裁判長)は、武富士による提訴が「言論、執筆活動を抑圧又は牽制するため」の違法な行為だとして、武富士と武井保雄会長(当時)に損害賠償を命じました(2006年9月22日判決、武富士側の控訴断念で確定)。
オリコンによる提訴は、武富士による提訴以上に不当なものだと私たちは考えます。なぜなら、武富士が訴えたのは記事を書いた筆者と、記事が掲載された週刊誌を発行した株式会社であったのに対して、オリコンは筆者も雑誌社も訴えず、一人烏賀陽さんという取材源、情報提供者のみを訴えたからです。武富士事件にあてはめて考えれば、同社が三宅さんも(株)金曜日も訴えず、借金に苦しんでいる本人や家族、あるいは真実を明かした同社従業員を狙い撃ちにしたようなものです。
取材、報道が成り立つためには、何よりも取材源、情報提供者が守られることが前提です。いきなりかかってきた電話による取材に無償で答えただけで、いきなり5000万円払えと訴えられる事態がまかり通れば、取材に応じる者はいなくなり、調査報道は成り立たなくなります。その結果、官公庁や大企業による不正が隠されたままになれば、この国の民主主義体制にとっても損失が生じることは明らかです。
こうした考えから、私たちはオリコンに裁判の取り下げを求めてきました。また、オリコンによる不当提訴を追認した1審、東京地裁判決には強いショックと憤りを覚え、貴裁判所が慎重な審理を重ね、表現の自由を尊重した公正な判決を出されることを信じて烏賀陽さんを支援しています。
3、「コメント」の責任に関する1審判決の誤り
そこで以下、1審判決の誤りの一因になっている、「コメント」掲載に関する烏賀陽さんの「同意」という事実認定(1審判決29〜31ページ)について、編集実務と、フリーランサーの実情に通じた者として意見を述べていきたいと思います。
一般に、雑誌に取材されてそれに答えた人は、自分の答えた内容が掲載されるかどうか、掲載されるとしても、話したことのうち、どの部分がどのような形で掲載されるか、掲載される「コメント」がどのような文脈のなかで使われるのかについて、コントロールすることは不可能です。これは、雑誌の編集権を雑誌の発行会社が独占的に有するということが、取材結果の扱いやコメント掲載に対して表れる結果といえます。
1審判決も、「出版社からの取材に応じた者のコメント内容がそのままの形で記事として掲載された場合であっても、その者が出版社からの取材に応じたことと、そのコメント内容がそのままの形で記事として掲載されそれにより他人の社会的評価を低下させたこととの間には、原則として、相当因果関係がないものと解するのが相当である」と正しく捉えています(1審判決29ページ、11行目以下)。
ところが1審判決は、上記の「原則」に対し、いわば「例外」があると主張したうえで、烏賀陽さんのケースをこの「例外」に当たると判断しています。しかし、1審判決のいう「例外」の枠組みも、烏賀陽さんのケースについての事実認定も、ともに誤っています。
まず上記原則の「例外」として、1審判決は2つの場合、すなわち「出版社からの取材に応じた者が、自己のコメント内容がそのままの形で記事として掲載されることに同意していた場合」か、もしくは「自己のコメント内容がそのままの形で記事として掲載される可能性が高いことを予測しこれを容認しながらあえて当該出版社に対してコメントを提供した場合」を挙げます。こうした場合には、取材を受けた人の話したことと名誉毀損との間に相当因果関係があると解される、というのです(1審判決29ページ16行目以下)。
ここでまず問題なのは、15分でも30分でも1時間でもいいのですが、取材に来た記者や編集者に話したことが「そのままの形で記事として掲載される」ことは、国会議事録や首相会見の採録のような特殊な文章を除いてほとんどありえないということです。
実際には、取材に応じた人が話したことのなかから、適当と思われる個所を抜き出し、あるいは要約し、語調を整えて、記事にあった「コメント」を筆者がつくるのです。「つくる」といっても、話した内容をまとめる行為はねつ造とはまったく異なりますが、「コメント」部分も含め、記事の筆者の著作物であるというのが雑誌の実態なのです。
また、あらゆる発言は、文脈(コンテクスト)のなかに置かれることで意味をもち、読者に理解されます。雑誌記事に「コメント」が掲載される場合、取材に応じた人がもともと話していた文脈から切断されてごく一部の言葉が取り出され、雑誌記事のストーリーというまったく別の文脈のなかに「コメント」が置かれることになります。すると取材に応じた人の言葉は、話した意図とはまったく違った印象を読者に与えることがあります。つまり雑誌記事がどのような文脈になるかは、「コメント」の印象を大きく左右するのですが、これも取材に応じた者にはコントロールしようがありません。
さらに1審判決は掲載について「同意」とか「容認」という言葉を用いていますが、一度取材に応じた場合、コメントの扱いについて自由に同意、容認したりしなかったりする選択権が取材対象者にある場合は多くありません。掲載の可否についての選択権のない場合、「同意」や「容認」が成り立たないことは言うまでもありません。
4、烏賀陽さんは「同意」していない
そのことを踏まえ、『サイゾー』に「烏賀陽さんのコメント」が掲載された経過をみていきたいと思います。1審判決の認定は以下のようになっています。
被告は、本件本訴の提起前である平成18年6月30日、原告の代理人弁護士からの通知書(甲4の1)に対し、「06年3月6日、烏賀陽は『サイゾー』編集部の小林稔和氏から電話でコメント依頼を受けました。…烏賀陽が電話で小林氏の質問に答え、小林氏が烏賀陽の発言を文章にまとめました。まとめたコメント部分はメールで烏賀陽に打ち返され、修正・編集を加え、若干の意見交換ののち掲載の形にまとめられました。」とFAX文書で回答している(甲5)。このFAX文書によれば、被告は、本件記事(サイゾー)の編集者が作成した本件コメント(サイゾー)の原案に自ら修正及び編集を加えた上、編集者との間で若干の意見交換をした事実が認められ、この事実によれば、被告は、自己のコメントである本件コメント(サイゾー)がそのままの形で本件記事(サイゾー)に掲載されることに同意していたことが認められる。したがって、被告が本件記事(サイゾー)に関する取材に応じたことと、本件コメント(サイゾー)が本件記事(サイゾー)に掲載されそれにより原告の社会的評価を低下させたこととの間には、相当因果関係が認められる。
(1審判決29ページ下から3行目から30ページ中段)
すなわち1審判決は、烏賀陽さんは自分のコメントがそのまま記事に載ることに同意していたというのですが、それは間違っています。FAXには烏賀陽さんが「同意した」とは一言も書かれておらず、実際にも、烏賀陽さんが掲載に同意した事実はありません。
オリコン代理人あてのFAXが示している主要な事実は、コメントは「小林氏がまとめた」ということと、烏賀陽さんがコメント部分をみて「若干の意見交換」が行われたことと、その後に「掲載の形」にまとめられたことです。同意/不同意について、そこには何も書かれていないのです。
では、実際にはどのような「意見交換」があったのでしょうか。
烏賀陽さんは1審の法廷で、宣誓のうえ、自分の話した趣旨を曲げてジャニーズ事務所を批判する記事に無理やり「コメント」を使われたことを知って小林氏に連絡し、サイゾー編集部のある渋谷のエクセルタワー内の喫茶店で小林氏と面談、小林氏がつくった「コメント」を掲載しないよう求めたと証言しました。それに対し小林氏は「もう締め切りは過ぎた」「今から取材をやり直す時間がない」などと答え、烏賀陽さんの抗議を受け付けませんでした。
烏賀陽さんの証言はリアリティに富んでおり、他方、それを否定する主張も証拠も、オリコン側からは一切出されていません。
校了(編集部での校正が完了し、印刷に回す段階)直前に、取材された人が編集部の近くまでわざわざ出向いて「載せないでほしい」と談判するとは、よくよくのことです。それに対する小林氏の対応は誠実なものとは思えませんが、その点は措くとしても、「載せないで」と強く求めた烏賀陽さんを「掲載に同意した」と決めつけた1審判決は重要な点で事実認定を誤っています。
また、烏賀陽さんが「載せないで」と求めたのに掲載されたということは、本件では烏賀陽さんに、掲載を同意したり断ったりする選択権がなかったことを意味しています。選択権がない人に対しては、同意するとかしないという議論自体が成り立たちません。
5、出版社とフリーランサーとの力関係
では、1審判決はなぜ上記のような誤った事実認定をしたのでしょうか。
それはおそらく、掲載に同意しなかったのなら、なぜ掲載を差し止めるべく法的手段を取らなかったのか、なぜオリコン代理人の内容証明への回答でもっとはっきり「私は抗議した」等と書かなかったのか、等と1審裁判官が考えたからでしょう。そうした疑問の前提には、「出版社とフリーランサーは互いに自由にものが言い合えるような対等な存在である」という誤解があると思われます。
そこで、取材・掲載のいきさつには再び立ち返ることにして、出版社とフリーランサーに大きな力関係の差が存在するため、フリーランサーの権利が侵害されることが少なくなく、フリーランサーの側の権利主張も容易ではないという事情を、多数のトラブル相談(労働相談)にのってきた経験から説明したいと思います。
出版ネッツは、以前からフリーランサーのトラブル相談を受け付けていますが、2007年7月から2008年6月までの1年間においては、19件の相談を扱いました。
件数の増加と事例の悪質化が特徴でした。相談の増加は、出版労連の労働相談でもみられます。19件の相談の内訳は、未払い・不払い8件、倒産・民事再生3件、その他に減額、支払遅延、契約書の内容、経費分担、パワーハラスメントなどとなっています。フリーランサーの置かれた状況をご理解いただくために、最近の相談事例などから、いくつかのケースの概要を紹介したいと思います。
@権利主張したら契約打ち切り
エンターテイメント作品の翻訳・編集・校正をA出版から請け負い、翻訳者、校正者を手配、マネジメントと編集実務をし、年12冊の書籍(毎月発行)を数年間つくってきたBさんは、2006年10月末、9月発行の本に誤植があったことを理由に、すでに振り込まれていた編集料と校正料(約34万円)を全額返還するようA出版から求められました。A出版は業務委託契約書にある「品質保証」を盾にとってきましたが、Bさんが担当した以外の本にも、それ以上の誤植がありました。
A出版がこうした要求をしてきた背景には、経営不振のためにBさんのような下請けを整理したいとの意向があったようです。Bさんは出版ネッツに加入して話し合いを求める内容証明を送ったところ、A出版は、組合に相談したのが「業務委託契約にある『守秘義務』違反だ」としつつ、「今回は全額返金を撤回する」と通知してきました。しかしA出版はその後、Bさんへの仕事を打ち切りました。
「いつ仕事を打ち切られるかわからない」ということが、出版社からの仕事を請け負って生計を立てているフリーランサーの不安の一因になっており、権利主張がしにくい背景にもなっているのです。Bさんは組合に入ってきちんと権利主張をしましたが、その結果、権利(34万円)は守ったものの、仕事は切られてしまいました。
A契約書なく1年以上不払い
デザイナーのCさんは、編集プロダクションD社から依頼され、写真をふんだんに使ったミュージシャンについての本を、いく晩も徹夜して制作しました。ところが仕事が終わり本が発行されたにもかかわらず、D社が突然、「Cの納品データは使えなかったから代金は払えない」という虚偽の主張を展開。15万円の契約だったのに、1年以上にわたって1円も払いませんでした。
出版労連の労働相談を通じて出版ネッツに加入したCさんは、3回の団体交渉を経て、D社に「制作費を分割で支払う」と約束させることができました。D社は、商工ローンの借金を抱えるなど経営が苦しく、フリーランサーにしわ寄せしたと考えられます。
出版ネッツでは、フリーランサーにも出版社にも契約をきちんと交わすことを勧めていますが、長年の業界慣行に加え、フリーランサーの側には「あまり強く契約書を求めると、『だったらお前はいい』と言われて使ってもらえないかもしれない」という不安もあります。いくらもらえるかわからないまま仕事をする――そんな前近代的な実態が残っているのは、フリーランサーの立場の弱さの象徴です。
Cさんも契約書を交わしておらず、そのため出版労連に相談する前に訪れた自治体の「市民法律相談」では、担当の弁護士さんから「代金を取るのはなかなか難しい」と言われたそうです。フリーランサーをめぐる争いでは、書類だけでなく「実態」を見てほしいと思います。
B追加作業は無料奉仕
イラストレーターのEさんは、F出版から、実用書のイラストを制作してほしいという依頼を受けましたが、料金などの条件は、F出版の担当編集者から口頭であいまいに言われただけで、書面では提示されませんでした。「グロスでいくら」(まとめていくら)という言い方で、安い料金でした。納品後、著者や編集者の意向で多数のイラスト変更が求められました。大きな変更が入ると、新しくイラストを描くことになりますが、追加料金はほとんどありませんでした。その上、入金日は「本の完成から2ヵ月後」とされました。イラストは完成していたのに、本文の原稿確定が遅れるというEさんにはどうしようもない事情のために本の発行が遅れたため、Eさんが代金を受け取ったのは、イラストの納品から半年近くも先になってしまいました。
契約にあたって発注書等を交付しないのも、タダでやり直しをさせるのも、納品から60日以内に代金を支払わないのも、下請代金支払遅延等防止法(下請法)にふれると考えられます。しかしEさんは、「こうしたケースはいつものことだ」と言います。
出版ネッツは「仕事の受注関係の近代化」を掲げ、「発注者と受注者の双方が、安心して良い出版物をつくれるように、対等な契約を交わす慣行をすすめます」と、活動目標に掲げています。また出版労連とともに下請法順守に取り組んでいますが、裏を返していえば、契約書が交わされず法律さえ守られていない取引実態が少なくないということです。
以上の例は特殊な事例ではありません。出版社とフリーランサーは残念ながら、対等でも何でも言い合える関係でもありません。力関係に大きな差があり、そこから違法不正なことが起きること、また、フリーランサーの多くはものが言いにくく、もし出版社の機嫌を損ねれば契約打ち切りなどの不利益を受けるかもしれないという不安を抱いている事情が、おわかりいただけると思います。
こうした構造は、出版のフリーランサーに限った問題ではありません。大企業が仕事を出し、中小零細企業や個人事業主が仕事を請けるという関係があるところでは、多くの場合、元請けが強く下請けが弱いという力関係が存在し、買い叩きや不当なやり直し、支払い遅延といった行為が繰り返され、下請けはものが言いにくい状況に置かれてきました。
下請法ができたのもそうした構造を是正していくためですが、中小企業庁は2008年7月25日、「(2007年度)下請法違反のおそれのある6954社の親事業者へ警告文書を発出しました。一方、違反容疑の高い979社には立入検査を実施し、この結果、902社に対して1860件に上る改善指導を書面により実施しました。また、重大な違反行為を行った1社について、公正取引委員会へ措置請求を行いました」(「下請適正取引等の推進について」)と発表しており、問題の根深さがうかがえます。
6、烏賀陽さんと『サイゾー』とのやりとりについて
烏賀陽さんと『サイゾー』とのやりとりを正しく評価するためには、上記のようなフリーランサーと出版社との力関係を念頭におく必要があります。なぜなら、烏賀陽さんはオリコンについて取材を受ける前に、吉住氏という『サイゾー』編集者から「タワーレコード倒産の本当の理由」という原稿を依頼されるなど、『サイゾー』から今後も仕事を請けることを期待する立場にいたからです。当時、フリーランサーになって9ヵ月だった烏賀陽さんは、できれば『サイゾー』の仕事を請け続けたいと願い、そのためには『サイゾー』編集部の意向に逆らうのは難しい状況にあったといえます。
次に、@烏賀陽さんが電話取材に応じた場面、A烏賀陽さんが掲載に抗議した場面、B烏賀陽さんが内容証明に回答した場面にわけて、具体的に述べたいと思います。
@烏賀陽さんに対する電話取材で、『サイゾー』編集部の小林氏は「吉住の上司」と名乗っています。烏賀陽さんが取材自体を断れば、「うちの編集部に協力的でない」と思われ、仕事の注文がこなくなる可能性を覚悟しなければなりません。また、烏賀陽さんはこの取材に対しコメント料等の代価を一切受け取っていません。
『サイゾー』に掲載された記事が仮に名誉毀損の不法行為にあたるとしても、記事を業務として作成、発行して給与をもらった筆者や編集部員、記事が掲載された雑誌を販売して売上を上げ利益を得た発行会社インフォバーンの責任を不問にして、1円も利益を得ていない取材源(烏賀陽さん)だけに一人責任を取らせようとする1審判決の結論は社会的公正に反するのではないでしょうか。
A烏賀陽さんが話した内容を、小林氏は自分たちが考えていた文脈に沿ってまとめ原稿を作成しました。烏賀陽さんが編集部近くの喫茶店まで出向いて抗議しますが、小林氏は受け入れませんでした。この一件は、烏賀陽さんがコメント掲載に同意しなかったことを示していますが、1審裁判長は本人尋問の際、烏賀陽さんに対し「なぜ書面で抗議するなり、記事を掲載しないよう法的措置を取らなかったのか」と問われました。しかし、もし烏賀陽さんがそこまでするなら、「すぐ裁判に訴える扱いづらいライター」といった噂が立てられ、仕事が難しくなる恐れがありました。そうしたなかでも、烏賀陽さんが抗議に出向き、掲載しないよう求めた事実をまっすぐに見てほしいと思います。
B内容証明にどう答えるかについて、小林氏は「内容はできるだけアバウトに書け」と指示しました。抗議や掲載拒否、トラブルがあったことを隠せという意味だと烏賀陽さんは受け止め、この指示を断るのは難しいと考えましたが、それもまったく自然です。そして、そのような指示の下に書かれた回答においても、烏賀陽さんが「コメント」掲載に同意したとは一切書かれていない点にこそ注意を払うべきです。
仕事を出す出版社と仕事を受けそれで生計を立てるフリーランサーとの力関係を理解し、『サイゾー』と烏賀陽さんとの実際のやりとりを素直に見るなら、小林氏がつくった意の沿わない「コメント」を自分の名前で出されることに対し、烏賀陽さんが精一杯の抵抗をしていることがわかります。代価を一切もらわず、掲載に同意しなかったどころか、精一杯抵抗した取材源に掲載の責任を被せるのは、あまりに不当で不条理です。
7、おわりに
私たち出版ネッツは、優れた出版人の育成と、出版界に蓄えられた諸先輩の財産をまもるためにも、フリーランサーの権利を認め活かすことは、出版文化の質を向上させ、パブリッシャーとしての使命を全うするために有効であると考えます。そしてその権利の核となるのが、憲法21条で保障されている表現の自由です。
おいしく安全な水を飲むためには水源を守らなければならないように、表現の自由を守るためには、表現の源にあたる取材源、情報提供者を守ることが不可欠です。彼らに不当な迫害、圧迫が加えられることなく、自由に、のびのびと、思ったこと、信ずるところを語る権利と条件が整えられなければなりません。
貴裁判所が、1審判決の誤りを正し、表現の自由とその基盤をなす取材源、情報提供者の権利を守る司法判断を下されることを切に願っています。
以上、意見を陳述し提出申し上げます。
別紙1
出版ネッツ・出版労連のおもなオリコン訴訟支援活動
2006年12月22日 MICのパーティで烏賀陽さんが支援をもとめる発言。
2007年 1月 出版ネッツ機関誌『forum』で、オリコン訴訟など表現の自由を特集。
2月13日 第1審第1回口頭弁論を傍聴。終了後に東京・文京シビックセンターで報告会(約50名参加)。
2月15日 出版労連「烏賀陽弘道さんに対するオリコンの不当な裁判に関する声明」を発表(別紙2)。
2月28日 出版ネッツ「オリコンの不当な訴訟に抗議し、烏賀陽弘道さんを支援する声明」を発表(別紙3)。
3月15日 MIC春闘決起集会で烏賀陽さんが発言。
4月3日 第2回口頭弁論を傍聴。
4月30日 「毎日新聞」がメディア面でオリコン訴訟を特集。取材に協力。
5月14日 出版労連機関紙「出版労連」にオリコン訴訟に関する津田清委員長(出身=小学館)のインタビュー掲載。
6月12日 第3回口頭弁論を傍聴。
7月27日 出版労連争議支援ビアパーティで烏賀陽さんが支援を訴える。
7月31日 第4回口頭弁論を傍聴。
9月14日 大阪・ドーンセンターで開かれた出版ネッツ関西支部の仕事展(フェスタ)の企画としてオリコン訴訟報告会を開催。烏賀陽さんが支援を訴える。
10月2日 第5回口頭弁論を傍聴。
10月11日 東京・文京区民センターで開かれた出版ネッツ結成20周年パーティでオリコン訴訟支援ソングを合唱。
11月29日 出版労連・MIC共催の「表現の自由を考えるシンポ」の準備に協力。パネラーに烏賀陽さん、山田厚史・朝日新聞編集委員、西岡研介さん(ジャーナリスト)、田島泰彦・上智大学教授ら。ジャーナリストの斎藤貴男さんも発言。140名参加。
12月11日 第6回口頭弁論を傍聴。
12月19日 MIC争議支援望年パーティでオリコン訴訟支援ソングを披露し、CDなどを販売しカンパを募る。
2008年 2月19日 第7回口頭弁論を傍聴。
3月13日 MIC春闘決起集会で烏賀陽さん、壇上で紹介。
4月22日 判決言い渡しを傍聴。東京・文京シビックセンターで報告集会。
4月30日 出版労連、「オリコン訴訟・東京地裁判決に関する声明」を発表(別紙4)。
5月30日 2007年11月のシンポの内容を中心とするブックレット『表現の自由が危ない』(田島泰彦+MIC+出版労連編)が花伝社から発行。
7月23日 出版労連と日本ジャーナリスト会議共催の集会「表現の自由と高額訴訟」で烏賀陽さんがパネラー。
7月26日 関西MIC・京都MIC主催の文化フォーラム「表現の自由が危ない」
で烏賀陽さんが講演とパネラー。
別紙2
烏賀陽弘道さんに関するオリコンの不当な裁判に関する声明
ヒットチャートで知られるオリコン株式会社(以下オリコン=小池恒社長、売上57億円)は、昨年11月17日付けでフリージャーナリスト烏賀陽弘道さんを名誉毀損で東京地裁に提訴しました。その内容は、烏賀陽さんが月刊誌『サイゾー』に寄せたコメントを事実誤認として、5000万円の賠償金の支払いを求めたものです。
これに対して烏賀陽さんは、オリコンの提訴自体が「裁判を悪用した表現の自由の破壊」だとして、2月8日にオリコンを反訴しました。2月13日に第1回口頭弁論が開かれました。現在、5000万円の支払いを求められている被告として、同時に反訴の原告としての裁判が進行しています。
この事件の特徴は、第1に音楽業界の巨大メディアであるオリコンが、いきなり雑誌社からの電話取材に応じたフリージャーナリストのコメントに対して、5000万円もの巨額の賠償を請求したことにあります。第2にオリコンは、提訴に際して争点となっている自社のヒットチャートの集計の根拠も明らかにせず、コメントを掲載した「サイゾー」編集部に記事の確認や問い合わせもしないまま、あえて出版元を提訴の対象から外して一個人を対象としたことです。
近年の言論・表現の自由に関わる裁判では、大手消費者金融・武富士が批判封じのために乱発した高額訴訟が知られています。武富士とフリージャーナリスト三宅勝久さん及び『週刊金曜日』の訴訟で東京地裁は、昨年9月22日に言い渡した判決(確定)において、「表現の自由が民主主義体制の存立とその健全な発展のために必要とされ、最も尊重されるべき権利である」「言論による批判に対しては、民主主義社会においては、資料の裏付けのある言論で応酬することが求められている」と説き、「言論、執筆活動を抑圧又は牽制するために訴訟を提起した行為は違法」と武富士と同社元会長を明確に断罪しました。この判決の趣旨からみても、自社メディアを有するオリコンが、あえて自社媒体での言論による反論を放棄して、烏賀陽さんを狙い撃ちにした提訴は言論人にあるまじき行為ともいえます。
出版産業は、言論・報道・表現の自由に依拠しています。私たちは一市民として時には取材に応じることもあります。まして、メディアに携わるものとして取材活動と真実を伝えることは私たちの責務といえます。こうした関係のもとで私たちはよりよい仕事が可能になり、そこからメディアに対する信頼が得られていきます。
今回、オリコンがフリージャーナリストに対して、5000万円もの損害賠償請求をしたことに空恐ろしさを覚えます。取材源に対する直接的な攻撃がまかり通れば、フリージャーナリストだけでなく、労働者でも市民でも研究者でも巨額の賠償請求で訴えられることになります。裁判の勝ち負けにかかわらず、訴えられただけで数百万円にのぼる裁判費用を負担しなければならないようなことを許すわけにはいきません。仮にそのようなことが許されるならば、公権力や企業が隠している事実を調べることも知らせることもできなくなってしまいます。訴えられる不安から取材・報道が大きく制約され、誰も自由にものがいえない社会になってしまうでしょう。これは一人のフリージャーナリストの問題ではなく、個人の権利や自由を制約し多様な表現活動を圧殺することを意味するものです。この点で、従来のマスコミ攻撃とはまったく性質の異なるものとして捉えざるをえません。
私たちは、業界の巨大メディアが金の力で烏賀陽さんのペンを折るために、しかも裁判所という公器を介して言論を封殺しようとしていることを許すわけにはいきません。オリコンがこの不当な訴訟を早期に取り下げ、烏賀陽さんに謝罪することを強く求めます。烏賀陽さんの裁判闘争は言論・表現の自由に深くかかわるものとして、出版労連の総力をあげて支援することを表明します。
2007年2月15日 日本出版労働組合連合会 中央執行委員長 津田 清
別紙3
オリコンの不当な訴訟に抗議し、烏賀陽弘道さんを支援する声明
ヒットチャートなどで知られるオリコン株式会社(小池恒社長)が、2006年11月、フリージャーナリスト烏賀陽(うがや)弘道さんに対し、5000万円という巨額な損害賠償金を支払うよう求める訴訟を東京地裁に起こしました。烏賀陽さんが月刊誌「サイゾー」の電話取材に答えたコメントが「名誉毀損」だというのです。それに対して烏賀陽さんは2007年2月8日、この提訴は民事訴訟法で禁じられた訴訟権の濫用として反訴しました。2月13日に第1回口頭弁論が開かれました。
私たちは、次のような理由から、オリコンによる訴訟は不当だと考えます。
1、オリコンは提訴する前に、異論があるならば、出版元や編集部に記事のことで連絡し、万一誤りがあれば、指摘するなり、訂正の申し入れをするなりできたはずである。あるいは、オリコンで発行している雑誌などの媒体で反論を載せることもできた。ところがオリコンは、言論ではいっさい反論せずいきなり訴えたこと。
2、記事を掲載した雑誌の出版元や編集部を訴訟の対象から外していること。
3、取材に応じてコメントした個人だけを名誉毀損で訴えていることは極めて異常なこと。
4、5000万円という「損害額」の根拠は不明で、訴状からは見出せないこと。
5、烏賀陽さんに高額の弁護士費用を負担させ、経済的に疲弊させるために5000万円という高額を決めたと思われること。
言論・表現の自由に関わる裁判では、大手消費者金融・武富士が言論封じのために起こした高額な名誉毀損訴訟があります。
武富士の訴訟では、私たちの組合員であるジャーナリストの三宅勝久さんと「週刊金曜日」が勝訴し、さらに武富士に対する反撃訴訟でも2006年9月、勝訴しました。判決では「言論による批判に対しては、民主主義社会においては、資料の裏付けのある言論で応酬することが求められて」いるとし、「言論、執筆活動を抑圧又は牽制するために」訴訟を提起した行為は、「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」と言論抑圧のための訴訟を違法としました。
憲法で保障されている言論・表現の自由がまもられなければ、私たちの言論、出版活動の根幹が脅かされることになります。取材源を高額訴訟で狙い撃ちすれば、取材に応じる者はいなくなり、取材・報道という行為そのものが成立しなくなります。そうなれば、民主主義の根幹である報道の自由は崩壊してしまいます。
また、批判封じのための高額訴訟は、フリージャーナリストにとって、裁判費用や裁判のために使う時間の負担が重くのしかかり、死活問題となります。まさにこれは、言論を封じる民事訴訟の体裁だけ借りた暴力にほかなりません。
私たちは、オリコンの不当な提訴に抗議し、裁判の即時取り下げを求めます。
私たちユニオン出版ネットワーク(出版ネッツ)は出版関連産業に働く個人加盟の職能ユニオンで、産業別労働組合である出版労連に加盟しています。フリーランスの仕事の条件や社会的地位の向上、言論、出版、思想、表現の自由をまもり、出版文化の発展をめざしています。
私たちは組合員である烏賀陽さんを支援し、言論・表現の自由のために共にたたかう決意です。
2007年2月28日
ユニオン出版ネットワーク 執行委員会
別紙4
オリコン訴訟・東京地裁判決に関する声明
ヒットチャートで知られる音楽業界の巨大メディアであるオリコン株式会社(以下オリコン=小池恒社長)が、フリージャーナリ スト烏賀陽(うがや)弘道さんに対し5000万円もの損害賠償を求めていた名誉毀損訴訟で、東京地裁の綿引穣裁判長は、原告のオリコンの主張を認めて烏賀陽さんに100万円の支払いを命じる不当判決を出しました。
この事件でオリコンは、月刊誌『サイゾー』が電話取材をしてまとめた記事について、『サイゾー』編集部に確認や問い合わせることもなく、また出版社は提訴の対象から外して、いきなり取材に協力したフリージャーナリストに対して巨額の賠償請求をしました。そもそも、オリコン自体がメディア企業として自社媒体を持っています。この媒体で記事に対する反論、根拠を明らかにすることも十分に可能でした。
これに対して、烏賀陽さんは損害実額の説明も不十分なこと、取材に応じたフリーランスを相手に恫喝的な高額訴訟であるとして、オリコンの提訴を違法とする立場から反訴で争いました。
4月22日の東京地裁判決は、オリコン側の主張を容認したもので、同時に進行していた烏賀陽さんの反訴も退けました。判決にはいくつかの重要な問題点がありますが、第1は電話取材に応じただけの個人(取材源)の不法行為責任を安易に認めたことです。電話取材に答えただけで多額の損害賠償を課されるなら、およそ取材行為は成立しなくなり、報道の自由と知る権利が制約されることになり、マスコミの企業活動そのものが出来なくなります。
第2は、従来の「取材源秘匿」を根底から否定したことです。判決では、烏賀陽さんが話した内容の真実性を裏付ける証拠について、取材源が明らかにされていないことを主な理由としてことごとく排斥しました。この点に関しては、米企業の所得隠し報道をめぐる訴訟における読売新聞記者の証言拒否の是非が争われた事件で、06年6月14日、東京高裁(赤塚信雄裁判長)は、「自由な情報流通を確保する利益」のために「記者の取材源秘匿」を広く認める決定を出しています。
こうした司法判断に照らしても、「取材源秘匿=証拠の信用性なし」という予断にもとづく判断であり、表現の自由を定めた憲法21条の精神を踏みにじる不当なものと言わざるを得ません。
私たちは、『週刊金曜日』の武富士事件、講談社発行の『僕はパパを殺すことに決めた』などの問題で、情報源に対する直接的な圧力が加わり、結果として表現活動が規制される動きが相次いでいる流れが今回の不当判決にも繋がっていることを看過できません。
出版労連は烏賀陽さんを支援し、表現の自由を守る運動を強化することを表明します。
以上
2008年4月30日
日本出版労働組合連合会
中央執行委員長 津田 清
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