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■オリコン訴訟について烏賀陽はこう考えます■ =この訴訟はオリコンによる「無差別訴訟テロリズム」である |
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●民事訴訟の体裁だけとった「脅迫」 この訴訟の本質はとてもシンプルです。これは、民事訴訟の体裁だけとった言論妨害。脅迫なのです。 旧日弁連の報酬規定を適用すると、5000万円の請求訴訟を起こされた場合、弁護士の着手金だけで219万円、勝訴しても(いいですか、勝訴しても、ですよ)5000万円のうち10%で500万円、合計719万円を払わなくてはならない。 民事提訴など、弁護士でなくてもできます。訴状を一枚書いて地裁に持っていくだけでいい。しかも、その請求金額は、今回オリコンがそうしたように、恣意的に、つまりテキトーに決めておけばよいのです。それだけで、個人ジャーナリストは破産、破滅します。(注:現在は弁護士報酬は自由化されてますので、弁護士さんによって多寡の違いがあります) ●訴訟権の濫用 しかも、オリコンはJ−CASTニュースの取材や社長コメントで「烏賀陽の発言を抑止するために高額訴訟を選んだ」「烏賀陽が謝罪すれば訴訟を取り下げてもいい」と、自ら訴訟を「脅迫」の手段に利用したことを認めています。つまり、オリコンの狙いは訴状に書いてあるような損害の回復、補償などでは元々ない、と自分で言っているのです。これは民事訴訟法が禁じる「訴訟権の濫用」にほかなりません(それを自ら公言するとは、どういう神経なのか理解できません)。 これは、企業批判を封じることを目的にした、民事訴訟の体裁だけ整えた「脅迫」です。これを許せば、企業批判は一切できなくなります。公害を垂れ流す企業、欠陥車を大量生産する企業、欠陥湯沸かし器や温風機で無実の人が死んでも、ジャーナリズムはそれを批判できません。 よって、今回のオリコンの訴訟は、報道の自由、言論の自由への挑戦状です。民主主義へのテロ行為だともいえます。 ●すべての報道記者を個人でターゲットにできるテロ訴訟 また、オリコンは出版社を訴えず、烏賀陽だけを標的にするという愚挙に出ました(後述するように、烏賀陽はサイゾー編集部の求めに応じて取材に答えただけで、原稿さえ書いていません)。 従って、こうした「脅迫訴訟」はフリー記者だけでなく、新聞社やテレビ局など企業に属する記者にも応用ができます。 今回はたまたまフリーの烏賀陽であったにすぎません。この手法を使えば、「日本テレビのP記者を個人として訴え、日本テレビは訴訟の対象から外す」ことも可能です。「オレは社員ジャーナリストだから大丈夫」「会社が守ってくれるさ」などと安心していてはいけません。訴訟外にされれば、「会社」は裁判に関わることができません。 ですから、今回のオリコン訴訟は、すべての報道にかかわる人を、いつ、誰でも標的にできる、という意味で、まさしく「テロ訴訟」なのです。 ●記者どころか、一般市民までターゲットにしうる無差別テロ また、烏賀陽はサイゾーの求めに応じて質問に答え、サイゾーがそれを文章にまとめたにすぎません。烏賀陽は文章をただの一字も書いていない。つまり記事の執筆者はサイゾー編集部であり(記事にも文=編集部と明記してある)、烏賀陽は「被取材者」なのです。 この「取材を受け、メディア上で発言した人間」を名誉棄損で訴え、700万円の負担を強いることができるなら、誰が取材に答えたりするでしょうか。これでは「報道」という業務の重要な一角が成立しなくなります。つまりオリコンはすべてのマスコミを含む「報道の自由」に挑戦状を叩きつけているのです。 おそらく、全国の企業の法務担当者はこの訴訟の行方をかたずを呑んで見守っていることでしょう。「なるほど、企業批判を封じるには、こういう手があったか」と膝を打っていることでしょう。そういう先例をオリコンは切り開いてしまいました。 例えば、周辺住民にアスベスト被害を出している疑いのある工場があったとします。新聞やテレビが周辺の住民に取材し、健康状態について質問したと想像してください。「そういえば、なんだか咳が出るなあ」「黒い痰が出るよ」。そう答えた住民を、「因果関係が立証されていないのに、あたかもわが社が健康被害の加害者であるようなコメントを寄せ、名誉を傷つけた」(あるいは業務を妨害した)と訴えることだって、可能になってしまいます。そしてその市民は、700万円を使って裁判を闘わなくてならない。誰がそんなリスキーな行為に応じるでしょうか。オリコンが使っているロジックとは、そういうものなのです。 そう、オリコンがやっている訴訟は、ジャーナリストだけでなく、ごく普通の市井の人々であっても、企業に不利な発言をマスメディア上でした人間なら、誰でもターゲットにできるのです。だからこそ「無差別テロ訴訟」なのです。 この点をどうかわかってください。この訴訟は音楽業界や一部マスコミの小競り合いではない。憲法が保障する報道・表現の自由という基本的人権を標的にした破壊行為だ。私たち日本人が誇りとする民主主義の破壊行為、冒涜と同義ではないでしょうか。 ●なぜ、まず言論という土俵で意見を戦わせないのか まったく不思議なことです。オリコンは出版社でもあるのです。雑誌も数誌持っている。自らの雑誌で「烏賀陽の言っていることは真っ赤なウソ、事実無根の大ぼら」と反論すればいい。似たケースとして、消費者金融の武富士が高額訴訟でジャーナリストの批判を封じようとしたことがありましたが、彼らは金融会社であってメディアは持っていなかった。(それでも武富士は敗訴しました) 訂正や削除をサイゾーに要求することもできた(03年の段階でアエラにも訂正や削除の要求ができた)。なのに、まったくしてない。彼らは言論の世界で反論するより、自らの意思でテロ訴訟の道を選んだのです。まったく恐ろしい暴力的思考です。オリコンには、言論の自由や報道の自由といった基本的人権への理解と敬意が致命的に欠けています。 最後に、言うまでもないことですが、烏賀陽がサイゾーにコメントとして話したことは、二重、三重のコンファームをかけた確度の高い情報ばかりです。あるいは、音楽業界ではもはや「公然の秘密」となっている話を複数のソースから確認して伝えたにすぎない。今回の訴訟が起きてから、旧知の音楽業界人に何人か確認をしましたが、誰も「何でまた、オリコンはいまさらあんな当たり前のことで怒ってるんだ」と不思議がっていました。 暴力やテロと戦うこともジャーナリストの仕事のうちです。本や雑誌だけでなく、法廷で真実を公にしていくこともジャーナリストの仕事のうちです。ぼくは、自分の職責に忠実でいるつもりです。どうぞご支援をお願いします。 (061228) |
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【このコメントを書いた背景】 06年12月25日、オリコンは報道各社にプレスリリースを一斉に流しました(訴状や訴訟対象記事はわざと飛ばしたようです)。前日の24日に烏賀陽が「裁判で争う」とオリコン側と東京地裁に連絡したからです。 オリコンのリリースの内容は依然「烏賀陽が事実誤認に基づいてオリコンの名誉を棄損した」などという、当然ながらオリコン側に偏った、錯誤をも含んだ、著しく歪んだ内容でした。「謝罪すれば5000万円の訴訟を取り下げてやる」などという部分は、訴訟権の濫用を自分で認めたとさえ言える、発言の真意を疑わざるをえないような高圧的で無礼な内容でした。 本来なら、報道機関が双方の意見を取材をすべきなのです。ぼくの言い分を聞き、オリコンに再取材するべきなのです。「意見が対立した場合は必ず双方の話を聞き、双方の意見を公平に掲載する」は、記者になった初日に教わる取材のイロハ中のイロハなのですから(小生が朝日新聞社に在社したころは必ずそうしていました)。 ところが驚くべきことに、大半の報道機関がこれを飛ばして、オリコンのリリースをそのまま垂れ流しました。ひどい場合は小生への取材さえしませんでした。「強気を助け、弱きをくじく」といいますか、あきれた怠業としかいいようがありません。このへん、大企業マスコミ記者の取材力の著しい低下、劣化を感じるのですが、それはまた大きな問題なのでここでは深入りしません。 よって、このリリースに引きずられて、各社の報道内容が激しくオリコン側に偏っています。馬鹿馬鹿しく、悲しいことです。が、自衛のため、やむをえません。この場で烏賀陽の見解を述べました。 (070114) |
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