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異文化との摩擦が生む トーキョー発のスリリングな音!

  わわわ寒い。寒くなると小生、大学院留学時代を過ごしたマンハッタンの街を思い出します。

会社の愛に背を向け休職届けを放り投げ、勇ましく華の都・紐育に乗り込んだまではいいが、給料は止まるわ貯金はお寒いわで、電卓をはじいてみたら一日に使える金額が何と五ドル。ぎゃわっ。赤貧と耐乏、腹と背中がくっつきそうな毎日。

そんな寒風吹きすさぶ夕暮れ、街をよろばい歩いておると、一瞬、胃袋が暴動を起こすんじゃないかと思うくらいうまそうなカレーの匂いが漂ってきた。嗚呼もうだめだ、ヤケクソだ。ぐらりと意識が遠のき、はっと我に返ると、小さなインド料理店のテーブルに座っておりました。

 空腹と濃厚なマサラの香りで朦朧とする意識に、流麗な音楽が流れ込んできた。見回すと、店の片隅で白衣に褐色の肌の2人が、楽器を演奏している。インド音楽にそう詳しくない小生でも、それがシタールという弦楽器とタブラという打楽器であることはすぐわかりました。

 ふへえ、こんな何の変哲もない飯屋でまでミュージシャンが演奏しているのか。何とも音楽家の層が厚いことよなあ。ぼんやりと思い出しました。そのころ、彼の地ではビル・ラズウエルなど先鋭的なのミュージシャンが、ジャズやテクノにインド音楽のリズムや楽器を取り入れ、斬新な音楽を生み出していました。ロンドンではタルビン・シンやバリー・サグー等々パキスタンやインド移民の二世たちが、故郷の音楽をテクノビートにサンプリングし、ソリッドなダンス音楽を作り出していました。

 ああ、こういうことだったのか。この街やロンドン、パリでは、世界じゅうから集まって来た移民が、すぐ隣でチャカポコと演奏しておるのだ。こうやってこの街は世界の音楽を吸い込み、ミックスしてはまた新しい音楽を生み落としておるのだ。移民にドアを閉ざした閉鎖都市・東京では考えられないことであるよなあ。うらやましいなあ。かれこれ十余年も前の話です。

 しかし最近になってわがトーキョーも様子が変わってきた。過日「バング・ラッシー」というインド人と日本人の2人組に出会いました。一言でいえば、東京を拠点に活動するインド・エレクトロミュージック・デュオであります。

 南インドはアンドラブラデシュ生まれ、カナダ育ちのラージ・ラマヤ(39)はトーキョーに来て10年。故郷インドで親戚が映画スタジオを経営しているため、帰省しては古典音楽家を招いて録音に励みました。東京に持ち帰ってパーカッショニストの立岩潤三(40)(もちろんタブラも叩く)と2人でコンピューター上でミックスし、ダンスミュージックに仕上げていきます。

こうやってでき上がったアルバム「リアル・リフレッシャー」、まあみなさん、これが実にスリリングでかっこええ。こんな音が東京から? ニューヨークかロンドンじゃないの? うほほ、やるじゃーん。

「潤三のつくるカレーはうまい。インド魂があるんだよね」。傍らで寡黙に頷く立岩を指して、ラマヤは微笑みます。ふだんはギターを弾き歌うごく普通の欧米型ミュージシャンでもあります。

それがなぜ東京で活動することにしたのか、その答えがおもしろかった。「テレビCMや着メロとか、トーキョーは消費文化が発達しているから音楽の需要も多い。ミュージシャンが食っていくにはアメリカよりチャンスがあるね」。おお、着メロがそんなところでお役に立っていたとは。

「摩擦のないところに新しいものは生まれない」。そういえば昔、NYで知り合った中国系の映画監督がそう言ってました。東京もどんどん移民を受け入れればいいのに。イラン系だラテン系だ中国系だと、異文化が流れ込み、ぶつかり合って新しい音楽が生まれればいい。現に、日本人だけで固まってチマチマ作っている「Jポップ」なんて、ホント終わってますから。

 それにしても、あの時マンハッタンで食った羊肉カレーとナンはすごくうまかった。

 

 

 

 

(2005年4月号『サイゾー』より)

 

 
 




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