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■本の時間 世の中の読み方■

「100年に一度の大変化」を機に音楽を考え直す本

  

 

 日本の「CD不況」は「深刻」を通り越して「悲惨」の一言である。急減を続けていた「オーディオレコード」(CD、MDなど音楽ソフトの総称)の総生産額は、05年にはとうとう三千六百七十二億円にまで落ちた。

 これは戦後最高の出荷額を記録した98年の六千七十五億円から、実に40%のダウンだ。大手レコード会社ではリストラの嵐が吹き荒れ、社員数はピーク時の三分の二に減っているという。かつて盛んに喧伝された「メガヒット」とか「ミリオンセラー」などという言葉がむなしく思えてくる。

 ではレコードが売れなくなったからといって音楽業界全体が不況に苦しんでいるかというと、実態はまったく逆なのである。著作権使用料、つまり著作権保持者に支払われるカネは、98年の985億円から04年の1108億円へと、増えている。つまり、CDは売れなくなったが、音楽への需要はむしろ増えているのだ。

 これは一体何を意味するのか。

 詳しい分析は拙著「Jポップとは何か〜巨大化する音楽産業」(岩波新書)をご参照いただきたいのだが、CDの売り上げが減った分を他メディアが埋めている、つまり音楽をリスナーに届けるマスメディアが、CDからDVD、着メロ、インターネット配信といった新興メディアへと急速に移行しているということなのだ。

 1877年にエジソンが「蓄音機」を発明して以来、音楽記録メディアの主役であり続けた「ディスク」の時代が、ついに衰退期を迎えようとしている。産業史的に言えば、まさに「百年に一度」の大変革が起きているのである。

 ところが、こうした一大事にもかかわらず「デジタル技術やインターネットがいま、音楽受容にどういう変化をもたらしているのか」を包括的かつ実証的にとらえた著作というのが、ほとんど見当たらない。こうした大変化がIT系テクノロジーによってもたらされたからであり、音楽そのものの印象批評に終始してきた日本の自称「音楽ジャーナリスト」や「評論家」たちはほとんど沈黙してしまっている。

 そんな中、例外的な好著が「だれが『音楽』を殺すのか?」だ。インターネット配信だけでなく、ファイル交換ソフトやCCCD(コピーガードCD)など新しいテクノロジーが音楽受容を劇的に変えつつある状況を、豊富なデータとともに平易に解説している。これは著者が、元々はIT系を専門とするジャーナリストであり、自身も熱烈な音楽ファンであるというふたつの座標軸の交点から生まれた奇跡的な著作である。音楽への愛情に満ちた主張が小気味よいだけでなく、日本の音楽ジャーナリズムのあり方に一石を投じた意味でも重要な一冊。

「百年の一度の大変化」が来ているいま、戦後日本のポピュラー音楽史を振り返る歴史書を読み返してみるのもおもしろい。

 「進駐軍クラブから歌謡曲へ」は、1945年から52年の占領期に存在した、米軍相手の「進駐軍クラブ」から、その後の日本ポピュラー音楽界の大物たちが巣立って行ったことを、1次資料の発掘と関係者へのインタビューを重ねて明らかにした労作。雪村いづみ、江利チエミ、ペギー葉山、渡辺貞夫と、本著に登場する名前をざっと挙げるだけでも、進駐軍クラブが、その後「歌謡曲」の主流人脈のゆりかごになったことがよくわかる。

 その進駐軍クラブでのジャズバンドのベース奏者から身を起こし、歌謡曲界に大きな力を持つ「タレント王国・ナベプロ」こと渡辺プロダクションを築き上げた渡邊晋の評伝が「芸能ビジネスを創った男」。本著のように、ザ・ピーナッツからキャンディーズ、吉川晃司に至るまで、ナベプロの歴史をたどることは「歌謡曲」の歴史をたどることとほぼイコールともいえる。

  かつてCDの登場は、レコード市場を十年で二倍にするという空前の好況をもたらした。が、さらなるデジタル技術の進歩で、CD市場は衰退してしまった。三冊を読み比べると、アナログ時代のポピュラー音楽界の方が、市場規模は小さくても「手作り感覚」一杯で、より楽しそうに見えるのは皮肉だ。

(060629/「President」06年7月3日号掲載のオリジナル原稿)

 

 
 




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