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■出口の見えないCD不況 本当の犯人は誰だ!!■

〜WinnyもCD-Rも関係なかった!?



 日本の音楽ソフト不況は悲惨である。

 日本レコード協会の統計をたどると、CD、カセットなどすべてを含めた「オーディオレコード」の生産額は、最高値を記録した98年の約6075億円から04年の3997億円へと、急落した。

 たった6年間で市場の約三分の一が消えてしまった計算になる。レコード会社の社員数も、ピーク時の三分の二程度までリストラが進んでいるそうだ。その前の十年、88年から98年の間に、音楽ソフトはその市場規模を倍増させる大躍進を遂げていただけに、その失速ぶりは見ていて痛々しいほどである。

 メジャーレコード産業が名指しする「音楽ソフトを売れなくした犯人」はいろいろある。例えば、パソコンが普及したことで、CD―Rライターを使ってCDを簡単にコピーできるようになったこと。

 台湾や本土中国で生産された邦楽CDが、国内生産盤よりはるかに安い価格で逆輸入されるや、政府に働き掛けて著作権法を改正させ、還流をストップさせた「逆輸入盤問題」も、この「CD不況」の文脈で考えればわかりやすい。

 「ナップスター」あたりから始まり、ソフト開発者が逮捕・起訴されるまでに至った「Winny」を筆頭とする「ファイル交換ソフト」も、メジャーレコード産業にとっては「不法ダウンロード」のひとつとして、長らく「目の敵」にされている。

 が、ちょっと考えてみてほしい。

 そもそも「不法コピーCD」や逆輸入盤、ファイル交換ソフトなど、レコード産業側がいうような「容疑者たち」だけで、2000億円を超えるような巨額の売り上げの減少が起こしうるのだろうか。私は懐疑的だ。慶応義塾大学経済学部の田中辰雄助教授が今年3月に発表した論文のように「WinnyはCDの売り上げを減らしていない」とする論さえある。

 もちろん、「容疑者たち」のどれもが、売れ行き減にまったく無関係だなどとは、私は考えない。おそらく、そのどれもが複雑なn次方程式の変数のひとつであることには間違いがないだろう。

 しかし、それだけでは、問題が矮小化されすぎるのではないだろうか。そうした「容疑者たち」が登場する以前に、音楽ソフトの売れ行きを落とすようなより長期的で、より大きな波が日本社会に押し寄せていたのではないか。

 まず、つい忘れがちなのだが、九十年代前半から続く平成不況の影響は大きな前提として無視できない。全国勤労者世帯の可処分所得の増加率は、音楽ソフト出荷額が最高値を記録した98年を境にマイナス=つまり減少に転じているのだ。03年になってもマイナス2.4%と減少は止まっていない。消費全般に向けられるお金そのものが減り続けているのである。

 デフレ時代に突入した97年前後から、CDが「実質値上げ」を続けていることも、案外見落とされている。日本レコード協会の統計も、94年を100とすると、02年のCDの価格比は103.9と、CD価格が約4%もの実質値上げであることを示している。ほかの商品の価格が下がるなか、CDだけ「割高感」が出てきたのだ。

 少子高齢化に伴う若年齢層人口の減少も大きな要素である。というのは、90年代に花開いた「Jポップ景気」は、「女子高校生マーケティング」に象徴されるような10代〜20代の若年層の購買意欲を刺激することによって支えられていたからだ。この成功に酔うあまり、気がついてみると、「得意客」の若年層が減り始めているのに、それ以外の年齢層を想定したコンテンツ(歌手・楽曲)を用意していない、というお寒い事態になってしまった。

 そこで出てきた策が「リバイバル」である。例えば、03年に島谷ひとみが歌ってヒットさせた「亜麻色の髪の乙女」は、もともとは68年に「ヴィレッジ・シンガース」が歌った曲である。「歌手」は若年層向けのまま「楽曲」を中高年向けに設定することで、購買層を広げようとしたわけだ。とうわけで、03年ごろは「大きな古時計」「なごり雪」「木綿のハンカチーフ」「贈る言葉」と「リバイバル」が大はやりだった。

 さて、本題。90年代の「Jポップ景気」を衰退させたもっとも決定的な要素は「テレビ・タイアップ」の衰退なのではないか。私はそう考えている。

 「タイアップ」とはつまり、CMやドラマの主題歌に楽曲をのせ、テレビでオンエアすることだ。90年代の「オリコン」トップ50を調べてみると、91年から98年まで一貫して、50曲のうち40曲以上がタイアップつきである。特に、音楽ソフトの出荷額が最高を記録する98年の前年、97年はなんと50曲中47曲がタイアップ曲なのだ。

 この時期は、電通をはじめとする大手広告代理店が、CMのスポンサー企業と音楽業界を仲介する「キャスティング業務」を組織化して受注するようになった時期とぴったり一致している。88年から98年の10年間で音楽ソフトの市場規模をほぼ倍に急成長させた、その大きな原動力はタイアップだったと見て間違いなかろう。

 ところが90年代後半以後、タイアップはヒットを生むエンジンとしての力を失ってしまう。

 ひとつには、タイアップがあまりに当たり前になりすぎて、消費者が新鮮さを感じなくなったことがある。最初はCMやドラマに書き下ろしの曲がつくことそのものが話題を呼んだが、「どの曲もタイアップ付き」では「飽和状態」になってしまう。

 さらに90年代後半、新しいマスメディア、インターネットがテレビの影響力を侵食し始めた。これはよく言われることだが、インターネットやパソコンに接する時間と、テレビに接する時間はトレード・オフであり、両立しない。そしてさらに重要なことに、情報感度の高い層ほど、テレビの視聴時間を優先的に削り、インターネットやパソコンに費やしていることがあきらかになってきている(電通総研のレポートなど)。

 98年には1694万人にすぎなかった日本のインターネット利用人口は、03年には7730万人にまで急増している(総務省調べ)。つまり、日本の音楽ソフト市場が急激に縮小した98年以降の期間は、インターネットが急成長し、テレビの影響力を侵食した時期でもある、ということだ。

 そもそも、約4000億円という04年の音楽ソフト出荷額は、90年から91年にかけての額とほぼ同じである。つまり90年代後半の6000億円というような数字は、テレビタイアップなどの力を借りた水膨れ、一種の「バブル」だったのではないか。振り返ると、そんな感を否定できない。

 そもそも、CDが売れなくなったからといって音楽業界全体が不況に苦しんでいるのだろうか。実はまったく逆なのだ。JASRACの数字によると、音楽著作権者に支払われる著作権使用料は、98年(約985億円)以降、CDの売れ行きの減少とは逆に、むしろ増えているのである(03年:1094億円)。

 つまり「CD不況」ではあるが、「音楽不況」ではない。CDが売れなくて困っているのはレコード会社だけであり、著作権保持者はちゃんと潤っているのだ。

 その細目を精査してみると、CDの販売が減った分を、着メロをはじめとする「インタラクティブ配信」や「DVD」が補っている。つまり、音楽を運ぶメディアがCDからインターネットやDVDに移行しているだけで、音楽に対する需要はむしろ旺盛なのである。

 そもそも「CDが売れなくなったこと」イコール「音楽に対する需要が減った」という発想そのものがもう、時代遅れなのではないか。CDの売り上げをカウントした数の順位を「ヒットチャート」「人気の指標」とする発想そのものが、もはや古いのではないか。今、それぐらい劇的な音楽メディアの変動が起きているように思う。

(051226/「サイゾー」06年1月号124-125ページより)

 

 
 




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