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■勝手に対決させちゃうぞ!■
「世界の中心で、愛を叫ぶ」vs「いま、会いにゆきます」

【原作小説】

 ぼくは文芸評論には素人なので、こちらの比較は簡単に述べるだけにしておこう。

「世界の中心で、愛を叫ぶ」の作者である片山恭一は、1959年生まれ。86年に文學界新人賞を受賞してから、ずっと小説を書いている。

 その作品のいくつかを読んでみてすぐ気がつくのは、片山がずっと書き続けているのは「死とは何か」「生とは何か」という、人間にとっておそろしく根源的な問いだということだ。

「死と太陽は見つめ続けることはできない」(ラ・コフシュコー)という名言があるが、片山はその「死」を見つめ続けている。彼のメインテーマは「純愛」じゃなくて「死」なのだ。これは、ある意味、ものすごい作家だ。なかなかできることじゃない。

 その文体はソリッドで、贅肉がない。「死」をとらえようとして、言葉が俊敏に跳ね回っている。そして、その軸足は、リアルな世界から決して逃げない。このへんがうまいのである。

 一方「いま、会いにゆきます」の作者である市川拓司は1962年生まれ。97年からインターネットで小説を発表し、02年に単行本デビューしたばかりだという。「いま、会いにゆきます」に限って言えば、彼はファンタジー小説家

であって、リアルな世界からは軸足をずらせるところに持ち味がある。

 もう、あまり説明する必要もないだろう。この両者を比べるのは、本来無理なのだ。小説家としてのキャリアも、作風も違いすぎて、「純愛もの」などというレッテルでくくってしまうのは、失礼なのだ。

まったく違う航路を歩んでいた二人の作家が、たまたま「愛する人を喪失する」というテーマで交差した。それだけにすぎない。

(2005.10.13)





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