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問 ご出身はどちらですか?
答 京都市で生まれて、23歳まで京都市で育ちました。原理主義的京都人、ハードコア京都人です。京都のどこか? はい、京都市北区衣笠馬場町(『きぬがさ・ばんばちょう』と読む)ですね。さっぱりワカラン? そうですか、えーと、金閣寺の門前と言えばいいでしょうか。ホントに門前で、金閣寺の山門まであるいて100歩。隣は土産物屋でした。ガキのころはよく金閣寺の境内でカブトムシを捕りました。実家の窓から、金閣寺の墓地に飛ぶ火の玉を見たこともあります。
金閣寺から竜安寺に抜ける観光道路沿いに実家がありまして、このへんに観光旅行に来た人は必ずぼくの実家の前を通っているはずです。現在、母親は実家から引っ越しまして、ぼくの育った家はもうありませんが。
実は2歳のころ一年だけ大阪市の阿倍野区のアパートにいたことがあるそうなんですが、本人は全然覚えていません。ただ、高層アパートだったそうで、そのころの窓からの風景らしい夜景が突然フラッシュバックしてくることがあります。
なお「出身地当てクイズ」で一番よくある間違い例は「沖縄のご出身ですか」です。読みにくい名前はみんな沖縄なんですね。
問 京都ではよくあるお名前なんですか?
答 いえ、僕の親戚しかいません。全国で多く見つもっても10世帯ないと思います。
この苗字は必ず僕の親戚です。祖父に9人も兄弟がいたのですが、その後息子は一人という家系が続いたため、このように絶滅寸前に追い込まれました。僕は「本家筋」の長男なんですが、繁殖力が弱いため親戚中からの非難を浴びて困っています。誰か人工授精させてくれませんか?
なお、祖父の兄弟が2人ブラジルに移住したそうです。ぼくはまだお目にかかったことがないのですが、ブラジルにもウガヤさんがいるはずです。お会いになった方はご一報ください。
問 ご先祖は何だったんですか?
答 定説はありません。祖父の祖父は僧職、つまり寺のぼんさんでした。京都市一の繁華街・四条河原町に寺があったそうですが、バブル時代の地上げでつぶされ、現在はピンサロになっています。
なお旧華族つまり貴族出身の家系で「賀陽」(かや)さんという一族が今もおられます。賀陽亘(かや・わたる)氏は有名な精神分析医です。おそらくは何百年か遡ればご親戚なのでしょう。かつては、貴族の次男以下は跡目争いを避けるために出家させたといいますから、ぼくのご先祖はそうやってイヤイヤ出家させられたフマジメな坊主だったのではないでしょうか。なんて言ったらご先祖さまに怒られるか。
なお、まったく偶然知ったのですが、5世紀の朝鮮半島(高句麗、百済、新羅の三国時代)に小さな部族国家で「伽那」(かや)という国があったそうです。今でも半島には「カヤグム」というお琴のような楽器が残っています。
この国、どうもモメたらしく「ウカヤ」と「アラカヤ」に分裂、最後は新羅に攻められて滅亡したとか。そう、実はぼくの苗字は戸籍では「ウガヤ」ではなく「ウカヤ」なんです。「滅亡したウカヤの一族は南に逃れた」と記録があるそうです。ウカヤの移籍は釜山の近くだそうで、南に逃げたといえばもう日本しかありませんよね。ぼくのご先祖は京都の前は奈良にいたそうですから、どうも半島から逃げてきた難民の子孫がウガヤ一族のようです。
この話、韓国人の友達にすると、とても喜びます。特に釜山出身の某友人は「オレとお前は親戚に違いない」とまで言ってくれます。
問 初対面では「うがや」以外にどのような読まれたことがあるんでしょうか?(Kunedogさんより)
答 いいご質問です。小学校の時、担任や塾の先生がホンマに人類の愚かさの見本のような読み間違いをするので、すっかり教育不信に陥りました。「トカヤくん」「トリカヤくん」「トカヨウくん」など、ほとんどペットのニワトリみたいな名前で呼ばれ続け、そのたびにクラスメートの嘲笑を浴びるので学校・塾嫌いがひどくなりました。ホンマに因果な名前です。
問 珍しい苗字でいちばん困ることは何ですか?
答 生活全部で困っているのですが、電話口で「烏賀陽」という漢字を説明する時が一番コマリます。「トリのカラス、年賀状のガ、お日様の太陽のヨウ」とそのたびに電話口で絶叫するので、すっかり朝日新聞社でも笑いモノです。
そもそも「トリのカラスです」といってもだいたいみなさん「鵜」を書いてこられます。つまりカラスという漢字が存在することをみなさんご存知ないんです。烏龍茶が普及して「烏龍茶のウです」と言えるようになり、ずいぶんラクになりました(それでもまだトリという漢字を書いてくるんだから呆れますが)。以前は「烏合の衆のウです」と恥さらしなことを言わざるをえませんでしたから。
問 珍しい苗字で金銭的に損をしたことはありますか?
答 あります。どんな安物でもハンコが特注品になっちゃうんです。
問 珍しい苗字で精神的につらいことはありますか?
答 数年前、こうなったら上等のハンコを作ろうと決心、築地のハンコ屋に行った時です。受付に出たオバハンに名刺を出して「こういう名前です。ハンコ作ってください」と言ったところ、オバハン名刺をじっと見て「ありゃー。こりゃあヒドイわ」。「ちょっとお父さん、これ見てよ」というオバハンの声に奥から出てきたオヤジも、名刺をじっと見て「うーん。こりゃあひでえなあ」。なんでハンコ屋でこんな屈辱を受けなきゃならんのだ、おい。
問 珍しい苗字で腹が立ったことはありますか?
答 ハンコの例なんかそうなんですね。ほかには、小学校のとき、ヨーイドンで算数のテストなんかすると、ぼくだけ名前を書くのにモタモタしてひどく腹立たしかったのを覚えています。ぼくがやっと名前を書き終えると、隣のヤマダ君はもう5問目くらいをやってましたから。当然、成績は劣悪でした。
問 間違った漢字表記の例を教えてください。
答 無数にあります。「鵜賀野」「鵜ケ家」「鵜ケ谷」「烏賀谷」……。だいたいみなさん「烏賀陽」三文字のうち「ウ」と「ヤ」を間違われます。無傷なのは「賀」だけってケースが多いですね。三連敗というタイガースみたいな人も多い。逆に三連勝ってのはめったにいません。パチンコの「大工の源さん」みたいなもんで、フィーバーはめったにない。長年つきあっていた友人がいきなり「前略 鵜賀谷さま」なんてメールに書いてきたこともあります。悲しいっす。
問 珍しい苗字でトクをしたことはありますか?
答 名刺を出すと、苗字のことだけで初対面の方とでも15分は会話が続く(だいたいここまで書いてきた他愛のない内容ですが)ので、これは取材記者業としてはトクといえるでしょう。
あと、人に名前を覚えてもらいやすいのもトクですね。アエラで署名入りの記事を書くようになったから、これは痛感しました。「あ、ウガヤさんですか、××の記事読みました」と初対面の人に何回言ってもらったか分からない。これはウレシイことです。
なお、この苗字が原因で女にモテたことはありません。うるる。
問 「烏賀陽」も重苦しい名前ですが「弘道」も重苦しいですね。
答 ご指摘の通りです。「烏賀陽弘道」と書くとなんだかハナクソが5つ並んでいるみたいではありませんか。見るからにモテそうにない名前です。記事の署名を見た人は、ぼくのことを50歳代のオッサンだと思いこむ傾向があります。
「弘道」と名付けてくれたのは「広辞苑」の編者・新村出先生です。祖母のお知り合いだったそうです。出典は「論語」なんだそうです。つまり「道をひろめる者」ってことらしい。中国人に名刺を出すと「天命を負った名前ですな」と感心されます。
なお、弘道の前に「勘太郎」ってのが第一案として新村先生から出たそうですが、祖母がボツにしたそうです。まったく賢明なことです。「烏賀陽勘太郎」だったらワタシャとっくにグレていたでしょう。
問 音楽に相当思い入れがあるうがやさんですが、カラオケではどのような歌を歌っているんでしょうか。(Kunedogさんより)
答 こういうご質問を待っていました。ぼくは「No music, no life」の人間でして、かつてはカラオケを心から憎んでいたのですが、仕事での必要上やり始めたら案外おもしろくなってしまいました。Jポップの勉強にもなります。
ぼくはカラオケは座の余興と割り切っていますので、自分の愛好する音楽と歌う音楽はまったく別です。座にオッサンやオバハンが多い場合は「長崎は今日も雨だった」「北の宿から」「襟裳岬」でも歌います。同年代だとスピッツとか、エレファントカシマシとか。団塊の世代が多い時は、70年代フォークなんて歌ってやると「お前も案外いいヤツだな」と、みなさんコロっと騙されたりします。
問 ウガヤン以外には、どういうあだ名で呼ばれているのですか?上の名前に注目されやすいと思いますが、下の名前「弘道」から抽出して、「ヒロくん」「ミッチー」「エロ道」などと呼ばれていせんか?(アロマめぐさんより)
答 たいへんいい御質問です。なにせ本名が奇天烈なので、ぼくにはあだ名がついたことがほとんどありません。「ウガヤ」で十分インパクトがあるようです。また、あだ名を付けようと試みた勇士も何人かいましたが、ほとんど生き残りませんでした。どれも短命。結局、みなさん好き勝手な名前で呼ばれるようです。
(例)
*「うがうが」(入れ歯のとれたジイ様みたいだ)
*「うがやっち」(関西方面に多い)
*「うがやうがお」(ヒネリがない)
*「うがちょこ・うがちょこ・うがうがうがうが」(中学のとき、同級生がダンスの振りまで つけて命名してくれましたが、1週間も生存できませんでした)
*「ひろのすけ」(本人ではなく愚息のことらしい)
*「Mitch」(初期のころ、アメリカ人はぼくをこう呼びましたが、愛国心に目覚めて拒否し ました)
*「Hiro」(アメリカ人にはこう呼ばせています)
*「エロみち」(これは当然ですね)
*「青田弘道」(『嗚呼!花の応援団』を読んでいないとワカラナイ)
*「ヒロ」(特定の女性にはこう呼ばれることが多い)
*「ひろみっちゃん」(親戚のオバハン連中はこう呼ぶのでイヤでした)
*「坊や」(ガキのころ、親戚のオバハン連中にこう呼ばれ続け、自殺しようと思いました)
*「尊師」(作文教室の弟子にはこう呼ぶよう強要し、弟子にはホリーネームを与えました。 ニラレバとかウッタラナンボとか)
問 「座右の銘」は何かありますか?
答 ありません。自分で言葉を紡ぎ出すのが仕事ですし、人まねするくらいなら自分で考えたほうがいいです。それに、人生のフェイズが変わっていけば従うべき言葉も変わると思いますから「一生を貫く言葉」というのは確信がありません。また「ワタクシの座右の銘はなんたらかんたらでして」という俗物にどうしようもない衒学的嫌らしさを感じてしまい、そうはなりたくないという思いもあります。
ただ「エエ言うやんけ、このオッサン」「おれと同じことを考えてるヤツがおるなあ」と思った言葉はいくつかあります。それをぼくがどう受け止めているか、以下に書きます。
●「学びて思わざれば則ち暗し」(孔子)
=知識だけあっても、自分の頭で考えて新しいものを生み出せないヤツはいてもいなくても同じだ!人類の進歩には寄与できない。
●「学徒と学び、俗衆と語れ」(ベーコン)
=一生懸命知識を吸収するのは当たり前。専門家と対等に渡り合えるくらいでないとダメだ。しかも、それをやさしく誰にでもわかるように言葉にできないといけない。
●"Between thought and expression, lifetime lies" (Lou Reed)
=頭の中で考えたことを表現するだけで、一生かかる。それだけの価値がある。
●「人間は死と不幸と無知を癒すことができなかったので、幸福になるためにそれらのことについて考えないことにした」(パスカル)
=読んで字の如く、まったくそのとおりだと思います。
●「人生とは苦しみである」(仏陀)
=そう思っておいたほうがラクなことに気づきました。
●"No one here gets out alive" ( Jim Morrison )
=人生そのものの比喩だと思います。誰も生きては出ることのない地獄。
●「人を愛する者は、人つねにこれを愛し、人を敬する者は、人つねにこれを敬す」(孟子)
=人にやさしくしてほしいのなら、まず自分から人にやさしくしないといけないと思う。
●「起きて半畳 寝て一畳」(詠み人知らず)
=人間が必要な面積なんて、そんなもんです。なんで「ホテルライクなマンション」とかほしいんですかねえ。
●「先生と 呼ばれるほどの 馬鹿じゃなし」(川柳/詠み人知らず)
=センセイと呼ばれる職種ほどあほが多いような気がします。というか、センセイと呼ばれたがる人にあほが多発しているような気がする。ぼくですか? 死んでもセンセイとは呼ばれたくない。
●「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」(『史記』)
=大洋を渡るような大きな鳥の志は、ちまちましたツバメやスズメには理解できない、ってことです。
●「あなたの体は神様の寺院であって、もうすでに神様はあなたのなかにお住まいなのです。それに気が付かないだけなのです」(新約聖書『コリント人への第一の手紙』第4章16節)
=インドでも「オウム・ナマ・シバヤ」(私は偉大なる自己を敬います)と言うそうです。「気づくかどうか」が人生の分かれ目なんだろうなあ。
●「困ったもんだが、結局死というのはタンクの中のガソリンみたいなもんだ。みんな全員、死が必要なのだ。私には死が必要だし、君もそうだ。必要以上に居座っていたら、場が台無しになる」(Charles
Bukowski 'The Captain is out to lunch and the sailors have taken over
the ship' / 1998)
=至言。何も付け加えることはありません。
(2001.7.8)
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